第6話 異変(後編)

 ギルド内にある会議室に、カケルは呼ばれていた。今日はここでクラウスの警備を担当する代表者達の報告と意見交換が行われるそうだ。

 出席するのはギルドから二人、クラウス警備隊から二人。ギルド側の二人は既に席についている。カケルと、もう一人はガイウスというベテランのハンターだ。

 ガイウスはクラウスで活動しているハンターの中でも実績実力ともに一番の実力者らしい。左目のあたりに傷痕があり、口元をマフラーで隠していて表情を窺うことはできない。傍らに立てかけている大剣は人間が使うには大きすぎるように思えるが、ガーリックを上回る筋肉質な体つきの彼ならば自在に扱ってみせるのだろう。

「……カケル、お前は休んでいた方がよかったのではないか?」

「いえ大丈夫です、傷はミントの回復魔法のおかげで全快していますよ」

「傷はそうかもしれんが、精神の疲れは魔法では癒えまい」

 低く重く威圧感があり、宣戦布告でもしてきそうな物騒な声だが、話す内容はその真逆で、カケルの身を案じている。きっと彼は外見と声で誤解されて損をするタイプだろう。

「心配ありがとうございます。これが終わったらちゃんと休みますよ」

「そうするがいい」

 ガイウスはそう言うと目を扉の方に向けた。床を踏む音が聞こえる。どうやら到着したようだ。

 扉が開き、二人の男が入ってきた。

「すまない、待たせてしまったな」

 最初に入ってきた男はクラウスの警備隊長ダンカンだ。全身鎧をまとった巨漢で、険しい目つきと立派な顎髭が目につく。

「いや申し訳無い。行政部や経済部の方々との会議が長引いてしまったのですよ」

 続いて入ってきたのは警備隊副隊長を務めるマハトマだ。ローブをまとった線の細い男で、人が良さそうな、それでいて何か企んでいそうな笑みを常に浮かべている。一言で言うなら胡散臭い男だ。

 二人が席についたことで出席者が揃った。その全員が八竜である。

「カケル、今日もラグーン様はお休みか?」

「はい。用件があるならば呼びかけますが」

「いやそれには及ばぬ。起きていらっしゃるならご挨拶せねばと思っただけのことだ」

 ダンカンはそう言うと早速話を始めた。内容はクラウス周辺の魔物の出現状況と被害、討伐についての情報交換だった。

 警備隊はクラウスの街中の治安維持と近辺の魔物の掃討、クラウス自体の防衛を任務としている。それに対してギルドは独自の情報網とクラウス行政部の依頼により危険な魔物を手配して、ハンターはクラウスの外にいる魔物を掃討する。クラウス近くの魔物の掃討を協力して行うこともあるが、基本的に活動地域が異なるため接点は意外に少ない。なのでこうして定期的に情報交換を行っているそうだ。

「ふむ、ガイウス殿はさすがですな。お一人でよくこれだけの大物を仕留められるものです」

 ひととおりの話を終えた後、そう感嘆の声を発したのはマハトマだ。

「別に大したことではない」

「いやいやご謙遜を。さすがはクラウスでも最強のハンターと言われるだけはありますな。ラグーン様の加護もガイウス殿が授かるべきだったのではと考えてしまいますぞ」

 え。今更そんなことを言われても。私は今の生活もカケルも結構気に入ってるんだけど。

「オレはそれほどの器ではない。それに故郷に家族を残して稼ぎに来ている身だ。いつここを離れるかもわからん男よりも、生まれも育ちもクラウスの男の方が竜の相棒にはふさわしかろう」

「ははは冗談ですよ。ではガイウス殿はいずれクラウスを離れるおつもりなのですかな?」

「いずれはな。ある程度稼いだら戻るつもりだが、まだ先のことだろう。この街を放って勝手にいなくなったりはしない」

「ええ、ええ、そこは心配しておりませんよ」

 ガイウスの、慣れない者ならば萎縮してしまいそうな重い声を聞いて軽口を返すマハトマは、ある意味なかなかの大物なのかもしれない。

「カケルもよくやってくれたな。魔物の支配領域奥深くまで入るのは危険だっただろう」

 ダンカンの労いの言葉にカケルは頭を下げた。

「自分だけの力ではありません。ミントとガーリックのおかげです。それにミュウさんの正確な情報が無ければ、あれほど順調にはいかなかったでしょう」

「そうだな。警備隊でも偵察や哨戒は行っているが、あれほど敵中深くまで潜入して情報を持って帰ってこれる者はいない。そのあたりはこちらもミュウに頼っているのが現状だ」

「そのミュウは今日も任務に出ていると聞いたが、働きすぎではないか?」

「ガイウス殿のおっしゃることは我々も危惧しております。何か他の手段を講じられればいいのですが……」

 そう言いながらマハトマはカケルを意味ありげに一瞥した。私は何となくこの後の流れを想像できた。

 ダンカンはピンとこないのか、怪訝な目でマハトマを見ている。

「マハトマ、何が言いたいのだ?」

「ダンカン殿、私は思うのです。ラグーン様は洞窟に隠蔽の結界を張る等対界魔法に秀でているご様子。なれば協力をあおぎ広範な探知結界をもってクラウス防衛に一役買っていただければと」

 うーんこの予定していた流れのままに大げさに語る様はまるで演者である。

「待て、それは他種族との争いには干渉しないというラグーン様の意思に反するのではないか」

「ガイウス殿のおっしゃることは私も承知しておりますが、何も戦ってくれとお願いするわけではありません。ラグーン様とて宿主であるカケルや親しい者達が暮らすこのクラウスが失われるのは避けたいでしょう。ならば結界を張るくらいのことは了承いただけるのではと思います」

「ふむ……」

 ガイウスが考え込むように黙ってしまった。このマハトマという男、なかなか押しが強い。ここはハッキリと言ってあげた方がいいだろうな。

「カケル、今の意見お前はどう思う?」

「どうと言われても。ダンカンさんも同じ考えなのですか?」

「オレとしてはラグーン様がクラウスを守るためにお力を貸してくださるならば歓迎する。しかしそれはもちろんラグーン様のお心次第だ。加護を受ける者として、ラグーン様はこれを承諾してくださると思うか?」

「それは」

(待てカケル、私から話そう)

 そう一言断り、眠っているはずの私は表に出ることにした。

「話は聞いていた」

 私が声を出すと、三人はみな不意を突かれたようで一様に驚き、続いてその場で立ち上がり頭を下げた。

「ラグーン様、お久しぶりです。このたびは」

「構わない、みんな楽にしてくれればいい」

 ダンカンの言葉を遮り、私は続ける。

「先ほどのマハトマの提案だが、それを論じる必要はない。なぜならば、結界は既に張っているからだ」

「ほぅ」

「なんと」

 それぞれ感嘆の声を漏らす中、マハトマが笑顔で寄ってきた。

「それはそれは、さすがラグーン様でございます。では我々にご協力いただけるということですな」

「いや、この結界はーー」

 私はそこで声を止めた。

 悪寒が走った。

 肌がひりつく感覚に、心が身構える。

 この感覚を私は知っている。

 もう周囲の声は聞こえない。私の注意ははるか先に向く。

 懐かしい嫌悪感に吐き気がする。

 迫る危険に本能が警告を発する。

 もう時間がないーー

「ーー衝撃に備えろ!」

 そう声を発した直後、世界が揺れた。




 この世の終わりかと思った。

 突如天に赤い閃光が走り、世界そのものが震えるかのような凄まじい衝撃に倒れ込む。その次には大地が上下に激しく揺れた。

 初めて経験する天変地異がようやく収まったところで、ミュウは目を開けた。視界に映るのはまるで台風が通った後のように折れた木々や飛散した土砂と見事に潰れたテント、それに埋もれた相棒の魔導士だ。

「スクマ、生きてたら返事しな!」

「死ぬかと思ったすよ〜」

 間抜けな声にミュウは安堵する。体を起こして、邪魔な土砂をどかしていくと、足が手が胸が最後には呆然とした顔が見えてきた。

「姐さん助かりました」

 スクマがまだ焦点が合わない視線を泳がせながら上半身を起こした。頭でも打ったか、まだ本調子ではないようだ。

「あんたは少し休んでな」

 それだけ言うとミュウは無残な状態のキャンプ地から離れ、少しでも見晴らしの良い高台を探した。岩場を登り、瓦礫の山を駆け上がり、周辺の景色が一望できる場所まで来たところでーー

「何だいありゃ」

ーー絶句した。

つい先ほどまで小さな森があった場所に巨大なクレーターができている。この木々や土砂はあそこから吹き飛んできたものらしい。

 何かがあそこに落ちたのだ。

「一体何が……」

 最後まで呟く必要はなかった。

 ミュウは身震いした。それは本能が危険を知らせるサインか。

 クレーター付近を移動する魔物がいる。それは彼女が今まで見たことがない、異質な姿の魔物だった。




 嵐のような瞬間が過ぎ、そっと目を開けると腕の中には愛らしい少年の無事な姿があった。

「ワタル、大丈夫?」

「うん、怖かった……」

 いつも元気な少年もさすがに今は怯えている。無理もない。それくらい、すごい地震だった。

「ミント姉ちゃん、痛い」

「あ、ごめんっ」

 ミントはすぐに腕の力を緩めた。ワタルを守ろうと覆いかぶさったまでは良かったが、彼女自身も恐れをごまかすことができなかったのだ。

「すごい地震だったね……」

 いや、今のは本当に地震だったのだろうか。直前に木々の向こうで空が激しく明滅していたようだった。

「……とにかく、早く帰ろ。ワタル、立てる?」

「うん」

 二人で立ち上がると、周囲の様子が嫌でも目に入ってくる。森の中はひどい有様だった。木々があちこちで倒れて道をふさぎ、景色が以前と一変している。

「帰り道はどっちだったかな」

 思わず不安な声が出てしまったことをミントは後悔した。大人の不安は子供に伝わるものだ。

「だ、大丈夫よワタル。ちゃんとクラウスへ帰れるからねっ」

「うん、ボクたぶん道わかるよ」

「ふぇっ?」

 間抜けな声が出てしまった。ミントは咳払いしてごまかす。

「おっほん。ワタル、本当に道わかるの?」

「うん。木でふさがってるから回り道になっちゃうけど、大体の方向はわかるよ」

「オッケー、それじゃ行きましょう!」

 大人の威厳はどこへやら、ワタルに先導を任せるミントであった。

「ーーっ?」

 ミントは立ち止まり、後ろを振り返った。

「ミントお姉ちゃん、どうしたの?」

 ワタルが怪訝な顔をしている。ミントは何と説明すればいいのか迷いーー

「何でもないわ。行きましょう」

ーーごまかすことにした。きっと自分の気のせいだろうと、自分をごまかした。




 クラウスの被害はそれほど大きくはなかった。何よりも人的被害がゼロだったことをダンカン等は喜んでいた。ただそれとは別に、先ほどの異変について詳細な情報を欲して、八竜の他にクラウスの行政官もギルドに集まってきた。彼らはみんな一人の者に注目している。

 それはもちろん私だ。

「では全員集まったところで、今回の一件に関して私の知ること及び見解を話そう」

 カケルの胸元に埋め込まれた竜玉から声が発される現象に、初めての者が戸惑っている様子が見て取れる。しかしこればかりは慣れてもらうしかない。

「皆が知りたがっているであろう今回の現象についてだが」

 ここにいる皆が息を呑んだ。

「あれは、私の結界を何者かが突破した結果起きたものだ」

「結界を? それだけで大地が揺れるというのですか」

「にわかには信じがたい」

「それは一体どこに張っていた結界なのです?」

 行政官達には現実味が薄い事実のようだが、彼らを諭すことは他の者に任せて、最後のマハトマの質問にのみ答えることにする。

「この星だ」

 場がざわついた。

「星ですと?」

「そんなバカな!」

 予想できた反応だったが、これはカケルも信じられなかったようだ。

「ラグーン様、対界魔法は範囲と効果に応じて消費魔力が飛躍的に増えると聞いています。高位の魔導士が一国を覆う結界を張ったこともあるそうですが、さすがに星というのは前例がありません」

「それはお前達が知らなかっただけの話だ。事実として私の結界はこの星を覆っている。もちろん相応の魔力を常に消費しているが、この星を守るために必要なものだった」

「ラグーン様、結界が事実として、そいつは一体何のための結界なんです?」

 ガーリックの問いに私は当然のように答える。

「星に結界を張っているのだ。その目的は、星の外からやってくるものを阻むために決まっているだろう」

「星の外ってーー」

 そこまで口にしたところでガーリックの声が止まった。さすがに思い出したのだろう。

 私は説明を続ける。

「そして今、何者かが私の結界を突破して、この星に落ちた。今回の一連の異変はそれが原因だ」

「宇宙からなど、にわかには信じがたい…」

「そんなところから何が来るというのだ」

「待てよ。おいカケル」

「ああガーリック、オレも同じことを考えた」

「まさかとは思うが」

「ダンカン殿、そのまさかですかな」

 行政官達はともかく、私から一度その脅威を聞いている八竜はさすがに思い当たったようだ。

「なんだね、一体何だと言うのだね?」

「それはーー」

 行政官の問いに答えようとしたカケルを制する。これは私の口から言うべきことだ。

「宇宙からの侵略者、外来種だ」

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