第13話 継承

 背中が熱い。熱と共に大事なものが失われている感覚。とても気持ち悪い。

 これはまずい。今動けば命取りだとわかる。このままおとなしくしているしかない。

 そうすれば、いつものように彼女がーー

「ジッとしていろ」

ーーほら、温かな光が見える。彼女の癒やしだ。

「ったく、遅いじゃねぇか」

 いつもの悪態をつく。彼女がどう答えるかもわかっている。彼女ならーー

「しゃべるな。このまま動かなければ命は助かる。いいな、ジッとしているんだぞ」

ーー彼女なら、こうは答えない。

 この生真面目な受け答えはあいつだ。優等生を演じているあいつ。責任やら何やらでいつの間にかがんじがらめにされて心が身動きとれなくなったあいつだ。

 いつかそういった事から解放して、自由にしてやろうと彼女と話していたのにーー

「じゃあな、ガーリック」

ーー彼女にも、あいつにも置いていかれるのだと思うと、涙が出た。



 ガーリックの処置は終えた。次はーー

(カケル、早くお前も)

(わかって、います)

ーーカケルは残された魔力を集中する。

「ヒール・エンチャント」

 鎧に回復魔力を付与することで持続回復効果を与える。今だからこそ使える手だ。

「ハァッ、ハァッ、ふう……」

 息が整い始めた。回復効果が出始めたようだ。

(カケル、わかっていると思うが限界は近いぞ)

(わかっています。魔力も残り少ない。早めに決着をつけます)

(魔力もそうだがーー)

「行きます!」

 カケルが最前線へ戻る。彼自身もわかっているだろう。ならば私も見届けよう。

 これが最後の戦いだ。



 マルコ達は三人で兵隊級を囲む。ダメージがあるのだろう。最初と比べるとかなり動きが鈍くなっている。

 ガーリックの作戦が失敗した時、シルヴィ達が必死で兵隊級の注意を引いてくれたおかげでマルコは体勢を立て直し、盾を拾うことができた。かなり破損しているが、まだ盾として役立たせることはできる。

「待たせた!」

 前線に戻ったカケルがマルコに並んだ。

「ガーリックさんは大丈夫でしたか?」

「重傷だが、命は助かるだろう。こちらの状況はどうだ?」

「あまり動きませんね。ダメージが大きいんでしょう」

「あいつは今ここで倒すぞ。オレが攻めるからお前達は援護を頼む」

「もちろんです。行くぞラーナ、シルヴィ!」

「わかってるわよ!」

「了解っ」

 兵隊級に向かっていくカケル。その背中を追うマルコ。距離をとったところで臨戦体勢に入るラーナとシルヴィ。彼らの勝利への想いは声となり熱となり、この戦場を満たす。

 それはきっと、彼にも伝わっていることだろう。



「うおおお!」

 カケルが正面から突撃する。兵隊級はその場から動かず、足を振りおろし、あるいは薙ぎ払い迎撃してくる。カケルはその全てをかわし、いなし、魔法剣を突き立てる。そのたび飛び散る体液が損耗する敵の命を物語る。

 カケルは狙っている。最大の一撃を叩き込む機会を。しかしそれを使えばカケルの魔力はゼロになる。だから使う時は必殺のタイミングで一撃で仕留めなければいけない。その隙を作るためには兵隊級をもっと弱らせる必要がある。

 だから彼は剣を振るい、敵の命を削り続ける。

「このぉ!」

 マルコも遅れをとるまいと前に出る。一つでも多くの攻撃と注意を引きつけることでカケルを援護する。

 シルヴィが一本一本丁寧に矢を射る。矢が有効と思われるのは外殻に守られていない関節と目だが、常に動く的を正確に射貫くことは彼女の技量では難しい。そんな離れ業を軽々と披露したという八竜の話を聞くと、技量差を感じずにはいられない。

 それでもーー

「一本でも当たってくれれば」

ーー必ず彼らの助けになるはず。そう信じて彼女は狙いを定め、残り少ない矢を射続ける。

 ラーナもシルヴィと同じく、兵隊級に対して有効な攻撃を持たない。だから彼女は攻撃以外のことに専念する。

「こっちを向きなさい!」

 炎の魔法を撃つと兵隊級の管がそちらに吸い寄せられるように動く。好物の熱を感知すると反射的に反応してしまうのだろう。その瞬間だけは管による攻撃が二人に向かない。これが今の彼女にできる精一杯の援護だ。

「っ!」

 ラーナが唇を噛む。彼女にとって魔導士とは魔法で敵を屠る者。しかし現実は注意を引くのが精一杯。その厳しい現実を受け入れ、今できることに専念するも、屈辱と不甲斐なさが消えるわけではない。

 もっと強くなる。その決意を胸にラーナは魔力が続く限り魔法を撃ち続ける。

 四人の猛攻を受ける兵隊級は確実に弱っている。このまま時間をかければ倒せる。

 その戦いの最中、マルコは見た。彼が追い続ける背中を。八竜の筆頭たる魔法剣士。その憧れの背中を。

「あなたは、もうーー」

 マルコの視界が滲む。これ以上時間はかけられないと、盾を構えて前に出る。

「ーーうおぉおおおお!」

 マルコは盾の下部を兵隊級の足元の地面にねじ込み、そのまま盾を持ち上げにかかった。ガーリックを真似てテコの原理で兵隊級をひっくり返そうというのだ。

「マルコ無茶するな!」

 カケルの声も届いていない。それほど必死の形相でマルコは兵隊級をひっくり返そうと盾に力を込める。しかし気合だけで不可能が可能になることはない。兵隊級の体は傾きはしたが、もう一手足りない。兵隊級が足を振り上げマルコを狙う。

 ーーその時、飛来するものがあった。



 男は立ち上がった。

 ーー動けば命は無いというのに。

 男は折れた槍を拾う。

 ーーもう突き立てる刃はないというのに。

 目標を見定め、手にとった槍を後ろに引く。流れるような所作は、体が覚えている証だ。

 ーーもう意識もないというのに。

 全身に力を込める。足から腰、肩から腕へ力を連動させていく。

 ーー背中から流れるのは血か命か。

 彼は笑う。見据える先には友と、彼女の姿。

 ーーもう何も見えていないというのに。

「しゃおらああああああ!」

 声を上げるは魂か。体を動かすのは命そのものか。それは男が放った最期の一投だった。



 飛来した棒様の物が兵隊級に直撃した。その威力に押されて兵隊級がひっくり返る。

「ーーよくやったぞ!」

 カケルが飛び込んだ。千載一遇のこのチャンス、逃せば誰に顔向けできようか。

「だあああ!」

 カケルが兵隊級の上に飛び乗り、その腹部に剣を突き立てた。体液が噴き出しカケルの全身を濡らしていく。

(今だカケル!)

「エンチャント・バースト!」

 剣に付与された魔力が膨張し、剣先から放射された。魔力は光の剣となって兵隊級を貫通する。これこそが全魔力を剣を通して放つカケルの奥の手。急所を完膚なきまでに抉られた兵隊級は、遂にその活動を停止した。



 戦いは終わった。しかし勝利の喜びに浮かれる者は誰もいない。

 シルヴィとラーナはガーリックの元へ駆け寄った。すぐにシルヴィは泣き崩れ、ラーナは表情を曇らせてマルコに向かって首を横に振った。

 それを見たマルコは、木の幹に背を預けて座るカケルに顔を寄せた。

「カケルさん、聴こえていますか?」

「……ああ」

 頷いたカケルだが、その目は虚ろだ。本当に聞こえているか怪しい。

 魔力を使い切ったことで、延命処置だったエンチャントの効果も失われた。その背から流れる血の量を見れば、意識が遠のくのも無理はない。

「ガーリックは?」

「……亡くなりました」

 マルコの返事を聞いたカケルはマルコの目を見返した後、俯いた。

「……そうか。先に逝かれてしまったな」

「カケルさん、早く手当てを」

 マルコが差し出す手をカケルはそっと断った。

「それよりも、悪いがお前に呼んできてほしい人がいる」

 マルコは驚いた。いつもならばそんなことを聞いている場合じゃないと思っただろう。しかし今は、今だからこそ、マルコはカケルの願いを聞かねばならないと思った。

「……わかりました。誰を呼んできますか?」

「それはーー」

 マルコは震える体を抑えて、小さくなりつつあるカケルの声に耳を傾ける。

 それは、一つの儀式の始まりだった。



 しばらく待っていると、マルコが一人の少年を連れてきた。ワタルだ。

「兄さん?」

 何も説明されずに連れて来られたのだろう。ワタルは、今自分が見ている光景が何なのか理解できていないようだ。

「マルコ、ありがとう。ワタル、近くに来てくれるか?」

 カケルが声をかけたが、ワタルは戸惑うばかりで兄に向かっての一歩を踏み出せない。その一歩が何を意味するか、本能的に感じ取っているのかもしれない。

「ワタル、私からも頼む。カケルの話を聞いてやってくれ」

 私の声が少しは後押しになっただろうか。ワタルは恐る恐る一歩を踏み出し、カケルの元へやってきた。

「ワタル。こんなところまで、すまないな」

「ううん兄さん、それはいいんだ。だけどこれは、どうしたの? どうしてそんなに血を流しているの?」

「オレは……ここまでのようだ。お前を残していくことを、許してほしい」

「何を言ってるの兄さん? ボク達はずっと一緒だよね? だってーー」

「ラグーン様、お願いが、あります」

「ーー兄さん! 嘘だと言ってよ兄さん!」

 ワタルが涙顔でカケルに抱きついた。残念だが、それでわかっただろう。彼の体の冷たさに。

「……ラグーン様?」

 カケルも気づけていない。目も見えていないのだろう。

「聞こえているぞ。何だカケル。何でも言うがいい」

「ワタルへ竜玉を移すことは可能ですか?」

「……可能だ。憑依先のワタルが拒絶しなければ問題はない」

「よかった。ではお願いします」

「兄さん?」

 状況を理解できていないワタルの頭をカケルは優しく撫でた。

「心配するな。これからはラグーン様がお前についてくださる」

「ラグーンが?」

 カケルが頷くと、ワタルは安心したのか気が緩んだ。今ならば障害はないだろう。私は憑依術式を開始した。


 魂の物質化を解く。

 カケルとのつながりが薄れていく中で、私の魂は彼の魂と最後の邂逅に臨む。

「ありがとうございました」

 礼を言うのは私の方だ。お前のおかげで私はもう一度仲間の温かさに触れることができた。

 お前達という素晴らしい仲間を得ることができた。

 これからも私達は共にある。それは変わらないだろう。

 カケル達は笑っていた。

 彼もまた一人ではない。だから安心だ。

 魂を再び物質化する。固着先の生命との接続を行う。ワタルの意識を感じ取っていく。

「誰か入ってくる。ラグーンなの?」

 ああそうだ。これから私達はニ心同体。いついかなる時でも、私はお前と共にあるだろう。


 成功だ。我が竜玉はワタルの胸元へと宿った。

 それを見届けたカケルはニッコリと微笑んだ。穏やかな笑顔だ。私も初めて見る安らいだ顔だった。

「ラグーン様、ワタルのことを、お願いします」

「承知した。我が名にかけて、ワタルは私が守ろう」

「ああ、安心しました。これで、オレもーー」

「兄さん! 待って兄さん!」

 ワタルがカケルの体をゆすっている。それは何度も見たことがある光景だ。それはいつまでも慣れることはなく、私の心を抉る。

「兄さーーん!」

 天まで届くかのようなワタルの声と共に、カケルは先に逝った仲間達の元へ旅立った。

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