緑竜(設定→辛い過去持ち幼馴染)
……え、何これ、修羅場?
自分の翼で風を受けて飛ぶのはやっぱり気持ちが良い。
鼻歌交じりに空を行く俺の上機嫌さを反映するように、陽を浴びる金のうろこはいつにも増してぴかぴかと輝いている。
相変わらず隠密行動にはまるで向かないこの体色だが、ちょっと光を屈折させて人の目に映らないようにしているので問題ない。
現に先ほどからいくつか村の上を通り過ぎているが、誰ひとり気づく者はいなかった。まぁごまかしたのは人間の目だけなので、動物には驚かれたり怯えられたりするが。
「さて、もうすぐかな……」
洞穴から飛び立った後、俺はとりあえず一番近いところにいる眷属の元へ向かうことにした。
声の送受信は神様専用回線だから片割れにも眷属にも使えないけど、その代わり俺と月のは、弟妹たちが世界のどこにいても分かる。
眷属である弟妹たちも、範囲は狭まるがある程度近づけば俺達のことが分かるだろう。だいぶ近づいたのでそろそろ向こうも俺の気配に気づいていると思うのだが。
ちょうどそんなことを考えたとき、正面の空から近づいてくる影が視界に映る。
ぐんぐんと距離を詰めてきたその影は、スピードを微塵も落とすことなく――俺に突っ込んできた。
「太陽の兄ちゃん!!!」
「ぐえ」
なんとなく予想がついたのでこっちは直前に停止していたのだが、それでも竜の全速力タックルは若干内臓に響くものを感じる。
がっちりと胴体にしがみついた緑色を見下ろして、俺は笑いながら彼女に声を掛けた。
「元気にしてたか? 緑の」
「うん!」
新芽のように鮮やかな緑のうろこを持つ、俺よりふた回りくらい小さい竜が、嬉しそうに喉を鳴らして頷く。
眷属の一匹である緑竜こと緑のは、いつも前向きで明るい妹だ。
その代わり後先考えずノリで行動することが多いのが玉に瑕だが、月のには「貴様とそっくりだな」と言われているので何も言えない。
「兄ちゃんいつ帰って……あっ、そうだ! 赤にはもう会った!?」
「赤の? いやまだだよ、散歩しつつ順番に会いに行こうと思って」
「うわぁ、お願いだから早めに行ってやってよ。太陽の兄ちゃんに置いてかれたってあれから荒れたんだから」
「まじか」
そういえば「ちょっと出かけてくる」としか言ってなかったかもしれない。それきり連絡なしに三百年。改めて考えるとあれだな、まずいな。
「一応この五十年くらいでようやく落ち着いたけど……っていうか、兄ちゃん喋り方 超砕けてるけど大丈夫!? 月の姉ちゃんに怒られるよ!?」
「大丈夫 大丈夫」
もう微妙に怒られたから。
俺の返事でそれを察したらしい緑のは「あーやっぱり」というように苦笑していたが、突然はっとしたように俺から離れ、自分が飛んできた方向を振り返った。
「そうだ、何も言わないで飛び出してきちゃったんだ!」
「あー。今、人里で暮らしてるんだって?」
「うん、そうなんだ。でも太陽の兄ちゃんの気配がしたからつい……うわぁディーが探してるよ、戻らなきゃ」
人間体のときは基本的に聴力も人並みに制限しているが、竜の耳はかなり遠くの音まで拾える。
俺は“ディー”を知らないからどの声がそうなのか分からないけど、緑のが言うなら今聞こえている人間の声のどれかがそうなのだろう。
「ねぇ、兄ちゃんも一緒に行こうよ! あたし今 薬屋さんやってるんだ!」
そう言って、くるりと旋回して先導するように飛びはじめた緑のの後についていく。
数分ほど飛んだところで、緑のがゆっくりと高度を下げ始めた。
そうして森の中にある少しだけ開けた場所に着地すると、その姿を竜体から人間体へと変える。
十七歳くらいの、若葉色の髪をした少女だ。村娘らしい自然な色合いのエプロンドレスがよく似合っている。
その隣へ同じく人間体になって降り立った俺を見て、緑のが目を丸くした。
「うわぁ兄ちゃん若っ。そんな若作りしてるの久々に見た」
「いやちょっと異世界で学生を……その若作りっていうの止めない?」
月のにも言われたけど、なんとなく複雑な気持ちになる。
別に何か意味があって見た目の年代を固定していたわけじゃないんだし、こんなことならもっと頻繁に変えておけばよかった。
村があるらしい方向へふたりで歩き出しながら、一緒に行くにあたっての説明を緑のから聞く。
「あたしミリィって名乗ってるんだ。それでね、兄ちゃんはあたしの幼馴染ってことにしてほしいの」
「そりゃいいけど……なんで幼馴染?」
「だって兄ちゃんと他人のフリとか出来ないもん。あたしそういうとこ器用じゃないから、絶対いつもみたいに話しかけちゃう」
「いや、それなら普通に兄妹ってことでいいんじゃない?」
今は外見がほとんど同じくらいの年頃だから、見るからに兄と妹っていう感じではないけど、双子だとか年子だとか言えばさほど違和感はない気がした。目や髪の色が違うのも、俺は父親似なんですとか言えばいい。
そう思って首をかしげると、緑のはぴたりと足を止めて、真剣な顔で俺の肩をがしりと掴んだ。
「ごめん兄ちゃん、なんとか口裏合わせてほしいんだけど、あたし薬師の一族で先祖代々伝わる秘薬の製造法をめぐった組織とのいざこざの中で故郷の村と親兄弟を失い天涯孤独の身になって今は細々と薬を売って暮らしてることになってるから」
「お前って子は!!! あんまり複雑な設定はボロが出やすいから止めなさいって言っただろ!?」
「だってぇ!」
ちょっと人に紛れて遊んでくる程度なら必要ないが、その中で暮らしていくとなると、俺達にもある程度の設定が必要になる。
どういう理由で どこから来たのか。時と場合に合わせて違和感のない身の上話を用意しておくのが常なのだが、緑のは結構いきあたりばったりに設定を決めるので、昔からこんなふうになることが多かった。
今回はどうやら、
薬屋さんがやりたい+長く同じ場所に留まれるように出来るだけ低い年齢から始めたい+そんな年齢の子供がひとりでいる理由
……などなどを組み合わせていったら、いつの間にかそんなことになっていたらしい。
お前、赤のなんてどんな年齢どんな状況だろうと「田舎から出てきた」の一点張りだぞ。ゲームの村人Aだってもうちょっと何かあるだろってくらいの簡潔設定ぶりなんだぞ。
……あれ、ちょっと待てよ。
「その幼馴染ってことは……」
「今日からあなたも薬師一族!」
「お得なキャッチコピーみたいに言うんじゃありません!」
緑のは自分が器用じゃないから俺と他人のふりはムリだと言ったが、緑のが無理ということは、そっくりだと称された元の俺だって当然あまり器用じゃない。
簡単な口裏合わせならともかく、それだけの設定を踏まえて動くというのは難しすぎる。
そんな思いに眉根を寄せていると、「あたしがフォローするから!」と言って必死そうに腕に抱きついてきた緑のを見て、俺は小さく笑った。
「行かないなんて言ってないだろ? 俺も緑のが薬屋さんやってるところ、見てみたいしさ」
三百年は、竜にとってもほんの少し長い時間だ。久しぶりに会った兄妹と色んな話をしたいのは俺も同じだった。
だからそんな顔するなと頭を撫でれば、その表情がぱっと明るくなる。
「やったぁ! 絶対だよ! 絶対一緒に行こうね!」
「はいはい」
そして緑のが嬉しげに俺に抱き付いた瞬間、どさりと近くで何かが落ちる音がした。
はたと二人でそちらを見れば、少し先の地面に落ちた布袋に、緩んだ縛り口からいくつか零れた新鮮そうな野菜たち。
そして布袋を落とした当人らしき少年が、呆然と目を見開いてそこに立ち尽くしていた。
緑のが俺に抱き付いたまま、少年を見て親しげな笑みを浮かべる。
「あっ、ディーだ!」
そうか。彼がさっき言っていたディーか。
緑のの呼びかけで意識を引っ張り戻したらしい少年……ディーが、はっとして落とした布袋を拾い、そこに零れた野菜を戻し始める。
「ディーどうしたの? 森のほうまで来るなんてめずらしいね」
「いや、野菜、いつものやつ、母ちゃんが もってけって」
「うわぁありがとう! そっか、それ渡すのにあたしのこと探してくれてたんだ。お店のほうに置いといてくれてもよかったのに」
妙に言動のぎこちない少年と、くっついたままの笑顔の妹と、黙って二人を見守るしかない俺。
なんともいえない空気が(主にディーのほうから)漂ってくる中、現状を打破すべく、先に声を上げたのはディーだ。
「なぁミリィ、そいつは?」
「あーそうそう! そうなの、ねぇディー聞いて! にい……この人、あたしの幼馴染なんだっ!」
「い……幼なじみが、えーと、いつもお世話になってまーす」
紹介されるがままに挨拶をする。
危うく出だしからとちりかけた俺達だったが、幸いというべきか、ディーのほうはそれどころではなかったようだ。
「………………よろしく」
挨拶とは裏腹の、ちっともよろしくなさそうな敵意を全身から滲ませた彼が、緑のに抱き付かれたままの俺を親の仇のように睨んでいるのを見て、察した。
先ほど思い浮かべていた構図が形を変える。
妹に想いを寄せる少年と、たぶんまるで気付いてない妹と、そんな妹に抱き付かれる幼馴染設定の俺。
……え、何これ、修羅場?
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