まぁいいか、と犯罪人(仮)は小さく笑った。


 翌日。

 一階に下りていくと、受付で朝刊を読んでいた宿の主人が俺に気付いて顔を上げた。


「よう、坊主」


「おはようございまーす」


 部屋の鍵を返しつつ、昨日のどさくさで渡しそびれていた宿代を払う。

 確認のためにもう一度出した赤証をまじまじと眺めた宿の主人が「ほお」と僅かに目を丸くした。


「こりゃ本当にアレクのじゃねぇか、ケントが噛みつくわけだ。……兄弟か何かか?」


「はい」


「そうか。いや、昨日は騒がせて悪かった。あいつはアレクに憧れててな」


 薄々気づいてはいたけど、そのお墨付きを得て、やっぱりなぁと遠い目になる。


 紅蓮の特攻隊長に憧れる少年と、そんな男から身内用コインを貰った俺。

 何かつい最近 似たようなシチュエーションに置かれた気がする。いや、あっちは恋でこっちは憧れだが、どっちにしろ俺がライバルとして立ちはだかる予定は無いので安心して貰いたいところだった。


「まぁ兄貴によろしく伝えといてくれ」


 そう言って口の端に笑みを乗せた宿の主人に見送られ、俺は宿を後にする。


 天気は快晴、太陽の位置は間もなく真上。

 今から歩いていけば、赤のが昼休憩に入るころには本部に着くだろう。


 そう思いながら路地を曲がろうとしたところで、進行方向を塞ぐように飛び出してきた小さな影に目を丸くする。


「あれ、ケント」


 仁王立ちでこちらを睨み上げていた子供は、おもむろに近寄ってきたかと思うと、突然「手をだせ」と言った。よく分からないがとりあえず右手を出してみる。


「ちがう! 両手だ、両手」


「? ハイ」


「ただ出すんじゃなくて、もっと手首をくっつけろ」


「はいはい」


 言われるままに両手を前へ差し出すと、ケントは何やら満足そうにひとつ息をついた。


 そこへ、くるくると手際よく巻かれる縄。

 己の両手首が固結びで拘束されていくのを、思わず最後まで見届けてしまってから、目を瞬かせた。


「え、なにこれ」


「自警団が犯罪人をつれてくとき、こうしてた」


「そりゃ罪人を連行するときはこうするだろうけど。今俺が縛られてるのとは何の関係が……」


「おまえ犯罪者だろ」


 確定事項を伝えるように真っ直ぐな瞳で告げられて、いったい俺は何の罪を犯していただろうかと記憶を探るが、思い当たる節はない。

 古銭で買い物しようとして騒ぎになった事は確かにあったけど、五百年以上前の話はさすがに時効であって欲しかった。


 混乱する俺をよそに「ほら行くぞ」と縄の先を持ったケントが意気揚々と歩き出す。

 必然的に俺も歩みを進めることになり、その小さな背中について行きつつ首を傾げた。


「ケント。これ、何罪で連行されてるんだ?」


「アレクさんの赤証のニセモノ作ったから、ぎぞう罪だ」


 まだ信じてなかったのか。

 というかそこまで赤のが家族割コインを誰かに託すことはあり得ない話なのか。


 それとなく尋ねてみたら、アレクさんは孤高の一匹狼だから赤証を渡す人がいるはずないと断言された。

 紅蓮の特攻隊長とか、孤高の一匹狼とか、弟のこの街でのイメージどうなっちゃってるんだろうと若干心配になった。


 でもそんなふうに赤ののことを話すケントは、通常時の仏頂面が嘘みたいな子供らしい笑顔で、キラキラと瞳を輝かせていたので。


「アレクさんはヒーローだからな!」


 まぁいいか、と犯罪人(仮)は小さく笑った。



「は?」


 自警団本部の前で俺を待っていたらしい赤のが、その一音にあらゆる疑問を圧縮して、困惑げに眉根を寄せた。


「アレクさん、罪人をつかまえました!」


「よっ。昨日ぶり!」


 弟の視線が“どうしてそうなった”と訴えかけてくる。

 まぁ誤解というか、なりゆきというか。


 ここに来るまでの道すがらも通行人や店の人に怪訝そうにされたが、俺が「こんにちは」と笑顔で挨拶すると、ごっこ遊び的なものだと思ったみたいで、後はみんな和やかに見送ってくれた。


 ケントは手にした縄の先をぶんぶんと降りながら、赤のに詰め寄った。


「こいつアレクさんの赤証のニセモノ持ってるんです!」


「俺のだ」


「……じゃあ盗んだのか! おまえ、赤証は家族じゃなきゃつかえないんだぞ!」


「俺の兄弟だ」


 赤のの淡々とした訂正の言葉を聞いて、俺にびしりと人差し指を突き付けていたケントが動きを止める。

 そして何度か俺と赤のを交互に見やり、やがて驚愕の表情を浮かべて後ずさった。


「うそだ!!」


「また全否定か!」


 ここまで信じてもらえないとさすがにちょっと哀しくなってくるが、この場合 疑われているのは俺が赤のの兄弟であるという事なのか、それとも孤高の一匹狼である紅蓮の特攻隊長に身内が存在したという事実なのか。


 俺とケントが黙ったまま顔を見合わせていると、赤のはひとつ溜息をついてケントに声を掛ける。


「お前、この時間はいつも店番してんだろ。帰らなくていいのか?」


 その言葉を聞いてはっと目を見開いたケントは、なんだか微妙に納得していなさそうな顔で、それでも縄の先を手放した。


「…………おれは認めてないからな!」


 ああ、微妙っていうか明らかに納得してなかった。

 また謎の捨て台詞を残して走り去ったケントの背を見送りながら、俺は人目につかないようにこっそりと竜の力を使って手首の縄をほどく。


 淡い金色の光を帯びて するすると解けていく縄を横目に、「何だったんだ」と呟いている赤のには、曖昧な相槌を返しておいた。

 いやぁ、ほんと、人気者だな兄さん。



 自警団本部の食堂は、まさに働く男達の戦場だった。

 野太い注文の声と、それに答えて厨房に指示する料理人の声はもはや怒声に近い。


 もみくちゃの通路をすり抜けるようにして赤のと注文に行くと、俺に気付いた料理人達は昨日渡した野菜の礼と共に、頼んだ料理の量を倍にして出してくれた。

 皆さんも、もし普通に団員の弟が来たらもう少し量を手加減してあげて下さい。いくら育ちざかりでもさすがにこれはきついと思います。大食いチャンピオンクラスです。まぁ俺達はいくらでも食べられるから平気だけど。


 受け取った料理を手に座る場所を探していると、赤のの知り合いらしい団員達が、ちょうど食べ終わったところだからと席を空けてくれた。


 その際“アレクの弟”ということで盛大に構われてクッシャクシャになった髪をそのままにようやく席に落ち着いた俺達は、山と盛られた昼食の制覇に取り掛かった。


 全てが大きめに切られた具、体を動かす団員達のためか少し濃い目の塩味と、ダイナミックながらも美味しい品々を堪能する。

 ちなみに村の野菜は新鮮だからとサラダになったようだ。それも山盛りで貰ってある。


 その山を切り崩しながら、赤のの自警団での話や、俺の旅行中の話などに花を咲かせた後、話題はケントのことになった。


「へー。じゃあ一応 顔見知りなのか」


「見回りの時とか話しかけてくるのに軽く返事するくらいだけどな」


「それにしちゃ好かれてるなぁ」


 空き皿を積み重ねながらそう言うと、赤のは記憶を探るように宙を見つめながら、ぽつりと「ヒーロー」と呟いた。


「ヒーロー?」


「ああ、前に言ってた。ヒーローになりたいんだとよ」


 だから鍛えてほしい。

 最初にそう頼まれたのだが、赤のは断ったという。まあ上司にも教師にも向かない性分の弟だ。それは必然とも言える返答だったのだろう。


 しかしヒーローになりたい子供が、思い描くイメージに一番近い存在に憧れるというのもまた、必然だったのかもしれない。

 その構図に何だか懐かしいものを感じて、俺は笑みを浮かべる。


「そういえばお前にもそんなときがあったなぁ」


「止めてくれ」


「冒険者に憧れてさぁ、それっぽい装備揃えて俺の後ろついてまわって」


「頼むから!!」


 わりと見当違いの“冒険者風”ファッションだったんだけど、竜補正で何とかなってるしいいかと長いこと誰も訂正しなかったんだっけ。

 なにかの拍子に自分で気付いて止めていたが、いまだに冒険者は好きで、ひそかにそれっぽい物を集めているという事実を兄弟達はみんな知っていた。その時点で全然“ひそか”ではないけど、本人も何が何でも隠したいというわけじゃないようなので大丈夫だろう。ただ改めて言及されると恥ずかしいらしい。


 とにかく黙らせようと思ったのか、赤のが目にもとまらぬ速さで俺の口に押し込んできた揚げ物をもぐもぐと咀嚼しながら、異世界の電気街で売ってた冒険者の衣装買ってきてやればよかったかなぁ、とぼんやり考えたのだった。

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