第12話 決戦(後編)

 ラグーンの洞窟がある森。その周辺を警戒していたハンター三人組が、最初に接敵した。

 黒い帽子に黒いローブをまとった魔導士の少女が魔力を集中する。その指先が示す先にいるのは、疾駆する兵隊級。

「炎上放射、フレイムシュート!」

 彼女の指先から帯状の炎が吹き出し、兵隊級の外殻に直撃した。しかし効果の薄さに魔導士の顔が曇る。

「やっぱり炎熱系はダメね」

 それでも注意は引いたか。兵隊級が進路を変えて魔導士の方へ向かってくる。

「ひっ」

 表情を強張らせる魔導士の目に映ったのは、兵隊級の前に立ちふさがる鎧姿の青年だ。

「マルコ!」

「こなくそぉおお!」

 マルコは構えた大盾で兵隊級の突進を受け止めにかかる。

「ラーナ何してる。離れろ!」

「え、ええ!」

 ラーナが距離をとるのと同時に、マルコの大盾と兵隊級が衝突した。その巨体を正面から受け止められるはずもなく、マルコは後ろに大きく吹き飛ばされてしまった。

「ぐあっ!」

 背中から倒れ込んだマルコを無視し、兵隊級は再びラーナに向き直る。完全に彼女を標的に定めたようだ。

「このっ」

 矢が外殻に弾かれた。距離をとって弓矢を構えているのは、布地の上に革製の防具を身に着けた身軽そうな少女だ。

「このっ、あっちいってよ!」

 少女は何度も矢を放ち、その半分ほどは兵隊級に命中したがダメージを与えた様子はない。

「シルヴィ、こっちの援護はいいから合図を撃て!」

「わ、わかったわ!」

 シルヴィは慌てて火矢を準備し始める。

 マルコはその間に起き上がり、ラーナの手を引いて走り出した。

「ラーナ、お前が狙われてる。このままあの二人の所まで走れ」

「でもすぐに追いつかれるわよっ」

「オレが足止めするからお前はとにかく走れ! あいつを二人の所へ連れていく事がオレ達の仕事だ!」

「わかったわよ。走ればいいんでしょっ」

 言い合いながら兵隊級から逃げる二人は、空に上がる光の矢を見た。

「シルヴィか」

「これであの二人が来てくれるわ!」

「ーーまずい!」

 視界の隅に黒い影を捉えたマルコはラーナを突き飛ばした。すぐに空いた手も使い両手で大盾を構える。直後、全身に衝撃が響いて体がズレた。

「なんて重い攻撃、だ!」

 マルコの顔が、盾が歪む。それでも受け止めることには成功した。見てみると今のは兵隊級が振り下ろしてきた足、たった一本だ。それでもあの巨体なら十分すぎる破壊力がある。

「このぉ!」

 マルコが剣を横に払うも足を切り裂くことができない。刃が外殻に防がれてしまう。

「マルコッ」

 シルヴィが援護の矢を放つが、命中しても全て弾かれてしまい効果がない。焦って狙いが雑になったか、放った内の一本が逸れてマルコの直近をかすめてしまった。

「シシシルヴィイ」

「ごめんなさいっ」

 マルコの顔が青くなるのも当然だ。味方が近い時ほど慎重に狙わなければいけない。シルヴィは頬を叩いて集中する。

「もう何やってるのよ私、ちゃんとしなきゃ」

 シルヴィは気を取り直して狙いを絞るが、そこで手が止まった。

「あれはーー」

 目の良さに自信がある彼女は、それを見た直後叫んでいた。

「マルコ離れてーー!」

「ーーっ?」

 マルコは反射的に後ろに跳んで距離をとった。

 ーーその直後だった。

 大気を吹き飛ばす程の轟音と共に、一筋の光が後方から飛来した。それはラーナの横を、マルコの横を通り過ぎ、一直線に兵隊級に命中。直後に、雷でも落ちたかのような振動が三人の鼓膜を揺らした。

「きゃっ!」

「いったっ」

「く、あれは?」

 マルコが見ると、兵隊級の胴に一本の槍が突き刺さっていた。その刃は淡い光を放っている。

「来て、くれたんだ!」

 マルコは仕事をやり遂げたことを確信する。その視線の先には、二人の男が立っていた。



「どうだガーリック?」

「誰に聞いてんだよ。もちろんクリーンヒットだ。お前がエンチャントをかけた槍なら外来種の甲羅だろうがぶち抜けるってことが証明できたな」

 ガーリックが得意気に語り、カケルも頷く。二人の合わせ技による先制は成功した。しかし槍が刺さった兵隊級は、まだ息絶えてはいない。

「もう一本いくか?」

 カケルが尋ねた。ガーリックは今回珍しく予備の槍を持ってきている。だが彼はやんわりと首を振った。

「いや、無駄打ちはやめておくぜ。あれで死なないなら何本投げても同じことだ。そうですなラグーン様?」

 私も同感だ。今日のガーリックはいつになく冷静な判断ができているように思う。

「そうだな。いかにお前の槍でも、ここからでは奴の急所には届かないだろう。やはり腹部を直接狙うのが早い」

「ほらな。ラグーン様もこうおっしゃってるし、カケルも魔法の無駄打ちはやめておけよ。お前の魔法があれをぶっ殺す切り札なんだからな」

 私とガーリックにカケルが頷いた。

「わかった。ならマルコ達の加勢に急ごう」

「だな。あいつらヒヨッコ共には荷が重いだろうよ。先輩の偉大さを見せてやろうぜ」

「ああ。ーー行くぞ!」

 カケルの声を合図に、二人は兵隊級に向かって走り出した。



 戦場に到着したガーリックが仕掛ける。

「おおらぁ!」

 ガーリックが飛びかかり繰り出した槍撃が低い音を立てて兵隊級に命中する。技術ではなく、単純な力による突きは打撃となって巨体を揺らす。

 兵隊級が反撃するも、その足が振り下ろされるよりも先にガーリックはその場から離脱する。恵まれた肢体による力任せの攻撃と俊敏な動きによる一撃離脱。その持ち味を存分に活かして兵隊級を翻弄する。

 その間に兵隊級へ近づく影がある。

「魔装強化、エンチャント」

 魔力を帯びた剣を握り締め、カケルが兵隊級の懐へ飛び込む。

「だああああ!」

 ガーリックに気をとられていた兵隊級の隙を突いて、その体の下部に剣を突き刺した。瞬間、兵隊級の体がビクンと震える。

「やったか?」

(下だカケル!)

「ーーっ!」

 腹の下から伸びる管がカケルの足元を襲う。ギリギリでかわし、その勢いのまま体を回転させて剣を引き抜きその場を離れる。一連の動作に無駄が無いのは実戦を多くこなした戦士ゆえか。

「ーー浅いか」

 カケルは顔にかかった体液を拭って兵隊級を見据えた。魔力で強化された切っ先は外殻を貫きはしたが、致命傷には程遠い。

「カケルさん!」

 寄ってきたのはマルコだ。新米のハンターと結成したばかりのパーティを率いるリーダー格で、体がすっぽり隠れる程の大きな盾を使う。その自慢の盾が所々傷ついていることから、これまでの激闘がわかるというものだ。

「マルコ、よくやってくれた。後はオレ達に任せてサポートに回ってくれ」

「わかりました!」

「頼んだぞ」

 そう言うと、カケルは再び兵隊級に向かっていった。



 その背中は、彼にとって憧れだった。

 若くしてトップクラスのハンターになり、クラウス最強と呼ばれるガイウスからも一目置かれる存在。竜の魂の担い手に選ばれ、八竜の筆頭とされる魔法剣士。

 今も未知の魔物とたった二人で戦い、押し込んでいる。

「すごいものね」

 散っていた仲間二人も集まってきた。

「援護する機会すら、見つけられないわ」

 射手の少女の言うとおりだ。二人の戦いには入り込む余地がない。

 ガーリックは我流の槍術で本能のままに戦っている。それが強力な戦力として成立している理由は彼の高い身体能力と勘の良さだろう。敵も味方も動きの予測が困難な彼と連携できるのは、カケルしかいない。

 カケルは自由に動くガーリックの攻撃後の隙をうまくフォローし、彼の攻撃が生んだチャンスを生かす立ち回りをしている。それが出来るのは長く共に戦ってきた経験か。それとも彼の生来の適応力ゆえか。

「これが、八竜の戦い……」

 彼は固唾を飲んで、その戦いを見守る。その胸中にあるのは憧れと、己の力不足に感じる不甲斐なさだ。それでもーー

「二人とも呼吸を整えておけ。いつでも援護できるよう準備しておくんだ」

ーー力不足でも、自分達もハンターだという矜持はある。

「オレ達にだって、できることはあるはずだ」

 彼は傷だらけの盾を強く握りしめた。



 何度目かの攻撃の後、カケルとガーリックは兵隊級と一旦距離をとった。

 カケルは乱れる呼吸を整えて、戦況を分析する。魔法剣は確実に兵隊級にダメージを与えているが、決定打にはなっていない。

 それでも、このままダメージを与え続ければ時間はかかっても奴を倒すことはできるだろうが……。

「ハァ、ハァ。カケル、どうだ?」

 ガーリックも肩で息をしている。当然だろう。正面から兵隊級の攻撃を受け止め、いなす役の多くを彼が受け持っているのだから。

 これ以上時間をかけては兵隊級を倒すよりも先にガーリックの体力が尽きるだろう。そうなればバランスが崩れて戦線が崩壊する。

「今のままではダメだ。武器が急所に届いていない。何とか奴の腹を露出できれば……」

「……いい考えがあるぜ。カケル、ちっとばかしあいつの注意を引いてくれ」

「何をするつもりだ?」

「いいからいいから。オレ達に任せろよ。マルコ!」

「はいっ!」

 ガーリックはマルコを呼んで、作戦を伝えた。聞いた瞬間マルコの顔が引きつったのを私もカケルも見逃さない。自分達はともかく、付き合わされるマルコが不憫だった。



 カケルが前に出る。エンチャントを施した盾で兵隊級の攻撃をさばくことに専念する。

 兵隊級は六本の足の内どれか二本を使い攻撃してくる。更に不意を突く形で腹から管を伸ばしてこちらを貫こうとしてくる。

 これまでの攻防からそれを見切ったカケルは盾で足の攻撃をさばき、剣で管による奇襲に備えることで兵隊級の攻撃を完封する。その立ち回りは見事だが、動きの全てを防御に回した結果でもある。攻撃は、あの男が動いた後だ。

 ガーリックが動いた。高い瞬発力で一気に兵隊級との距離を詰め、その側面から、兵隊級の腹部下の地面に向かって槍を突き刺した。

「おぉおおおらぁああ!」

 槍の穂先は地面に突き刺したまま、柄だけを持ち上げる。テコの原理で兵隊級の巨体が柄に押されて傾き、持ち上げられていく。

「今だマルコォオ!」

 血管が浮き出る程に限界まで筋力を使いながらガーリックが呼ぶ。その声に従い大盾の男は突撃し、その盾を兵隊級の腹部に押し付けてガーリックと一緒に押し込んでいく。何という力技か。もう少しで兵隊級がひっくり返るーーそう思った瞬間だった。

「ーーがっ?」

 鮮血が飛び散り、ガーリックの体から力が抜ける。見ると兵隊級の足の一本が振り下ろされ、彼の背中に突き刺さっていた。

「ガーリックさん!」

 マルコの悲痛な呼びかけも虚しくガーリックは崩れ落ち、支える力を失った槍は折れ、兵隊級の傾いていた半身が地面に落ちる。

「うわぁっ!」

 その衝撃でガーリックとマルコは吹き飛ばされて地面に倒れ込んでしまった。

 マルコはすぐに起き上がるが、その手に盾はない。吹き飛ばされた際に兵隊級に潰されてしまったのだ。

「くそ、ガーリックさん?」

 見回すとガーリックがうつ伏せに倒れている。その背中からは大量に出血しており彼の衣服と周りの地面を赤く染めていっている。

 兵隊級が迫る。青ざめた顔のマルコは恐怖で体が震えて動けず、今や身を守る盾もない。あるのはーー

「おおおおおおおおおお!」

ーー駆けつける八竜のみ。

 カケルが突貫する。マルコに向かって振り下ろされた兵隊級の足を横から剣で薙ぎ払い、両者の間に割って入った。

「カケルさん!」

 マルコは無事だが、ガーリックはわからない。

「マルコ、ガーリックを安全な所へーー」

(カケル来るぞ!)

 二人に注意が向いた一瞬の隙をついて兵隊級の攻撃が来る。迫る足の一つを剣で払う。二つを盾で弾く。三つ目は二人に向かって伸びる管ーー

「危ない!」

ーーに飛びかかり斬り払う。間一髪間に合ったが、無理な体勢から跳んだせいで着地に失敗。受け身をとるも転がってしまった。

(カケル後ろだ!)

 私が呼ぶが間に合わない。うつぶせに倒れたカケルの背に兵隊級の足が振り下ろされた。直後に鮮血が飛び散り宙を舞った。

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