白竜(設定→宰相の病弱息子)
「私の個人的な客だ」
眼前にそびえ立つ城を見上げて、俺は「はぁー」と観光客のような息を吐いた。
いや、城が珍しくて驚いているわけではない。確か三百年前もこの城あったし。見たことあるし。
だからここがいわゆる王都で、あれが王城であるとか、そういうことは別に良い。
「まさか城勤めとは……」
城内から感じる弟の気配に、今一度 感嘆の息を吐く。
高級菓子をお土産にするくらいだからそこそこ良い仕事についたのかなーとは考えたけど、こう来るとは思わなかった。
弟妹たちは基本的に重職に就こうとしない。
それは竜が人間社会に干渉しすぎたら云々、などという大層な理由ではなく、何のことはないただの面倒臭がりだ。上に行ってあれこれしがらみを増やすより、下でほどほど自由にやりたいらしい。
白のも誰かに指示を飛ばすより一人で黙々と仕事をこなしたいタイプで、いつも小さな村ギルドに転がり込んでは事務作業に明け暮れていることが多かった。
その弟がまさかの城勤め。一体どんな心境の変化なのか。
「まぁでも、城勤めって言っても色々あるもんな」
きっと城の片隅のどこかの部署で、いつもどおり机仕事をこなしているのだろう。
門の両隣を守る兵士の姿をちらりと伺い、さすがに城の中まで会いに行くわけにはいかないかと頬をかく。
まぁ俺が近くまで来ていることはとっくに気づいてるだろうし、どこか適当なところで向こうから会いに来てくれるのを待とう。
そう決めて身をひるがえそうとした俺の視界に、こちらに駆け寄ってくる門番のひとりの姿が映った。
城の前でぼけっとしてたから怪しまれたのだろうか。
神竜が職質とか、それ月のに絶対怒られるやつだと戦慄したのは一瞬のこと。
「先ほどから立ち尽くしているようだが、なにか困り事でも?」
ああ、普通に良い人だった。
職質されるかと おののいたのが実に申し訳……なんか少し前にもこんなことを考えた気がする。
「君? 大丈夫か?」
スナイパー氏たち元気かなー、と意識を違うところへ飛ばしていた俺は、心配そうな兵士の呼びかけに、はっとして笑みを浮かべた。
「いや、ちょっと人に会いに来たんですけど。さすがにお城には入れないなぁと」
「会いたいのは、城で働いている者なのか?」
「あーハイ」
たぶん。
俺が頷いてみせると兵士は少し考えて、もうすぐ交代の時間だから名前や特徴を教えてくれれば呼んでくる、と申し出てくれた。
気持ちはとてもありがたいが、俺には白のが今どんな名前を使い、どれくらいの外見年齢で過ごしているのかが分からない。伝えられるのはせいぜい髪の色と性格くらいだ。
そんな状態で、知り合いなんです呼んできてください、はちょっと無理があるだろう。
うん、やっぱり俺は観光でもしながら向こうから会いに来てくれるのを待つことにしよう。
目の前の兵士に礼を言ってその場を立ち去ろうと決めたとき、感じたのは近づいてくるひとつの気配。
同時に聞こえてきた「えっ!?」という焦り交じりの驚き声にそちらを向くと、城門の傍に残っていたほうの兵士が、何やらひどく慌てていた。
そして先ほどまで固く閉ざされていたはずの門が、内側からゆっくりと開かれる。俺と話していたほうの兵士も、そこから現れた人物を見てぎょっとしたように目を見開いた。
「さ、宰相さま! 何故こちらに!?」
門の近くにいたほうの兵士が敬礼の姿勢を取りながら問いかけたその人物は、白い髪をきっちりと後ろに撫でつけた、四十代前半くらいの男だった。
“宰相”と、兵士は彼のことを呼んだが、その深く彫り込まれた眉間のしわとピクリとも動かぬ表情筋は、どちらかといえば“軍曹”とか“隊長”とかいう称号のほうが似合いそうだと思う。
「客人を迎えに来た」
「しかし本日は、来客の予定はなかったはずでは……」
「私の個人的な客だ」
「は、はぁ。しかし何も宰相さまが直々においでにならずとも、言付けて頂ければ我々が……」
「自分で動いた方が早い」
淡々と返される言葉に兵士が苦笑を浮かべたところを見るに、どうやら定番のやりとりらしい。
「それにしても、宰相さまが公務と関係のないお客人を通すのはめずらしいですね。どなたがいらっしゃるんですか?」
「ああ、私の、」
スッと顔をこちらに向けた彼が“視覚で”俺の姿を捉えた瞬間、その固まりきっていた表情筋が、初めてわずかに崩れた。
驚いたように目を見開いた“宰相さま”は、しかしすぐに元の威圧感たっぷりな仏頂面を取り戻すと、
「私の……………………息子だ」
随分若作りしてるなとでも言いたげなたっぷりの沈黙の末に、そうぽつりと零したのだった。
*
「随分と若作りですね」
「改めて言うなよ」
あの後、とりあえず設定に乗っかって「父がいつもお世話になってまーす」と手を振ったら気の毒なほど驚愕していた兵士たちの横をすり抜けて、俺達は今、王城内にある宰相の執務室で向かい合っていた。
来客用らしい立派なソファに腰を下ろした早々に発せられたその第一声を聞いて、思わず半眼になる。
月のは緑のが俺にそっくりだと言うが、それなら目の前の彼は、月のによく似ていると思う。言葉にオブラート一枚挟む気がないところとか。
そこまで若作りかなぁ……、と高校生として過ごしてきた自分の人間体をまじまじと見返していたら、ふ、と小さな息が零れる音が聞こえた。
顔を向ければ相変わらずの無表情がそこにあったが、俺は先ほどのアレが、鋼鉄の表情筋を持つこの人物の精一杯の微笑みであると知っている。
そしておもむろに居住まいを正した彼が、丁重にこちらへ頭を下げた。
「お戻りをお待ちしていました。……兄上」
「ただいま、白の」
そう。兵士に宰相さまと呼ばれていた この彼こそが、一番上の弟――白竜こと白のだ。
「あ、コレお土産。茶葉なんだけどさ、青のがいた街で買ってきたんだ」
「どうも、有難うございます」
エナに聞いて選んだのだが、あの街の研究者ご用達のお茶らしい。頭がすっきりするんだとか。
ではせっかくなので今、と白のが腰を上げて室内の片隅にある戸棚からティーカップを取り出し、お茶の準備を始めた。そんな弟の背中を眺めながら俺はぽつりと呟く。
「宰相ってそういうの誰かにやらせたりしないの?」
「自分でやるほうが早いので」
淡々とした返答に、弟の変わりなさを感じて苦笑した。
白のもそういう己の性分を自覚しているからこそ、めったに出世したりしないのだが。
「ホント、めずらしく偉いとこまできたなぁ。宰相って」
「いえ……初めはいつものように雑用や事務手伝いなどをしていたのですが、人間たちの手際の悪い仕事ぶりを見ているうちに段々と面倒になってきまして、これは自分でやったほうが早いと」
そんなこんなで仕事に明け暮れて、気付いたらこの地位になっていたらしい。
何と言うか微妙に本末転倒っぽいところまで含めて、どこまでも白のは白のだった。ある意味ゆがみない。
それから二人でお茶を飲みつつ新しい竜がくることを伝えると、白のは感慨深げにひとつ息をついた。
「時が経つのは早いものですね。自分の次に緑が生まれて、やれ鱗の色をもっと鮮やかにしてほしいやら、翼をもう少し綺麗な形にしてほしいやらと兄上に駄々をこねていたのがつい先日のことのようです」
「そんなこともあったなぁ……」
ちなみに竜がどういう姿形になるかっていうのは、神様から送られてきた“もと”そのものの性質に由来するので、俺の管轄ではない。
姿を隠すときみたいに光の屈折をいじって無理やり目に映る形を変えることは出来ただろうけど、同じ竜には効果がないので人前に姿を出さないならあまり意味はない。まぁ緑のもそこまでして変えたかったわけではないようで、次の日にはけろっとしていたが。
「新たな竜の件、他の弟妹にはもう伝えたのですか」
「あぁ、うん。白のが最後だよ」
あとは当日までに帰るだけ、と付け加えて笑った俺を見て、白のが静かにカップを置いた。
「では、自分も共に戻ります」
「え? 共にって……一緒に? 帰るのか?」
「何か不都合でも」
「いや俺は無いけど」
むしろ宰相が国を空けていいのか。
そんな疑問を込めて弟を見ると、常に険しい顔と無表情を足して二で割ったような状態で固定されている表情筋に、白のは僅かに呆れた色を乗せた。
「貴方はすぐ人里に寄り道をしますから、放っておいたら戻るのが当日などということになりかねませんので」
「い、いや、ちゃんと少し早めに戻ろうと思ってたよ!」
そこに関しては、俺も月のに怒られ続けてきた長年の経験がある。さすがに当日ぎりぎりに帰るような真似はしないつもりだった。
「ではもしも途中で人間たちが楽しそうな祭りをやっていたとしたら」
「……少しだけ覗いていく」
「その次に通りかかった街で何やら人間たちが困っているようだったら」
「…………ちょっ、とだけ、様子を見ていく」
白のの問いに答えるうちに、それで結局帰るのが前日とかになって月のにめちゃくちゃ怒られる自分の姿が、やたら現実感のあるイメージとなって脳裏をよぎった。というかかつてそれで怒られたことがあった。
「では自分も兄上と共に戻りますが、何か異論はございますか」
「ないです……」
さすが付き合いが長いだけあり、俺の行動パターンはお見通しらしい。
「でも、お前のほうは大丈夫なのか? 仕事とかあるだろ」
「自分一人が数日 城を空けたくらいで立ち行かなくなる国など遅かれ早かれ滅びます」
だから一緒に帰っても大丈夫だと、宰相さまは涼しい顔でそう主張する。
本当に大丈夫なんだろうか。落ち着きある常識人のようでいて、ときに誰よりも大胆なことをしでかす弟なので少し心配だ。いや、この国の内政が。
今にも出発すると言い出しそうな雰囲気だった白のだが、ふいに扉のほうへと視線を向けて、「ああ」と何やら思案げに眉根を寄せた。
つられてそちらへ意識を向ければ、扉の向こうから徐々に近づいてくる軽快な足音に気づく。
「兄上」
「ん?」
「やはり面倒ごとをひとつ片付けてから参ることにします。つきましては、一日ほどお待ち頂いてもよろしいでしょうか」
「そりゃいいけど」
俺の了承を聞いて小さく頷いた白のが、周囲に巡らせていた音を散らす力を解くと同時に、執務室の扉が外側から大きく開け放たれた。
「よおシルト! お前の息子が来てるんだって? この俺が直々に会いに来てやったぞ!」
そこに姿を現したのは。
勝ち気そうな瞳を爛々と輝かせ、
口元に不適な笑みを乗せた、
気安い言葉遣いの、
「それは光栄ですが扉の開閉はお静かにお願いいたします、ウルリカ王女殿下」
――――美しいお姫様だった。
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