赤竜(設定→『紅蓮の特攻隊長』の弟)

「俺の………………、弟」


 眷属の気配を追って次に行きついたのは、まわりを石造りの外壁に囲まれた街だった。


 住民のご先祖達が協力して作り上げたという、街のどこにいても見える鐘楼が自慢だ、とさっき立ち寄ったパン屋のおかみさんから聞いた。ちなみにパンは美味しかった。


 雑踏の中を歩きながら少し顔を上げれば、街の中心にそびえる鐘楼がすぐ視界に入る。

 赤っぽいレンガをメインに構成されたその塔は、異世界の首都で見た赤い電波塔に少し似ていた。昼のうちは中も自由に見学できるらしい。


 やっぱり入り口のところと鐘のあるところでそれぞれ別料金をとられるんだろうか、なんてたわいないことを考えつつ大通りを進んでいると、正面から、人ごみの中を早足に近づいてくる人影が見えた。


 騎士服……よりはだいぶ軽装だろうか。

 何にせよ一目で何らかの制服だと分かる恰好をした、真っ赤な髪が特徴的なその青年は、一直線にこちらへと向かってくる。


「おーい」


 俺が笑顔で軽く手を振ると、彼は苦々しげに顔を顰めて、間に残されていた数メートルの距離を風のように一気に詰めた。

 いや風のようにというか、周囲にばれない程度に風を使って人波をすり抜けてきた。


 そして彼は目の前にやって来ると同時に何やら怒鳴りかけて、ぴたりと動きを止める。


 少し高い位置を見ていた視線が、ゆっくりと十数センチ下に移動した。

 旅行前に固定していた年代なら最初見ていたあたりに顔があっただろうが、今は少し下だ。


 当初の勢いもどこへやら、すっかり目を丸くした青年が俺を見る。


「兄貴?」


「久しぶり!」


「え、何か、……若いな」


「若作りとか言うなよ」


「…………そうは言わねぇけどよ」


 微妙な沈黙が全てを物語っている気がしたが、この話を掘り下げても生まれるのは俺の心の傷だけなので、これ以上は触れないでおこう。


「喋り方も軽くなってねぇか」


「ないない」


「月の姉貴に怒られるぞ」


「大丈夫大丈夫」


 緑のと同じようなことを言ってくる青年――赤竜こと赤のは、やはり俺の返事を聞いて「ああ」と何かに納得したような表情を見せた。うん、たぶんお前の想像は正しい。


「それより、赤のは今何やってるんだ? それ制服だろ」


「俺はここの自警団員してて……いや、んな話じゃなくて、兄貴」


「うん?」


「っあんたの“ちょっと出かけてくる”は何百年だ!!」


 見た目と喋り口調への驚きが消えたら、当初の怒りを思い出したらしい。

 先ほどから赤のが音を散らしているので周囲には届いてないだろうが、会話相手の俺はそうもいかない。耳を突き抜けるような怒鳴り声に苦笑して、ごめんごめんと謝る。


「そういや赤の、なんか荒れたんだって?」


 さらに何事かを怒鳴りかけていた赤のは、それを聞いてぐっと言葉に詰まると、気まずそうな顔で「誰に聞いた」と小さく問いかけてきた。


「緑の」


「あいつか!」


 舌打ちを零しつつ拳を握った赤のの脳裏には、おそらく「ごめーん言っちゃったー」と笑う緑のの姿が浮かんでいることだろう。緑のがサラッと何かして赤のが頭を抱えるという構図は変わっていないようだ。


 芋ずる式に過去のあれこれを思い出したのか、赤のは渋い顔でぶつぶつ言っていたが、やがてひとつ溜息をついて俺に向き直った。


「……絶対帰ってくるのは分かってるけどよ。あんな、置いてかれるみたいに家族がどっか行っちまうのは、俺は嫌だ」


 これでいて、身内の絆みたいなものを誰より大事にしている弟だ。

 無事の帰還を信じてはいても数百年単位で音信不通の兄にさぞ気を揉んだのだろうと思えば、さすがの俺もちょっと申し訳ない気持ちになってきた。


「一緒に連れてけとは言わねぇよ。でも長いことどっか行くつもりなら、誰かにそう言ってってくれ」


「んー……うん。ごめんな」


「まぁ、帰ってきたならそれでいいけど、よ。……あ」


 ふいに赤のが音を散らしていた力を解いて後ろを振り返ったので、俺も立ち位置をずらして同じ方向を見てみる。

 すると先ほどの赤ののように人波をかきわけて、赤のと同じ制服を来た男がこちらに走ってきていた。


「知り合い?」


「自警団の同僚」


 なるほど。

 にしても今回は自警団か。前は騎士だったし、その前は確か傭兵だったし、本当に何かを守って戦うのが好きというか、性に合ってるんだろうなぁ。


 そんなことを考えているうちに俺達の目の前までたどり着いた同僚氏は、肩で息をしながら赤のに話しかける。


「おいアレク! 急に走り出してどうしたんだよ!」


「悪い。忘れてた」


 声をかけていくのをか、それとも同僚氏の存在そのものをか。だとしたら俺のことばっかり言えないぞ赤の。


「まぁ、お前の行動が脈絡ないのはいつものことだからいいけど……その坊主は?」


 赤のの隣に立つ俺の姿に、同僚氏が首をかしげる。


「俺の………………、弟」


「シンです。兄がいつもお世話になってまーす」


 今のお互いの見た目だと、二十代そこそこに見える赤ののほうが明らかに年上だ。そういうことにしたほうが違和感もないだろうと迷わず設定に乗っかる。


「アレクに弟なんていたのか。お前、そういうの全然 話さないよな」


「わざわざ話すことでもないだろ」


「そりゃそうだけど。なるほど、さっきから何かそわそわしてると思ったら、弟くんが来る予定だったんだな。言えば今日の勤務くらい変わってやったのに」


 たぶん赤のが俺の気配に気づいたのがそのころだったんだろう。

 前もって決まっていた予定とは違うので事前申告は無理だし、兄貴 飛んできたから会いに行くとはもちろん言えない。

 その結果、同僚氏放置、赤の街中疾走、ということになったと。


「お前、田舎から出てきたって言ってたよな。弟くんもここに住んでるわけじゃないんだろ? 今日はどうして街まで?」


 三百年の時を経ても定番設定は変わらなかったらしい。赤のは細かい話を作るのが得意じゃないからいつもこれだ。おかげで俺の設定も「田舎から出てきた弟」の一行で収まるが。


「兄貴の働きっぷりを見に来たのか?」


「はい。兄が元気にやってるところを見に来ました。あとはもうすぐ新しい兄弟が生まれる予定なので、それを知らせに」


「へえ! そりゃめでたいな!」


 祝福の言葉をかけてくれる同僚氏の横で、赤のがぎょっとした顔で俺を見た。

 しかしこの場で話せる内容ではないと思ったのだろう、物言いたげにしながらも口を閉ざしている。

 音を散らすのも、周囲の意識がこちらに無いときならともかく、目の前で話しているのに声が聞こえないとなればさすがに不自然だ。


 詳しい話はまた別の場所でしなくてはと思ったところで、同僚氏が「そうだ」とおもむろに声を上げる。


「久しぶりに兄弟会ったなら積もる話もあるだろ。ちょうど俺達も交代の時間だし、一緒に本部まで戻って談話室で話したらどうだ?」


 赤のがちらりと俺を見た。

 もちろん異存はない、というか渡りに船だ。頷いて返すと、赤のも同じように軽く頷いた。


「じゃあそうするか」


「うんうん、そうしよう、兄さん」


 俺がめったに口にする機会のない敬称で赤のを呼ぶと、弟はやたら不思議そうな顔でこっちを見て しばし沈黙した後、“俺か!”というようにハッと目を見開いていた。……設定が短ければ大丈夫かというと、そうとも限らないらしい。


 俺は前回の過去有り幼馴染に比べれば遥かに楽だ。

 だがこういう演技じみた事が苦手な赤のにとっては、「兄貴が弟」というだけで十分混乱に値する状況なのかもしれない。こういうときに赤のより下の年齢(の見た目)になったこと無かったしなぁ。


 まぁ何にせよ、こうなったら俺が弟で赤のが兄だ。やりきるしかない。

 頑張れ赤の、もとい兄さん、と俺は心の中からそっとエールを送った。

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