第2話 八竜
あれからワタルははしゃいで疲れたのだろう、私の傍らで眠ってしまった。この子が頻繁にここに来るため無意味と判断し隠蔽の結界は解いたが、侵入者を捕捉することに支障はない。ワタルが言ったとおり、カケルは七人の人間を連れてきた。まだ距離があるが、彼らの声と挙動は捉えている。
「クラウス郊外にこんな広大な洞窟があったとはな。なぜ今まで気づかなかったのだ」
「高度な隠蔽魔法の痕跡がありました。今は解除されているようですが、それがあればこれからも見つかることはなかったでしょうな」
「第一発見者はカケルさんの弟でしたっけ? すごい大金星じゃないすか」
「しかし竜とはね。あたしはてっきり伝説上の生物だとばかり思っていたよ」
「これからその竜と会うのだ。お前達くれぐれも気を抜くなよ」
「でもワタルから友好的な竜だと聞いていますし、心配はないのでは?」
「もうすぐ姿が見えてくる。みんな、ラグーン様は温和な方だが、くれぐれも失礼のないようにな」
「お、あれか。でけぇな。見た目は完全に超大型級の魔物だぜ」
「ガーリック、早速失礼だぞ」
特に気にしてはいないから大丈夫である。幾人かが熱心に私の魔力を計測しているようだが、好きにさせておく。ワタル達を傷つけないよう魔力は精いっぱい抑えているから、私を直視しても彼らの目が潰れることはないだろう。
そうして来訪者は私の前までやってきた。
「見て、ワタルったら」
おかしく笑う来訪者の声が聞こえた。早速寝入っているワタルが見つかったようだ。
「申し訳ありませんラグーン様、すぐにーー」
「いや、このままで構わない」
慌てた様子のカケルを止める。今の状況はこの子の温もりが伝わってきて割と悪くない。
「それよりもカケル、私はお前達以外を招待したつもりはないが、何か事情があるのか?」
「はい、今日はここにいる皆にも関係がある大事なお話があります」
大事な話。何となく想像はつくが、とりあえず最後まで聞いてみる。
「いいだろう、続けるがいい」
「ではラグーン様、まずここにいる者を紹介します。オレの横にいるのがーー」
「初めまして、ギルド所属の魔導士ミントです」
「同じく、ギルドの戦士ガーリック」
「クラウス警備隊長ダンカンだ」
「その副隊長で魔導士をしております、マハトマと申します」
「ギルド所属の剣士ガイウス」
「同じく狩人のミュウだよ」
「同じく魔導士のスクマっす」
「オレを含めたこの八人が、自治都市クラウスの防衛を行っている者の代表です」
つまりカケルは自分の町にいる実力者ばかりを連れてきたということだろうか。それにしては魔力量がバラバラなのが気になる。
魔力感知でわかったことだが、人間は個体による魔力差が激しい。とはいえ、それ自体はそう珍しいことではない。気になったのは魔力の多寡に関わらず彼らが同じ立場にある点だ。
私達大型種が繁栄していた時代は魔力量が力の優劣に直結していたものだが、カケルとその仲間達は魔力量がバラバラであるにも関わらず全員が同格の実力者だという。魔力の他に秀でた何かを持っているということだろうか。
そういえばドワーフは魔力は小さいが手先が器用で、武器防具を作り活用することで繁栄していた。人間もそれと似た種族なのだろうか。
私は人間に少なからず興味を抱いた。だがそれはそれとして、大事なことは今日の来訪の目的だ。
「……ラグーンだ。それで、人間達が私にどんな用事かな?」
八人を代表して、カケルが答える。
「はい。我々はラグーン様の庇護を受けたく思っています」
やっぱりね。小型種が私達竜に用事と言えば大体そうだった。しかし当時と今とでは私達と小型種の支配領域や力関係が違いすぎる。
「……お前達が私の守護を必要としているとは思えないな。種としての生存が脅かされているようには見えない。天敵もいないのではないか?」
「今はそうかもしれません。ですがオレ達の町は魔物の支配領域と接していて、常に小競り合いが続いています。いつ均衡が崩れてもおかしくありません」
「ふむ。仮にその戦いに敗れた場合、お前達はどうなる?」
「人間の支配領域は後退します。クラウスを放棄して、他の町に逃れることになるでしょう」
「つまり他にも町があり、逃れてやり直すことができるわけだな?」
「それは……」
「ならばそれは危機とは呼ばない。私は圧倒的強者に為す術なく蹂躙される種族を庇護することはあっても、対等の立場で争う種族のどちらかに一方的に力を貸すことはしない。どちらに理があるわけではないからな。それは利を争っているだけだろう」
「それはオレ達人間を守ってはくださらぬということか?」
横から別の者が声を上げた。口調に合わない荒々しい口調から不満が読み取れる。
「そうではない。もしも人間を一方的に蹂躙する強力な敵が現れれば、私はお前達を守護するだろう」
「それは例えば、どんな敵ですか?」
カケルの問いに、私は少し考えてから答える。大型種がほぼ全滅している現在において、彼らを一方的に蹂躙し得る存在と言えばーー
「外来種だ」
ーー奴ら以外にいないだろう。
「外来種……」
「カケル、何だそれ?」
「ラグーン様が昔戦ったという、星の外から来た敵だ」
「星の外とは、非現実的だな」
「ですがダンカン殿、竜が実在したのです。外来種とやらが実在しても不思議ではありますまい」
「竜がそこまで警戒する程の敵か」
「意外だねガイウスの旦那、あんたはそういうの信じないタイプだと思ってたよ」
「大丈夫、姐さんのことはオレが守りますよっ」
人間達がざわつき始めた。無理もない、彼らからすれば空想上の存在に等しいだろう。だがあれは現実だ。この目で見て実際に戦った私はわかる。この人間達の中で、あれとまともに戦える者は少ないだろう。
「ですが外来種は倒したのでは?」
確かに倒した。この星にやってきた連中は。
「奴らは星の外からやってくる。私が倒した連中が、奴らの全軍であるとは限らない」
全軍であってほしいとは思っているけど。
「だから私は、奴らが再来した時に備えてここで体を癒やしているのだ」
「お元気そうに見えますが、どこか怪我をされているのですか?」
「昔奴らと戦った時の傷だ。元気に見えるのは、外見だけ取り繕っているからに過ぎない」
というか未だにここから動けないし、視力も回復していない。魔力を頼りに周囲の状況を知覚しているのが現状だ。
「……怪我がまだ治っていないということですか?」
今問いかけてきた者は、ここにいる人間達の中では魔力が比較的大きい。おそらく魔法を得意としている者だろう。
「そうだ。これでもだいぶ再生した方だがな」
「少し見せていただいてもよろしいですか?」
ボロボロの体をジロジロ見られるのは正直気が進まない。だがーー
「ラグーン様、ミントは回復魔法が使えます。腕はオレが保証します」
ーー厚意はありがたく受け取るべきだろう。私が頷くと、その者はゆっくりと近づき、私の体に触れた。
「……ひどい。中身がボロボロで、再生と崩壊がせめぎ合っているわ」
ミントと呼ばれた人間の魔力が高まっていく。
「血肉をあるべき姿に、生命よ加速しろ。ヒール」
触れられた箇所から生命力を活性化させる力が広がっていく。これが回復魔法か、悪くない。むしろとても気持ちいい。冷たい鉛のようだった体に温かい血が通ってくる、そんな感覚だ。
竜は高い再生能力があるので回復魔法を必要としなかった。しかし生命力が弱っている今は違う。術者の魔力量に比して私の体が大きいため効果自体は弱いが、それでも停滞気味だった再生が促進されているのを感じる。
「少し楽になった。ありがとうミント。もう十分だ」
「そんな、まだ全快には程遠いです。もう少しーー」
「気持ちは嬉しいが、このまま回復魔法をかけ続ければ私が全快するよりも先にお前の魔力が尽きてしまうだろう。無理をするな」
「ーーはい。気遣っていただいて、ありがとうございます」
ミントは名残惜しそうに離れた。本当に私の身を案じてくれているのがわかる。好ましい人格の持ち主だ。
「ですがラグーン様、貴方のお体の状態はあまり良くありません。もしも外来種というものが攻めてきたら危険です」
そうなのだ。ミントが言うとおり今の私はまともに戦うことはできない。出来ることといえば、せいぜい結界を張って奴らの侵入を阻止するくらいだろう。
「……ラグーン様、提案があります」
だからこそ、カケルの提案は意外でーー
「外来種との戦い、オレ達も協力させてください。ラグーン様の体が良くなるまでオレ達がラグーン様をお守りします」
ーー魅力的でもあった。
だが待て慌てるな私。うまい話には裏があると昔の仲間も言っていた。ここは彼らの真意を確認しておかねばなるまい。
「……私としてはありがたい申し出だが、理由を教えてもらえるか?」
「理由? 外来種がこの星に生きる者全ての敵ならば、協力するのは当然だと思いますが」
あ、うん。そうだね。しごくもっともな答えが返ってきた。裏があるのではと勘ぐった自分の小ささが恥ずかしい。
「……カ、カケルの考えはわかったが、他の者はどうなのだ? カケルと同じなのか?」
「私はカケルに異論はありません」
「オレもだ。話を聞く限りやばい敵みたいだし、協力すべきだろうよ」
ミントともう一人、カケルの親しい仲間らしい者(名前忘れた)は意見が同じようだ。
「あたし達も異論はないよ」
「そうっすよ。そもそもの話、交渉はカケルさんに一任するって出発前に決めてたっすから」
「オレ達は付き添いで来ただけだ。細かい話はカケルに任せてある」
同じギルド所属と名乗っていた三人も同意見、と。私とファーストコンタクトを行った人間とはいえ、カケルは随分と信用されているらしい。
「オレもカケルの提案に異論はない。それにクラウス警備隊として、この提案はオレ達にも警備上のメリットがある」
「ダンカン殿、よろしいのですか?」
「構わん。竜相手に腹の探り合いなど無用だ。カケルはどうか知らんが、我々には我々の思惑があるということも知っておいてもらうべきだろう」
警備隊長だったか、その人物の言葉を傍らの魔導師が補足する。
「つまり、我々がラグーン様をお守りするということは、我々人間が竜を奉じる存在だと他種族に周知させることになります。それは我々人間に警備上の観点から多大な恩恵をもたらすことになるでしょう」
「……言っておくが、私がお前達の種族同士の争いに干渉しないことは変わらんぞ」
「それで結構です。我々も貴方に種族同士の争いで助力を乞うことはないでしょう。ただ名前だけ貸していただければよいのです」
なるほど、竜と共にある種族というだけで、他種族への抑止力が期待できるというわけか。そういうことなら納得できる。彼らにもメリットがあるならば、かえって信用もできるというものだ。
「……わかった。そういうことならば私も断る理由はない。喜んでお前達の申し出を受けよう」
「ありがとうございます」
カケルの礼の言葉を合図に、人間達全員の緊張が緩んだようだった。
「礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう、カケル。そしてその仲間達よ」
仲間が出来るというのはとても助かる。主に精神的に。残された私一人で戦い続けるのは、正直辛いものがあったのだ。彼らの中で外来種と戦える者は幾人もいないだろうが、何も正面から戦うだけが戦いではない。彼らにしか頼めないことも出てくるだろう。例えば情報収集とか。この場から動けない私には、特にそれが重要でーー
「あ」
ーーそうだ、いい手がある。昔の仲間に教わった、魂の分割と憑依術。憑依先に誰かお願いできれば、体の回復を待つ必要もなく私も外に出られるし、戦いにも間接的に参加できる。うん、これはとてもいいかもしれない。
「ラグーン様、どうかされましたか?」
いつの間にかカケル達が私を不審な目で見ていた。どうやら考え事をしている間に間抜けな声でも出してしまっていたらしい。
「あー、うむ。盟約を交わした証として、お前達の誰かに私の分身を預けられればと思うのだが、どうだろうか?」
「分身、ですか。それは具体的にはどういうものでしょう?」
「私の魂と特性を分けて、誰か一人に憑依させるのだ。そうすればその者には私の特性が宿り、その者の肉体を通じて私は外界を知覚できるようになる」
「なるほど。それはつまりラグーン様の加護を頂けるということですね」
そうとも言えるかもしれない。カケルはかなり好意的に解釈してくれるから助かる。
「面白そうですね、私、立候補しますっ」
「いやいやいやいやミント、そこはやっぱりカケルだろうよ」
「うむ、それに話を聞く限りラグーン様の分身を宿すということは四六時中ラグーン様と行動を共にするということ。その、女子がそれをするのは、いかがなものかと」
「マハトマ……年甲斐もなく顔が赤いぞ。何を考えている」
「ダンカン殿、いや私は何も」
「警備隊副隊長殿が何を考えていたかは今後の酒の肴にするとして、憑依先はガーリックの言うとおりカケルが適任だろう」
「あっはっは、旦那も言うもんだね」
「別にオレでも良かったんすけど、何かもうカケルさんで決まりって感じっすね」
予想どおり、憑依先はカケルで決まりのようだ。個人的にはミントでも良かったのだが。いや別に残念に思っているわけではない。
「ラグーン様、ではオレがラグーン様の分身をお預かりします」
「うむ、ではこれより秘術を行う」
使うのは初めてだから、どうか失敗しませんように。
「ワタル、起きろ。帰るぞ」
気持ち良さそうに眠るワタルの肩をカケルが軽くゆすると、ワタルは寝ぼけ声とともにゆっくりと目を開けた。
「……あれ、兄さん。いつ来たの?」
ワタルの開けたばかりの目がカケルの胸元に向く。早くも変化に気がついたようだ。
「兄さん、胸に石が埋まってるよ。痛くないの?」
「ああ、大丈夫だよ。これはーー」
「聞こえるか、ワタル」
「ひゃっ」
石からの声によほど驚いたのだろう。ワタルは後ろにのけぞってそのまま転がってしまった。
「わからないか? 私だ、ラグーンだ」
「ラグーン? ラグーンなの?」
ワタルはすぐに飛び起きて、カケルの胸元に埋め込まれた石、つまり私をマジマジと見つめてくる。うむ、これは恥ずかしい。
「どうして石から喋ってるの?」
「ああ、これはだな、魂魄分離術式を使ってー」
「ラグーン様、ここはオレにお任せください」
む。カケルがそう言うのならここは任せてみる。どうも自分ではうまく説明できる気がしない。なにせこれは複雑な術式による処置なのだ。
「ワタル、ラグーン様はこれからオレ達と共にある。みんなの代表としてオレがラグーン様と一つになったんだ」
何だその説明は。まるで説明になっていないじゃないか。それでワタルが納得するはずがーー
「すごいね!これから兄さんとラグーンとずっと一緒なんだね!」
ーーあったようだ。いや、それでいいのかワタルよ。
彼ら八人は後に始まりの八竜と呼ばれ、その名を後々まで知られるようになる。
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