第6話 バカラの勝負
典型的な「田舎」と呼ばれる風景が広がる下礼村。
その中心部に位置しているのは周囲の景色から浮いている、異質で都会的な建造物である『ホテルウインドブック』。
その一室で今、男たちの息詰まる真剣勝負が繰り広げられていた。
「ナチュラル8! またしても中入江さんの勝ちです! いやぁ、今日は本当にツイてますねぇ!」
テーブルに置かれたカードを捲った黒いスーツと黒い山高帽そして右目に片眼鏡をかけた男、有瀬塗範が目の前に並んで座る男たちを見回しながらわざとらしく言い放った。
カードゲーム『バカラ』のディーラーを務めるトパンは場に賭けられていたチップをT字型の棒を使って回収し自らの手元へと運んで行くと、その一部をプレイヤーサイドへ賭けていた男の元へと分配した。
同席している四人の男たちは、悔しげに苦虫を噛み潰したような顔をする者、苛立たしさを態度で表す者、後悔の念を顔に浮かべる者、諦めた様に嘆息する者とそれぞれ多様な反応を示した。
「どうですか、皆さん。そろそろお開きにしませんか? これ以上続けて破産される方でも出てきたら寝覚めが悪いですからね」
トパンが挑発するかのように言い放つ。
「ふざけるな! 勝ち逃げは許さん! 儂には判る。ここから一気に流れが変わるとな!」
最年長である尾張が熱くなってテーブルを叩いた。
「その通りだ。あんたがイカサマでもしていない限り、俺以外の皆が外し続けることなど有り得ない」
勝ち続けている若い男、中入江がゲームを続ける気満々な姿勢で断言する。
「そうですね。このまま帰ったら悔しくて眠れません」
神経質な雰囲気を醸し出す出湯板が二人の顔色を窺いながら同調した。
「私だって今やめたいなんてこれっぽっちも思っていませんよ」
気弱そうな鉢根は明らかに渋々ながら継続を表明する。
「ではゲームを継続します」
トパンはそう宣言すると、厭らしい表情を浮かべながらほくそ笑み、ネクタイをギュッと締めた。
事の発端は数日前に遡る。
年が明け、まだ正月気分が抜け切らない休日。
下礼村の近隣に位置する戸柄市で地域経済組合の面々が年始集会を終え、親交を深めるための余興として麻雀卓を囲ったのがきっかけであった。
卓からあぶれた者たちへ、インターネット投機で成功したデイトレーダーである柄留守が「カードゲームでもやりませんか?」と声を掛けた。すると地域最大の自動車販売会社社長である尾張が「バカラをやろう!」と提案した。
外車専門の中古車ディーラーである中入江と、自動車修理工場の工場長である鉢根、大手保険会社の代理店を営む出湯板がその呼び掛けに乗っかって、柄留守をディーラーとしたバカラのゲームが始まった。
「なんか張り合いがないな」
一勝負が終わると、尾張がつまらなそうな表情を浮かべながら言い出した。
すると中入江がと親指と人差し指で輪っかを作って皆に同意を求めた。
「子供の遊びじゃないんだから──やりますか?」
「いやいや、まずいでしょ」
鉢根は即座に反対する。
「仲間内だけですからバレっこないですよ」
出湯板が賛同すると、なし崩し的にチップの代わりに五百円玉を賭けてゲームを行うこととなった。尾張に頼まれて鉢根が組合の金庫から両替用の棒金を借りて来る。それぞれが五万円を出し、二本ずつ換金した。
そしてゲームが始まると中入江が連戦連勝。意地で彼の逆に張り続けた尾張と、それに追従した鉢根と出湯板もあっという間に手持ちの硬貨のほとんどを失ってしまった。すると尾張は長財布を取り出し、失った額と同額の五万円をバンカーサイドへと置いた。
「それはいけません。掛け金のバランスが保てません」
柄留守が困った時の癖なのか、眼鏡の縁を指で擦りながら注意する。
「いいじゃないか。俺も同額賭けるぜ」
中入江が手元に積まれた硬貨の代わりに内ポケットから長財布を取り出し、同額の紙幣をプレイヤーサイドに置く。
「では私も」
隣に座っていた出湯板も財布を準備した。
「ならば私も賭けるしかありませんな」
鉢根は渋々といった様子で財布の中身を確認する。
そして四人はこれまでと同じように一体三に分かれる形でプレイヤーサイドとバンカーサイドへと紙幣を賭けた。
「僕は止めましたからね──」
そう呟いた柄留守がプレイヤーサイドとバンカーサイドへと裏返しのカードを二枚ずつ配って行く。
賭け金は全員同額ではあったが、年長者である尾張がバンカー側のスクイーズを行った。
「ナチュラル8だ!」
勝利を確信した笑みを浮かべる尾張。安堵の表情を示す出湯板。鉢根だけはまだ不安げな様子を隠せないでいた。
「じゃあ、絞りますぜ」
中入江がプレイヤー側を一枚ずつゆっくりと捲って行く。
「ピクチャーだ!」
鉢根が喜びの余り声を上げた。勝利を確信するバンカーサイド。
「チッ!」
中入江は諦めたように舌打ちすると、残った一枚を勢い良く捲った。
その瞬間、場は凍りついたように沈黙した。
「──そんな馬鹿な」
放心状態の尾張が言葉を絞り出す。
カードは「9」であった。
「イカサマだっ!」
出湯板が怒りに任せて柄留守へと掴みかかる。
「まあ、待て。たかが十万そこらでグダグダ言うのはよそう。柄留守君、次は賭ける前にカードを配って貰っていいかな?」
尾張は出湯板へ大人しく座っているように合図をすると、柄留守には口調こそ紳士的ではあったものの絶対に拒否させないような強い意志を込めて要請した。
「まだ続けるんですか?」
すでに鉢根は泣きそうな表情に変わっている。
「中入江君、ちょっといいかな?」
尾張は中入江を人指し指で呼ぶと、彼の耳元へと小声で話し掛けた。
そして皆が元の席へと戻ると、中入江が先程配当された万札と山になっている硬貨を指し示しながら柄留守へと申し入れる。
「柄留守さん、今日はお互い良い小遣い稼ぎをしましたが、勝者は一日に二人も要らねえ。どっちに幸運の女神が微笑んでいるのか、タイマンで勝負しましょうや」
柄留守は大きな溜息を吐くと、眼鏡の縁を指で擦りながら返答した。
「仕方ありませんね」
プレイヤーとバンカーのそれぞれのサイドにカードを配った柄留守が中入江へと促す。
「お先にどうぞ」
その夜、息子が意識不明の状態で病院へと運ばれたことを知った柄留守医師は診療所を営む紋平類町から車で数時間かけて戸柄市へとやって来た。
翌日、柄留守医師はヤエオリグループのオーナーへと面会を申し入れたのであった。
「で、なんで僕を呼んだんだい?」
いつもと変わらぬ黒スーツに黒の山高帽を被ったトパンが、ホテルウインドブックのロビーでニコと合流した。
「柄留守先生ですよ。幾ら二十四時間女性のことしか頭にないあなたでも、先月の事件で御協力下さった方くらいは憶えているでしょう?」
ニコが辛辣に言い放つ。
「酷い言われようだなぁ。樽守さんの主治医だった先生でしょ、忘れるわけがない」
「御子息の事で相談があるとおっしゃられたので、あなたを呼んだのです」
「それは良いけど、まさかタダ働きじゃないよね。この間の『毒キノコ服毒事件』だって結局誰が依頼者なのか有耶無耶になってて、まだ事件解決の報酬を貰ってないんだけど」
「相変わらずネーミングセンスゼロですね。なんですかそのネタバレ満載な事件名は。『イケメン医師と運命の恋』こちらを採用します」
「その方がネタバレっぽいけど──」
ニコとトパンがフロントの前でそんなやり取りをしていると、心労で衰弱し切った老医師が二人の元へと近づいて来た。
「ああ、谷得織さん、有瀬さん。お忙しいのにわざわざ時間を作っていただきまして有難うございます」
柄留守医師が二人に相対しながら丁重に頭を下げる。
「そんなお気になさらずに。私は学校帰りですし、有瀬さんは年中休業中みたいなものですから」
ニコが柔らかい口調で毒を吐く。
トパンは何かを言い返そうとしたが、一足先にニコが制した。
「場所を移しましょう」
ホテルの多目的ホールへと移動した三人はテーブルへと腰を下ろし、運ばれて来た飲み物へと口を付けた。ニコは特製の紅茶へとスプーンを使って角砂糖を立て続けに三つ落とすとゆっくりと掻き混ぜた。
トパンがそれに関して口を挟もうとしたが、ニコが無言で睨み付けて来た為、黙っておくことにした。
緑茶を一口啜った柄留守医師が、対面する二人と目を合わせると事情を説明し始める。
「息子はインターネットを使って金を稼ぐ仕事をしています。まあ確かにどんな仕事も世の中では必要なのでしょうし、父親の何十倍も稼ぎ出す子供を誇るべきなのかも知れませんが、私はあいつに人様の為に働くよう常に口を酸っぱくしながら言い続けています。壇──息子の名前です──はそれが面白くなかったのでしょう。紋平類町を出て、戸柄市へと移住しました。あぶく銭のような金を持った独身男がやることなど昔から決まっています。悪い遊びもしていたようです。ですからいつかはこんな日が来るとは覚悟しておりました。それでもやはり親ですから、息子に何が起きたのかを知りたいのです」
「警察は何と?」
トパンが問う。
「組合の寄り合いで酒を飲み過ぎてベランダから転落したと結論付けました」
「それが真相ではないと思っていらっしゃる、ということですね?」
「勿論です。息子は下戸なんです。自分の意志で酒を飲むはずがありません」
「しかし血中アルコール濃度や、組合での目撃情報で事実はすぐに判明するのでは?」
「ええ。壇は確かに飲酒をしていました。だからこそ誰に呑まされたかをハッキリさせたいのです」
「つまり、そこに悪意があったのかどうか、ということですか?」
「──これを見て下さい」
老医師は懐から一通の手紙を取り出した。
「今朝、息子の暮らすマンションの部屋へ立ち寄って見つけました」
トパンが受け取って手紙を広げるとニコも横から覗き込んだ。
「人妻からの恋文──不倫ですね。お相手の名前はありませんが」
「私はその女性を知っておるのです。昔、壇と付き合っておりました。金に目がくらんで戸柄市に住む金持ちへと嫁いで息子を捨てた女です。そもそも壇が戸柄市を選んだ理由もおそらくその女から連絡が来たからなのでしょう」
「それで彼女が息子さんの事件にどう関わって来るのですか?」
「その女の夫というのが戸柄市地域経済組合の組合長をしている藤礼義士なのですよ。私は妻と密通している愛人を藤礼が殺そうとしたのだと思っています」
トパンはニコお付きの送迎車に乗って、戸柄市にある藤礼邸を訪れた。
年若い家政婦に案内されて藤礼夫人の待つ居間へと通される。
そこには溢れんばかりの色気を発した若い女性が着物姿で畳へと直に腰を下ろしていた。
暫し見惚れたトパンの太腿をニコがつねる。
「痛い!──君は加減って物を知らないのかい?」
思わず叫んだ後、トパンが小声でニコへと訴えかける。
そんな二人の様子を見て、夫人は楽しげに微笑んだ。
「何か私に用事があっていらしたのではなかったのですか?」
「ああ、御挨拶が遅れました。僕の名前は有瀬塗範、彼女は谷得織丹子さんです」
「ええ、ヤエオリグループのオーナーさんでしょ。御高名は存じております」
「それは光栄です」
ニコが何故か挑戦的に返答する。
「実はお友達の柄留守壇さんの事故に関しての調査をしておりまして──」
トパンの言葉にも夫人は動揺を示すことはなかった。
「柄留守さんの事故? 確かに昔私たちは付き合っていましたが、今更何を──」
「お惚けは無しにしましょう。壇さんのお父上があなたから彼に送ったラブレターを所持しています。お父上はそれを根拠に御主人を犯人として糾弾されるおつもりです」
トパンは鋭く追及したつもりであったが、夫人は突然笑い出した。
「フフフッ、あの人が彼をどうにかするなんて。そんなことあるはずがないわ」
「何故ですか?」
「だって私たち夫婦の間では、世間にバレなければ不倫は問題ないという取り決めがありますもの。相手の愛人たかが一人にいちいち構っている暇などありませんのよ」
「たかが一人ってことは──」
ニコが呆れたように問いかける。
「そこは突っ込まないのが淑女の嗜みですわよ」
夫人がフフフと笑いながら誤魔化した。
「でも困ったわね。手紙は燃やすようにお願いしたのに。やっぱり彼とはロマンティックな遊びは出来ないみたい──ねえ、探偵さん。彼のお父様から手紙を取り戻していただけません? 報酬は弾みますよ。もし宜しければそちらのお嬢さんが居ない所で二人きりの打ち合わせをしましょうか」
トパンがゴクリと唾を呑むのと、ニコが彼の臀部へとゲシッと蹴りを入れたのはほぼ同時であった。
その後、戸柄市地域経済組合ビルを訪れたトパンとニコは藤礼組合長へと面会したが、会合当日は常に傍に誰かが居た事、柄留守とのこれといった接点を見い出すことができないことを確認しただけに終わった。
組合長室を出て二人がエレベーターを待っていると背後から男が話し掛けてきた。
「あのぉ──もしかして探偵さん?」
男は自動車修理工場の工場長である鉢根であった。
「──まあそんな訳で、賭博をしていた以上私らは警察へは名乗り出れないのです」
鉢根は近くの喫茶店へと二人を誘うと、事件当日に起きた出来事を語っていた。
運ばれて来た紅茶へといつも通り三個の角砂糖を放り込むニコを尻目に、トパンは事実関係を確認する為に指摘した。
「つまり偽証をしているということですか?」
慌てて鉢根が否定する。
「いえいえ、とんでもない! 組合長へお願いしてバカラの件だけ伏せてもらっているだけです。それに事故があったのは四時五十五分だと聴いています。柄留守君の腕時計が落ちた衝撃で壊れてその時間で止まっていたと。集会は四時三十分には解散したんです。入退館記録が証拠になります。柄留守君は独りだけ残っていたのですから、事故に決まってます」
「しかし、賭博で大損したとなれば自殺を図る要因となるのではありませんか?」
幸せそうな表情を浮かべて紅茶を飲んでいたニコが疑問を呈した。
「確かに大損していればそういう事もあるかも知れませんが、中入江さんとの勝負で負けたとはいえ、元々は我々から巻き上げた金です。財布を痛めた訳ではありません。それに私らにはそこそこな金額でも彼にとってはささやかな小遣い程度にしか過ぎませんしね」
「要は組合の総意として、酔っ払った柄留守さんがベランダから落ちた事故だと考えているという訳ですね」
「勿論、それ以外に真実はありませんから」
鉢根が断定した。
「では、一体あなたは僕に何をさせようと言うのですか?」
トパンは戸惑いながら問いかける。
「──我々四人は、柄留守君がイカサマをしていたのかを知りたいのです」
『ホテルウインドブック』の一室。カジノの様に飾り付けられた室内でバカラのテーブルにディーラーとして立つトパンが、プレイヤーサイドとバンカーサイドへと裏返しのカードを二枚ずつ配って行く。
尾張がバンカー側のスクイーズを行った。
「ナチュラル8だ!」
勝利を確信した笑みを浮かべる尾張。尾張と同じバンカー側へ賭けた出湯板が安堵の表情を示す。同じくバンカー側へ賭けた鉢根はまだ不安げな様子を隠せないでいた。
「じゃあ、絞りますぜ」
中入江がプレイヤー側を一枚ずつゆっくりと捲ってゆく。
「ピクチャーだ!」
鉢根が喜びの余り声を上げた。勝利を確信するバンカーサイド。
「チッ!」
中入江は諦めたように舌打ちすると、残った一枚を勢い良く捲った。
その瞬間、場は凍りついたように沈黙した。
「──そんな馬鹿な」
放心状態の尾張が言葉を絞り出す。
カードは「9」であった。
「イカサマ以外ありえない!」
出湯板が立ち上がってテーブルを叩いた。
「まあ、待て。せっかくここまで再現して貰ったんだ。ゲームの最後まで続けよう。中入江君、解かっているね?」
尾張は出湯板へ大人しく座っているように合図すると、中入江にはあの日の出来事の再現を続けるように指示をした。
中入江は黙って頷くと、先程配当された万札と山になっている硬貨を指し示しながらトパンへと申し入れる。
「有瀬さん、今日はお互い良い小遣い稼ぎをしましたが、勝者は一日に二人も要らないでしょう? どっちに幸運の女神が微笑んでいるのか、タイマンで勝負しましょうや。ただしカードは先に場へ並べてもらいましょうか。それが公平という奴でしょう?」
トパンはニヤリと笑みを浮かべると、カードを切って二枚ずつテーブルへと並べた。
「どうぞ、お選び下さい」
中入江はトパンの顔色を窺いながらプレイヤーサイドへと賭けた。必然的にトパンはバンカーサイドへ賭ける事になる。
「絞るぜ」
中入江が一枚ずつスクイーズしてゆく。
「2……5。7だ」
状況を見守っていた三人がどよめく。ここまで出たカードの数字は事前にトパンへ伝えてあった展開と全く同じだったからだ。
「では絞ります」
トパンが一枚目をスクイーズする。
「ピクチャーだ!」
鉢根が興奮して叫んだ。トパンは皆から聞いた数字を確実に再現している。イカサマをしていることは確定であった。次は「6」が出て中入江が勝利し、柄留守は皆へ稼いだ金を返して解散となる──。
トパンがゆっくりと二枚目をスクイーズしてゆく。
「おい──」
「そんな──」
「馬鹿な──」
トパンが捲ったカードの数字を見て皆が立ち上がりながら驚愕の声を漏らした。
数字は「5」であった。
「どういうことだ──」
中入江が呆然としながら呟く。
「どうされました、皆さん? まだ勝負は終わっていませんよ。ルール上バンカー側へ一枚追加されるのをお忘れですか?」
トパンが飄々と述べた。
「──もういい」
尾張がガックリと肩を落としながら座り込む。
部屋の隅で展開を見守っていたニコがトパンの元へと近づいて来た。
「どういうことですか。決着を付けないのですか?」
「お嬢さん、決着はもう付いたんですよ」
中入江が自虐的に笑った。
「私には意味が解からないのですが──」
「ああ。バカラにはヒット&スタンドチャートというのがあって、単純に出た数字で決着するわけではなくて──」
「そんなことは知っています。なぜ白黒付けずに終わるのかを訊いたのです」
トパンの小馬鹿にしたように丁寧な解説をニコが遮った。
「有瀬さんはここまで私がお伝えした通りの数字を出す事が出来たのですから、追加されるカードは3でも4でも自由自在に出せるでしょう。つまり私たちの依頼は果たされました。やはり柄留守君はあの日イカサマをしていたのです」
鉢根の言葉を受けてトパンが片眼鏡を外しながら種明かしをした。
「あの日使ったというこのカードをじっくりと調べてみたら判ったのです。絵柄に紛れて特殊なインクでカードの数字が描かれていました。そこでそのインクを読み取れる特殊なレンズを使った片眼鏡を用意したのです。勿論、じっくりと数字を読み取る時間などある訳がありませんから、多少の技術は必要ですけどね」
「ではなぜ最後に違う数字を出したのですか?」
出湯板が声を震わせながら問いかけた。
「いやいや、皆さんがあの日の出来事を再現したい、とおっしゃるから僕も忠実に再現したまでですよ。最後の勝負では先に中入江さんが選択する為に、柄留守さんは自身で勝ち負けを決めることが出来ませんでした。勝つにせよ負けるにせよ、もう一枚カードを引くことになれば自分の意志で決めることができますから、当然彼はこのように展開したはずなのです。しかし皆さんは僕に事実と異なる数字を伝えました。その理由は今のあなた方の表情を見れば明らかです。最後の勝負は柄留守さんが勝ったのです!」
「勝った? えっ、でも皆さんは──」
ニコが戸惑いを隠せないまま問い返す。
「中入江さんが勝ったというのは嘘なんだよ。おそらく勝利の美酒とか何とか理由をかこつけて柄留守さんへ酒を呑ませたか、飲み物にアルコールを混ぜたかのどちらかだろうね。酒に弱い柄留守さんを『外の空気でも吸って来ればいい』と唆して荷物から引き離すと彼ら四人は結託して自分たちが負けた金を取り返したんだ。もし柄留守さんが素面に戻ったとしても全員が口裏を合わせて『夢でも見ていたんじゃないか』とでも言えば信じるかも知れないからね」
「そして酔っ払った柄留守さんをベランダへ放置したまま皆さんは帰った訳ですか? 随分酷い話ではありませんか! こんなの事故じゃないです!」
年若いニコから非難され、誰一人反論することは出来なかった。
「──罪悪感はあったんだ」
中入江がぼそっと言い訳するかのように呟いた。
「でしょうね。だから僕に柄留守さんのイカサマを証明するように依頼したのでしょう。もし柄留守さんが真っ当に運だけで勝利したのならば盗った金は返すつもりだったのですよね? しかし彼はイカサマをしていた。この事実を知ったあなた方がどのような選択をしようが自由です。証拠がない以上、僕もニコちゃんも警察へ訴え出ることはしません。あとはあなた方の良心の問題ですから」
トパンはそれだけ告げると、項垂れる四人を残してニコと共に部屋から出て行った。
つづく
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