青竜(設定→大人のお姉さんと年の差恋愛?)

「兄さまと一緒に、朝ごはんが、食べたいです」


 本部で赤のと今度こそ別れた後、青のに渡すお土産を買って街を出るころには空はもう橙色を帯び始め、次の目的地が見えたのはすっかりと夜になってからだった。


 気配がする方向からしてそこにいるだろうと思われる街の明かりを目指して飛びながら、今日は野宿だなと息をつく。


 本来、竜に生物的な意味での睡眠は必要ない。食事と同じく娯楽に近いものだ。

 だからこんな時間に訪ねたとしても自分達にとってまずいということは無いのだが、相手が人間として暮らしているだろう事を思えばそれも憚られる。

 そして、すでに夜明けまでを数えたほうが早そうな時間とあっては、街に入って宿をとるのも何だか勿体なかった。ケチではない。


 街の外で適当に過ごして朝を待とう、と結論付けかけたところで、ふと気配が動いたのを感じて前方へ目を凝らす。


 たくさんの星が散る、ほんのりと紫がかった濃紺の夜空。

 それを背負うように宙に浮かんでいる、ひとつの影があった。


 そこから静かに地面へ降り立った影が、こちらに向かって頭を下げた。


「おかえりなさいませ、太陽の兄さま」


 穏やかな声でそう告げて、ゆっくりと体勢を戻した青色の竜が柔らかく目を細める。

 俺はその正面に降り立ち、喉をぐるると鳴らして笑った。


「ただいま、青の」



 立ち話も何だからと案内されたのは、街にある青のの自宅だった。

 通りからやや離れたところに建つ小さめの一軒家の中には、所狭しと本が積まれていた。


「どうぞ。あまり片付いていなくて、ちょっと恥ずかしいですけど」


 部屋の明かりを灯しながら小さく照れ笑いをするのは、青い髪をした二十代後半ほどの女性、人間体になった青のだ。


 ちなみに高校生仕様の十代になっている俺の人間体を見た青のは「まぁ兄さま、お可愛らしい」と純粋に喜んでくれたのだが、逆にいたたまれない気持ちになったのはどうしてだろう。


 部屋の中央にある机の上から本をどけた青のが椅子に座り、俺もその正面に腰を下ろした。


「あ、そうだこれお土産」


 荷袋の中から取り出した一冊の本を青のに差し出す。


「赤のがいた街でいま流行ってる恋愛小説なんだって」


「まあ、ありがとうございます。それに赤の兄さまにお会いになったんですね、良かった」


 本を受け取りつつ、ほっと胸を撫で下ろした青のの姿に、あいつどれだけ荒れてたんだと若干遠い目になった。末の妹にまで心配されている。いや、勝手に音信不通になった俺が悪いんだけど。


「読んだことあるやつだったらごめんな」


「いえ、大丈夫です。もしそうだとしても、兄さまからのお土産ですもの」


 それだけでうれしいです、と微笑んだ妹に俺も笑みを返す。


 青のは人の書物が好きだ。

 人間の価値観を、本を通して感じるのが好きなのだという。


「あら? そちらの本は……」


 荷袋の口から覗くもう一冊の本に気付いたらしい青のが、そちらに視線をやる。

 それはお土産を買うついでに自分で読む用として購入した本だった。見られて困るものでもないので、そちらも荷袋から取り出して机の上に置く。


「神竜の童話ですか?」


「うん」


 本屋の新刊コーナーで目に留まったそれは、『たいようの竜と つきの竜』というタイトルの童話だった。

 絵本よりは文章が多く、普通の小説よりは挿絵が多い、いわば高学年向けの児童書だ。


 三百年も経つと人の世で自分がどういう扱いになってるのか全く分からなくなるので、一応確認してみようと思ったのだ。神竜だってたまにはエゴサをする。


 興味深そうにぱらぱらと本をめくっていた青のが、ふと顔を上げた。


「あの、兄さま。明日……いえ、もう今日ですね。お時間はありますか?」


「ん? うん、大丈夫だよ。次の満月までに戻れば」


 あまりギリギリになると月のに怒られそうだから少し早めに戻るつもりではあるが、それを差し引いても時間にはまだ余裕がある。


「満月までに、ですか?」


 青のが不思議そうに首を傾げた。

 俺がそんなふうに期限を設けて動くことはあまりないから珍しいのだろう。


「あーそうそう。それを伝えにきたんだ」


 緑のや赤のに伝えたのと同じように事情を説明すると、今回初めて自分より年下の竜が生まれることになる青のは、嬉しそうに頬を染めた。


「新しい兄弟が来るんですね。ぜひお手伝いさせて頂きたいです」


「うん。助かるよ。それで、青のの話は?」


「あ、はい。……兄さま」


 青のが真剣な表情で俺を見る。


「明日、私の職場に一緒に来てもらえますか?」


「そりゃいいけど……何で?」


「少しお願いしたいことがあるんです」


 そんなふうに切り出された“お願い”の話を聞いたところによると、青のは今、私設図書館で司書として働いているのだが、そこで週に一度だけ開催している勉強会に

いつも参加しにくる子供の中で、ひとり気になる子がいるらしい。


「すごく人見知りをする女の子なんです。なかなか他の子に話しかけられないみたいで……」


「一人でいるのが好きとかっていうタイプじゃないんだよな?」


「違うんです」


 まぁそうだったら青のがこんなに気にしていないか。

 青のとはよく話すそうだが、やはり同年代の友達というものに憧れているみたいだという。


 要するに、一気に友達を作るとまでは行かずとも、周囲に馴染むためのきっかけを作ってやれないかと青のは思っているのだろう。


「それで、兄さまなら大丈夫かなぁと思って」


「……それ俺が人じゃないから大丈夫って話じゃないよな?」


 いや別にそれでもいいけど。


 竜の本質に気付く子供の中には、マルルのようにきれいだと喜ぶ子もいれば、本能的な恐怖を感じて嫌がる子もいる。

 上手くすれば“人”見知りは発動しないかもしれないが、逆に怖がられる可能性も無いではなかった。


「その子の年齢は?」


「確か、十一だったと思います」


「うーん」


 そのくらいの年になるともう関係ないか。気付く子供でも、分かるのはせいぜい五歳くらいまでだ。後は自然に見えなくなって、見えたことを忘れていく。


 というか相手が十一歳なら、現在の俺の見た目だと同年代とは言い辛いと思うのだが。

 気になって尋ねると、いきなり同年代の子供と接するよりは少し年上くらいのほうがいいと思ったらしい。


 まぁ今の青のよりは外見的に近いし、徐々に慣らすという点ではいいのかもしれない。実年齢の話は持ち出すとキリがないので置いておこう。


「わかった。上手くやれるかは分からないけど、俺に出来る事なら手伝うよ」


 とにかく会ってみたいことには何にもならない。

 了承の意を返すと、青のは小さく安堵の息を零して「ありがとうございます」と笑った。


 そうして話が一区切りついたかと思うと、妹はふいに気恥ずかしそうに目を泳がせながら俺を見た。


「あの、……もうひとつお願い事をしてもいいですか?」


「そりゃもう、いくらでもどうぞ」


 基本的に、俺の中に可愛い弟妹のお願いを断るという選択肢はない。

 世界の半分をくれとか言われたらさすがにちょっと驚くが、幸いそういう無茶を言う弟妹は誰もいなかった。少し寂しいと思うのは兄のワガママだ。


「兄さまと一緒に、朝ごはんが、食べたいです」


 そう言って顔を真っ赤にした青のの頭を撫でながら、今度みんなに、何かお願いがないか聞いてみようと思った。

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