第11話 決戦(中編)
クラウス郊外の平野。ここからでもクラウス付近で上がった火柱が見えた。
「……むこうは派手にやっているようだな」
「そうすね。オレらも負けちゃいられないっす」
ガイウスとスクマは頷き合い、ようやく視認できる距離に現れた魔物に目を向ける。
遊撃隊として編成された二人に対してラグーンが命じた任務は、徘徊する外来種の捕捉。可能ならば撃破。ただし困難だと判断したら足止めに専念して援軍を待つというものだ。
昨夜のラグーンとのやりとりが思い出される。
「随分と慎重っすね」
「ーー不満か?」
「そりゃまぁ。オレだけならともかくガイウスさんもいるわけですし、二人で倒してこいって言ってくれてもいいと思うんすけど」
「……いや。ラグーン様のおっしゃることは理解できる」
「ガイウスさん?」
「オレ達二人は外来種に対して有効な攻撃手段を持っていない。つまりそういうことだろう」
「あ……」
「そうだ。この街唯一の魔法武器をダンカンが持つことになった以上、ガイウスの剣は外来種に対して決め手とはならないだろう。スクマの魔法は先日お前自身が試したとおりだ」
「わかりましたラグーン様。我々は我々の任務を全うしましょう」
「そういうことなら仕方ないっすね。無理は禁物っすから」
二人は遠巻きに魔物の観察を続ける。
「……どうだスクマ」
「間違いないっすね。外来種っす」
「ならばこのまま様子を見るぞ」
「了解っす。そういえばガイウスさんはどうして魔法武器を断ったんすか?」
「なんだ突然」
「いえ、今ガイウスさんが魔法武器を持ってれば、この場で戦っても勝てそうだと思っただけっす」
「そう簡単な話ではない。普段使い慣れない武器を持てば、いざという時に命取りになる。そう考えただけだ」
「なるほど。一理あるっすね」
二人はそのまましばらく兵隊級の観察を続けた。動きは遅く、進路も定まっていないのか何度も方向を変えている。
「……奴は手負いだな。動きが遅いのも頷ける」
「そうっすね。視覚とか触覚とかの感覚もやられているのかもしれないっす」
「体に何か刺さっているな。それが原因かもしれん。近づかなければ害は無さそうだ」
「じゃあこのまま様子見して、他が片付いてからみんなで一気にって感じっすか?」
「それが確実だな」
「了解っす。それにしてもあの頑丈な奴に一体何が刺さってーー」
何気なく兵隊級に刺さっているものを見た時、スクマの心臓が大きく鼓動した。
「あれは……」
見覚えがあるもの。それを認めた時浮かび上がる事実。受け止める準備が、まだできていない。
「どうしたスクマ。顔色が悪いぞ」
「……あれは、姐さんの矢っす」
「何だと。なぜわかる?」
「姐さんの矢は全部手作りで羽根の形に特徴があるっす。オレは近くで見ていたから間違いないっすよ」
「そうか。ミュウの矢か」
ガイウスもそれで悟っただろう。ミュウの矢を受けた兵隊級はまだ生きているのに対して、彼女はまだ戻らない。つまり、そういうことなのだと。
「……あの外殻を矢で突破し、文字通り一矢報いたか。見事だ」
それはガイウスなりの、彼女への手向けの言葉だった。
スクマは全身の震えを止められないでいる。悲しみ、悔恨、怒りといった感情がごちゃ混ぜになりうまく心身を制御できないでいる。
だからーー
「どうするスクマ」
ガイウスの問いかけの意味をスクマは最初図りかねた。
「なにが、っすか」
「アレをここで仕留めるかと聞いているのだ」
ガイウスには珍しく語気が荒い。そこに彼の怒りと決意が込められている。
「……やるっすよ! オレらで姐さんの仇をとるっす!」
ーー怒りにその身を委ねることに決めた。
兵隊級に近づく人影が一つ。ガイウスだ。右手に大剣を握り締め、口元が隠れるように首に巻いたマフラーが風に踊るのに任せながら、その存在を誇示するようにゆっくりと近づいていく。
奇襲をかければ一撃入れることはできただろう。今の手負いの奴ならば、あるいはそれで仕留められたかもしれない。しかし今は結果よりも過程が大事だ。ガイウスはそう考えていた。
そもそも兵隊級を倒すことのみを目的とするならば今挑む必要はない。それにも関わらず戦端を開くのは彼のためだ。今ここで彼が奴を仕留めることが、彼の今後にとって重要なことなのだ。ガイウスはそう確信している。
ゆえにガイウスは今自分が為すべきことをハッキリと定め、遂行する。
「ようやくこちらに気づいたか」
兵隊級がガイウスの方に向き直った。腹部から伸びた管を彼に向けている。最大の武器を誇示する姿は魔物の威嚇行動に似ている。
「戦いを避けようとしている。つまり、それだけ追い詰められているということか」
ガイウスの歩みは止まらない。一歩一歩確実に兵隊級に迫っていく。
兵隊級も避けられない戦いと認識したか。管をガイウスに向けて一直線に伸ばしてきた。
「ふん!」
縦一文字に一閃。大剣が描いた軌道に合わせて管が切断され、地面に落ちた。
「間合いも何もないな。所詮は獣の類か」
ガイウスが大剣を下ろして肩に置いた。兵隊級が切断面から噴き出る体液を撒き散らして悶え苦しんでいる。その姿を眺める彼の目には、何の慈悲も感じられない。
「抵抗はもう終わりか?」
ガイウスの言葉を理解できてはいないだろう。それでも生存本能が逃げるより戦うことを選んだか。兵隊級が残された力で走り迫ってきた。
しかしガイウスの目は、その手負いゆえのぎこちない動作を見逃さない。
「遅いな」
兵隊級の突進をかわしざま、その足一本を関節部から切り分かつ。バランスを崩して倒れ込んだ隙にもう一本。足を二本奪われた兵隊級が立つ力を失ってその場に沈黙する。
「スクマ!」
ガイウスの声の先には、離れた場所で魔力を集中しているスクマの姿がある。
「こちらの仕事は終わった。後は好きにしろ」
そう言ってガイウスが離れるのを確認してから、スクマは頷いた。
「姐さん、見ててください……!」
振り絞るは全魔力。後のことなど考えない。
込めるものは怒り。それ以外は必要ない。
狙うは彼女が残した傷痕。彼女がやり残した仕事を絶対に完遂する。
「電光収束……ライトニングアロー!」
魔法発動の刹那、視界が光に塗りつぶされた。
スクマの指先から放たれたのは光の矢。それはただの矢ではない。ただ一つの魔法に八竜の魔導士スクマが全魔力を込めた、最初にして最後の、そして最強の一撃。
光の矢は、兵隊級の外殻が損傷しているーー彼女の矢が刺さっているーー箇所に正確に突き刺さり、貫通し、なお着弾した地面を穿った。
ガイウスはもう振り返らない。ただスクマの元に歩み寄り、力を使い果たした彼に手を差し伸べる。
「見事な魔法だ」
ガイウスの手をとり起き上がったスクマは照れ笑いした。
「あ、ははは。ガイウスさんもお見事っす。さすがはクラウス最強の剣士っすね」
「いや、オレは何もしていない。これはお前達が勝ち取った勝利だ」
お前達。その言葉の意味するところを理解した時、スクマの目に涙が滲む。
「うおおおおおおお!」
スクマが勝鬨の声を上げる。天に向かって、どこまでも高く。そこにいる彼女に届くように。
ラグーンの洞窟がある森。その周辺をハンター達が巡回し警戒に当たっている。
カケルとガーリックは発見報告があり次第いつでも迎撃できるよう、静かにその時を待っている。二人とも、彼女を失った悲しみをひとまずは乗り越え、目の前のことに集中できているように見える。
だから思い出させたくはなかった。だが戦いが始まってしまえば伝えることは難しいだろう。
(カケルよ)
今、伝えておく必要がある。
(お前に話しておこう。私の特性について。そして、託されたものについてだ)
それはきっと彼の力になるはずだから。
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