第10話 決戦(前編)
翌日、陽が昇り始める前に行動を開始した。みんな昨夜決めたとおりの配置につく。
偵察に出ていたハンターからの情報によれば三体の兵隊級はバラバラに行動しており、そのうち二体は洞窟とクラウスに向かって動いている。ただ残りの一体はどうも行き先がハッキリしないそうだ。
そのため数に勝る私達は戦力を三つに分けて対応することにした。洞窟がある森とクラウスにそれぞれ部隊を配置し、動向が不明の個体に対しては少数の遊撃隊を編成して迎撃に当たる。
位置的に、おそらく最初に接敵するのはーー
クラウス前の平野に完全武装した警備隊の面々が立ち並ぶ。壮観なその隊列の中心には、全身を鎧で包んだ強面の武人とローブをまとった飄々とした魔導士が陣取っている。クラウス警備隊を率いる二人だ。
「奴はまだか」
「ダンカン殿せっかちはいけませんな。今オスカー率いる先遣隊が目標をここまで誘導しております」
「ふん、どうも待つのは性に合わん」
「元気が有り余っているなら、その新しい得物で素振りでもされてはいかがですかな? 昨夜手に入れたばかりではまだ馴染んでおらぬでしょう」
ダンカンが腰に下げている斧は昨夜調達したばかりの魔法武器だ。クラウス中を探したが結局この一本しか見つからなかった。
「いらぬ心配だ。お前の方こそ準備はできているのだろうな?」
「それはもちろん。仕掛けは終わっております。さぞや盛大な花火が見られることでしょうとも」
楽しそうに笑うマハトマを見たダンカンは元々厳しい顔つきを一層厳しくした。
「ふん、そういえばお前のアレには昔散々手を焼かされたな」
「ははは、あの頃のことを持ち出されますと私も返す言葉がございませんな」
マハトマはばつが悪そうな顔で頭をかいてから、遠い目をして昔を懐かしむ。
「あの時は思いもしませんでしたぞ。私のような男が街を守るため貴方と肩を並べて戦うとは」
十数年前、魔導士としてハンターを目指していたマハトマは、自身の魔法適正が魔物討伐向きではないことを理由にその夢を諦めた。
その後彼は雇われ魔導士として各地を転々としていく。ハンターに個人的に雇われることもあったが、盗賊のような非合法集団に雇われる方が多かった。理由は簡単。彼らの方がマハトマの魔法に需要があり報酬も多かったからだ。
最初は食うためにイヤイヤながら盗賊に雇われていた彼だが、次第に慣れていき、思考や態度も悪党のそれに近くなっていた。
それはいつものように盗賊の一味に雇われ、アジトの防衛に当たっていた時のことだ。盗賊達は奪ってきた食料や金品を廃屋を利用したアジトに運び込んで、中で仕事の後の酒盛りをしていた。
マハトマの仕事は盗賊を討伐しようとアジトに近づく連中の撃退だ。彼の魔法はその方面に向いていて、事実何度も撃退に成功している。その日やってきた者達も難なく撃退する……はずだった。
その日討伐に来た集団は、これまでの連中とは練度がまるで違った。特にリーダーの男はマハトマの魔法をものともせず進んでくる。仕掛けに引っかからない慎重さと強引に押し通る力強さを兼ね備えた男の前にアジトは陥落し、盗賊達は一網打尽にされてしまった。
マハトマはここで自分は終わりと隅で震えているところを見つかり連行された。ゴロツキといっていい身なりの連中の中にあって、まだ一応魔導士らしい風体を保っていた彼が目に止まったのだろう。リーダーの男はマハトマには弁解の機会を与えた。
マハトマはアジトの防衛は請け負っても盗賊行為自体に関わったことはなかったため、他の盗賊よりも軽い処分で済んだ。その時だ。リーダーの男に引き抜かれたのは。
「お前の魔法は町を守るのに最適だ。オレに生涯雇われろ。それで今回のことは帳消しにしてやる」
半ば脅迫に近い勧誘でマハトマに選択肢はなかったが、彼はこれを受けたことを人生一番の英断だと思っている。なぜならばーー
「私のようなチンピラが真っ当な仕事にありつけ、あまつさえ生涯仕えるに足る人物の役に立てるのです。これ以上の幸せがありましょうか」
ーー彼は今の仕事を誇りとしているからだ。
「ーートマ、マハトマ聞いているのか」
ダンカンの声でマハトマは我に返った。どうやら昔を思い出してしまったようだ。
「ええ、ええ聞こえております」
「ならばいい。そろそろ奴が来るぞ」
二人の視線の先に、砂煙の中で戦う人影と共に一際大きい黒い影が現れた。
「おお、あれが外来種……」
それはまるで黒い鎧をまとった魔物だった。マハトマの第一印象は殺すために生きる魔性のもの。自然界に生きるものというよりは魔法や儀式で異界より召喚された悪魔に見えた。
「ふん、図体は中型種程度といったところか」
「いけませんな。先遣隊が苦戦しております」
マハトマの言うとおりだ。あれは誘い出すことに成功したというよりは、蹴散らされて逃げてきたと言った方が正しい。
「まずいな。マハトマ、援護してやれ」
「了解です。魔法部隊、前へ!」
マハトマが合図すると彼に従う警備隊所属の魔導士達が前に出て魔力を集中し始めた。
「よいかお前達、目標に熱魔法は効果がない。必ずそれ以外の魔法を使用せよ」
「オスカー、隊の全員を射線上から離れさせろ!」
「了解です!」
ダンカンの指示を聞いたオスカーが指示を飛ばし、先遣隊の面々が慌てて左右に散っていく。
「うてぇぇい!」
マハトマの声を合図に魔導士達が一斉に魔法を放つ。それぞれ得意とする攻撃魔法が一直線に兵隊級に飛んでいき全て直撃、断続する爆発音と光が戦場に乱れ飛んだ。
光と音が止み、砂煙が晴れていく。
先遣隊は離脱に成功し、負傷した者は後方の救護班の元に下がった。
ダンカン達は煙の中から現れる兵隊級の動向を注視する。
「……多少は効いているか」
ダンカンの言葉どおり、現れた兵隊級は動きが鈍っている。
「このまま魔法で攻めるのもありですかな」
マハトマの言にダンカンは首を横に振った。
「いや、決定打にはなるまい。当初の予定どおり弱点を突くのが確実だ」
ダンカンが前に出る。兵隊級に向かって一人歩いていく。
「マハトマ、タイミングは任せる。派手に転がせ」
「仰せのままに」
仰々しく頭を下げたマハトマは、遠ざかるダンカンの背の向こうに見える兵隊級に狙いを定めて魔力を集中し始めた。
「設置点まで、あと少し……」
兵隊級がダンカンに向かって移動を始めた。両者の距離が狭まっていくーー
「今だ!」
ーー瞬間、マハトマは魔力を解放した。
空気が帯電することが唯一の予兆。そこに足を踏み入れたと気づいた時にはもう遅い。兵隊級の足元で次々と爆発が起こった。
これがマハトマの得意とする対界魔法。あらかじめ決めた地点をいつでも起爆できる爆廊結界だ。討伐よりも迎撃にこそ真価を発揮し、結界内に誘いこめれば爆発の嵐を叩き込める。
足元で起こった爆発で兵隊級がバランスを崩し、その場で転がって裏返る。弱点とされる腹部が露わになった時、ダンカンが得物を構えた。
刃から漏れ出るものは刻まれた魔力。金属に特殊な製法で魔力を流し込むことで通常よりもはるかに高い攻撃力を実現させた魔法武器だ。製法自体が人間種に伝わっておらず他種族との交易でしか手に入らない希少品である。
「どりゃあああ!」
飛びかかると同時に振り下ろされた斧が唸りを上げる。魔力がこもった刃は兵隊級の腹部に深々とめり込んだ。
「むっ?」
ダンカンは危険を感じて身をよじった。その直後に、腹部が割れて中から長い管が伸びてくる。
「これかーー」
自身を狙った管をかわしてやり過ごし、斧で切断する。切り裂かれた管が地に落ちたのを見届け、ダンカンは再び腹部に目をやった。
「手こずらせおって。これでトドメだ!」
勢いよく振り下ろされた斧が外殻を破壊し腹部を裂いた。大量に噴き出した体液がダンカンに降り注ぐ。致命打となったか、兵隊級の四肢が震え始めた。
それを見たマハトマ達が歓喜の声をあげた。
「やった、やりましたぞ!」
「さすが隊長だ!」
「……?」
警備隊の一人が異常に気づいた。
噴き出した体液を浴びたダンカンは視界を奪われ両目をこすっている。その彼に向かって、兵隊級の足が一本、振り下ろされた。
「隊長ーー」
仲間の声に反応したダンカンが咄嗟に頭を守る。庇った腕に兵隊級の足が突き刺さる。
「ぐぅ!」
ダンカンが苦悶の声を漏らす。手に持っていた斧を落としてしまった。
「ダンカン殿!」
名を呼ぶマハトマの声が震える。
怯んだダンカンを足で腹から叩き落とした兵隊級が器用に起き上がる。腹部から大量の体液が流れているが、まだ動く。その目は怒りに満ちているように見える。
ダンカンはようやく体液を拭って、その視界に兵隊級を捉えた。右手の籠手を貫いた傷は深くないものの、得物は兵隊級の腹の下あたりに転がっていて回収できそうにない。
兵隊級が丸腰のダンカンに襲いかかった。
「舐めるなたわけがぁ!」
振り下ろしてきた足を横から弾き、つかみ、ねじって組み伏せる。瞬く間に横転させた兵隊級の腹部を素手で殴りつける。強靭な肉体こそ最強の武器と言わんばかりに、ダンカンは中型種ほどもある魔物と肉弾戦を繰り広げた。
それを遠巻きに見つめる警備隊、特にマハトマは援護の機会を窺う。
「いかん、あれだけ近いとトラップを起爆させてもダンカン殿を巻き込んでしまう。お前達、何とか魔法で援護はできんか?」
「無理です、隊長に当たってしまいます!」
「ならば待機中のキトラの第二部隊を救援にーー」
「副隊長、いくらキトラさん達でもあの戦いに割って入れるとはとても……」
隊員の言葉はもっともだった。ダンカンと兵隊級の戦いは激しく、他者が入っていける隙間を感じない。むしろダンカンの邪魔になるかもしれない。
「むうう、ならば他に手は……」
マハトマは思案を巡らせる。何とかダンカンと引き離すことができればと方法を模索する。
「ああ副隊長、隊長が!」
隊員の声でマハトマが思考を中断して前を見る。そこではダンカンが兵隊級に組み伏せられて倒されてしまっていた。
「いかん、者共なんとしてもダンカン殿をお救いするのだ!」
マハトマが手勢を引き連れ救援に向かおうとした時ーー
「来るな!」
ーーダンカンの怒声がそれを止めた。
「ダンカン殿、何をーー」
「マハトマ、トラップを起動しろ! それで終わる!」
確かに今倒れ込んでいる場所は起爆設置点の一つだ。兵隊級は腹にダメージを負っている。そこを狙って起爆させれば倒せる可能性は高い。
しかしーー
「バカをおっしゃいますな! それではダンカン殿も巻き込まれますぞ!」
ーーマハトマにそんなことができようはずもない。
「オレの足は、潰されて、もう感覚がないっ!」
それを聞いた瞬間、マハトマの背筋に寒気が走った。
それはきっとーー
「オレを仕留めようと、動きを止めている今が、チャンスなのだ!」
ーー逃れられない選択の時を感じたから。
「副隊長、今からでも救出に!」
隊員の声に意識が傾く。「そうだ、今ならまだ間に合う」という可能性にすがりたくなる。
「マハトマ、貴様はオレをーー」
ダンカンの声が途中で途切れた。それでもマハトマにはその続きが聞こえている。
「……総員下がるがいい」
マハトマは前に出て魔力を集中し始めた。
「副隊長、そんな」
「隊長を見捨てるのですか?」
「だまらっしゃい!」
滅多に聞くことはないマハトマの怒鳴り声。それを言い放った本人の唇は、強く噛み締めるあまり血が流れていた。
「ダンカン殿の御意思である。あの方の最期を辱めるような真似はやめよ」
少し冷静になって見てみればすぐにわかる。倒れたダンカンから流れる血の量の多さ。もう救う云々の段階は過ぎているのだ。
マハトマの言葉で冷静さを取り戻したのだろう。隊員達からはすすり泣く声が聞こえ始めた。
「ダンカン殿、我が全身全霊をかけて派手にいきますぞ」
マハトマが魔力を解放した直後、兵隊級とダンカンの足元が光り、轟音ともに炸裂して火柱を上げた。兵隊級は吹き飛び、その活動を停止する。
そしてーー
「ダンカン殿、お許しください……」
マハトマがその場で崩れ落ちる。
ーー警備隊長もまた、隊員達に見送られこの世を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます