「あいつら元気にしてる?」


 この世界には遥か昔から、神の使いと言われる竜が存在しました。


 神の言葉を受け取り、生ける者を導く太陽の竜。

 神に言葉を送り、死せる者を導く月の竜。


 まばゆい金と銀のうろこを持つその二匹の竜を、人は神竜と呼びました。


 神竜は眷属の竜たちと共に、いまもどこかで、人々の暮らしを見守っているといわれています。


 (童話『たいようの竜と つきの竜』より)



 右から左へ、左から右へと慌ただしく往復する片割れの姿を、椅子に座ってのんびりと眺める。


「それで、時はいつだ!?」


「次の満月だって」


 答えると、月のが眉間のしわを三割増しにして頭を抱えた。


 ここは洞穴の奥にあった扉の向こう、俺達が暮らす神殿内の一室だ。

 いや一応 洞穴のほうも居住スペースではあるんだけど 、あっちは主に竜体のとき用で、こっちが人間体でくつろぐとき用だった。気分によって適当に好きなほうで過ごすことにしている。


 その中で月のは先ほどから、アレが無いコレは何処だと色んなものを引っ張り出しては俺の前のテーブルに積み上げている。そろそろ机上にトーテムポールが完成しそうだった。


「水晶は足りんし、まだ冬期が明けたばかりだから陽光も少ないし……、なんだってこう いつも急なんだ! 貴様、ちゃんと声を受け取ってすぐ戻ってきたんだろうな!」


「も、もちろんもちろん」


 卒業式に出てからと思ってちょっとだけ帰郷を先延ばしにしたことは黙っておこう。


 そして急なのは仕方ないというか、そもそもあそこに急という概念があるだろうか。

 あの人はただ、その時々でその世界に必要なものを送っているだけなのだ。もうお母さんからの仕送りみたいなものだと思うしかない。送られてくる以上、俺達はそこに判を押すだけだ。


「でも楽しみだなぁ、新しい竜。前回が青のだから二千年ぶりくらいだし」


「貴様がふらふらしてばかりだから不安になって増員することにしたんじゃないか。良かったな、これはお役御免の日も近いぞ」


「月のこわい、目がこわい、魔王様みたいになってる。そこまで怒らなくても……あれ、もしかして帰郷ちょっと先伸ばしにしたのバレてた?」


「やはりそうか。貴様、後で覚悟しておけ」


 まずい。やぶへび、いや、やぶ竜だった。


 そっと視線をそらしてトーテムポールの解体にかかる。月のもそのつもりで俺の目の前に積んだんだろう。選別とか整頓とかそんなに得意じゃないんだけどなぁ。


 とりあえず、使いそうなもの、使わなさそうなもの、わけの分からないもの、と何となく三つに仕分けていく。

 うねうねと踊るキノコを手に取って、これはどこ行きだろうかと悩んでいると、月のが新たな箱をトーテムポールの上に重ねて小さく息をついた。


「分かっているのか、大変なのは貴様なんだぞ。ましてや今回は竜だ。器の構築に必要な力も多い」


「大丈夫 大丈夫」


 そう言って呑気に笑えば、月のは黙って顔を顰めた。


 神使にはそれぞれ神様から与えられた役割がある。

 細かく言えば色々あるけど、主な仕事は太陽が“受け取る”こと、月が“送る”ことだ。


 神様の声を聴いたり、神様から送られてくるものを受け取って、この世界にあった器をこしらえてやるのが太陽……俺。

 こちらの様子を神様に伝えたり、この世界で役目を終えたものから器を取っ払って中身を神様に返すのが月の。


 簡単に言うと俺が神様専用の受信機で、月のが同じく送信機といったところだろうか。


 そして俺の声は神様には届かないし、月のには神様の声が聴こえない。

 受信専用、送信専用、そして神様専用の御使い。それが俺達だ。


 そんなわけで、新しい竜の子が来るというなら それを“受け取る”のはもちろん俺の役目。

 神様がふわふわぼんやりさせたまま送ってくる生き物の“もと”みたいなのを、ぎゅっと固めて器に込めてやればいい。


 それだけ聞くと「ね?簡単でしょ?」って感じだけど、これがまさに言うは易く行うは難しというやつで、途方もなく大きいがゆえに散りまくる神様の力を集めて固めるのには体力を使うし、圧縮した力を内包出来て なおかつこの世界になじむ器を作る作業は繊細で気を使う。


 とまぁ色々大変ではあるんだけど、そこは俺だって受信のプロだ。送るというからには受け止めてみせる自信はある。


「それに神様だってさすがに受け取れないようなものは送ってこないしさ」


「……それはそうだが」


 送ってくるという以上、それは受信機が受信できるものなのだ。


 だから本当は、そんなに慌ただしく準備をする必要はない。

 “受け取る”俺だけいればそれで事足りる話なのに、月のがこんなに頑張っているのには理由がある。


 光を溜め込める水晶を集めるのも、今が陽の弱い時季であることを気にするのも。


「ありがとう、月の」


 全部、俺が少しでも楽に受け取れるようにするためだ。

 片割れの気持ちが嬉しくて笑みを向ければ、彼女はまたひとつ息をついて目を細めた。


「……私には、手伝えないからな」


「まぁそれはお互い様だし」


 “送る”ときには月のが器を外して元の形に戻してから送り返すのだが、ぎゅうぎゅうに固めた力をほぐすのはいつも大変そうだ。(固めすぎだってたまに怒られる)


 それを手伝えたらと俺も思うけど、俺達はどこまでも一方通行の専用機だから、相手の仕事を手助けすることが出来ない。

 出来るのは相手の属性に近い鉱石やら何やらを集めてきて、作業のときにほんの少し、力の使いやすい場を整えてやることくらいだった。


 双方の眷属である竜の弟妹達なら もうちょっと直接的に手伝うことが出来るんだけど、今回は俺が“受け取る”だけだし、わざわざ呼び戻すほどでもないだろう。


 そう自己完結した瞬間、俺が持っていた踊るキノコが隣からひょいと取り上げられた。


「……この先の準備は私がやる。貴様は奴らにこの事を知らせて来い」


「え。いや、新しい子が来てから呼ばない? 驚かせたいしさぁ」


「鱗の二、三枚も むしられたいか。四の五の言わずに行け」


 鋭い視線と共に 二三四五と畳みかけられて、思わず「ハイ」と頷いた俺を見た

月のが満足げに胸を張る姿に苦笑する。

 まぁ、いいか。思っていたより早く弟妹に会えるというならそれはそれで嬉しいし。


「あいつら元気にしてる?」


「人に紛れて思い思いに生活しているようだ。私はあまり人里は好かんから、たまにこちらへ顔を出したときの様子くらいしか知らんが、まぁ相変わらずだ。奴らが人間に関わりたがるのは貴様の影響だな……まったく」


 小さいころにあちこち連れまわしたからなぁ。

 遥か昔には神々しい感じで人と関わって奉られた時代もあったけど、人間体になって一般市民として交じるほうがずっと楽しいと気付いてからは弟妹たちを巻き込んでよく村や街におりたものだ。今もそうだけど。


「人里かぁ、じゃあ着替えていかないと目立つよな」


 人間体になるとき鱗を変化させて服っぽくすることは出来るのだが、これが顔の造形と一緒で固有のデザインから変更することが出来ない。まさしく一張羅。ちなみに月のが今着てるのがそうだ。


 俺の一張羅は月のとはデザインが少し違うけど、どちらにも共通している点は、とにかく古臭いということだろう。

 いやさすが自分の鱗というか着心地は良いし気に入っているが、今あれを着て街に行ったら間違いなく「お芝居の練習ですか?」と聞かれてしまうような数十世紀前のフォーマルだ。


 そんな時代遅れすぎて最先端に戻ってきそうな勢いの服を着ていくわけにはいかないし、現在着用している学生服は別世界の品で言わずもがな目立ちすぎる。


「月のー、なんか最近の服あるー?」


「この間、青のが我らにと持ってきた服があったな。向こうの箱だ」


 弟妹たちは たまに顔を出しては俺達にお土産を持ってきてくれる。

 示された箱の中には、まだ新しそうな服がいくつか入っていた。これなら街に下りても大丈夫そうだ。いつ帰ってくるかも分からない俺の分までちゃんとあるところが青のらしいなと口の端を緩めた。


「よし。この服にしよう。月のー、今のお金ってどれー?」


「そっちの木箱に入ってるやつだ。古銭は持ち出すなよ」


 そういえば前に間違って古いお金持って行っちゃって、気付かないで出したら大騒ぎになったことあったなぁ。


「月の、財布にできる袋あるー?」


「緑のが一時期大量に作ったやつの残りがそのへんにあるだろう」


 緑のは一回 何かにはまると百年くらいそればっかりになる。

 これは確か縫い物に凝っていたときに布という布を使って作りまくった巾着たちの一部だ。淡い黄色のやつをひとつ借りることにした。


「月の、小さめの荷物袋ー」


「赤のが昔使ってたやつがそっちにある」


 ああ、赤のが冒険や探検に憧れていた時期に集めたやつ。

 いくつかあったので、その中から いかにも旅人っぽいくたびれた色合いの荷袋を選んだ。


「月の、月の、月のー」


「…………なんだ」


「あとなんか途中で食べるおやつ、」


「さっさと行け!!」


 白ののお土産らしき高級そうな砂糖菓子の袋が飛んできました。(顔面に)

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