第3話 仲間

 私がカケルと行動を共にするようになってから、しばらく時が流れた。

 私がカケルに行ったは自分の魂の一部を石の形に固定し、相手の肉体と一体化させる憑依術だ。これにより私はカケルの肉体を介して外界を見聞きできるようになった。カケルと精神の中で意思疎通することができ、魔力の波動を利用して他の者と会話することも可能だ。

 さらにカケルは私の特性や魔法の恩恵を受けることができる。とはいえこれは条件が厳しいから、きっと使われることはないだろう。

 そんなわけで、私とカケルの共同生活が始まった。一緒に過ごしていくうちに、彼と彼をとりまく今の世界がわかってきた。

 カケルはギルドという、ある目的を達成するために集団で活動する組織に所属する、ハンターと呼ばれる仕事を行っている。その目的というのは魔物の討伐だ。

 彼が住むクラウスという街は人間の支配領域の最前線というだけあり、支配領域が接する魔物との争いが絶えない。街を襲ってきたり、街の外で人を襲う魔物の討伐をギルドが請け負い、賞金を設定する。カケルはギルドが定めた魔物を討伐し、賞金を得て生活しているわけだ。

 カケルは手強い魔物の討伐を多く請け負っている。その理由は彼がギルドでも上位の腕前ということもあるが、常に行動を共にする仲間の存在が大きい。カケルと同じクラウス出身の二人のハンターだ。

 魔導士ミント。私の体を癒やしてくれた心優しい人間の女性だ。カケルに憑依して初めて姿を見ることができたが、とても慈愛に満ちた、優しく穏やかな顔つきをしている。この街で貴重な回復魔法の使い手で、今でも暇を見つけては私の体を癒やしに来てくれる。本当にいい子だ。

 そして戦士ガーリック。大柄でしなやかな筋肉をつけた、軽装の槍使いだ。平時は軽口を叩いて場を和ませ、戦闘では良くも悪くも何かをやらかす困った男だが、ここぞという場面で実力を発揮する。

 カケル達は三人一組で行動しており、三人全員がクラウス最強の八竜と認知されている実力者だ。難易度が高い依頼が多いことも頷ける。

 なお八竜とは、最近クラウスで公認された呼称だ。私という竜の加護をカケルが授かったことがクラウスに広まると、カケルは有名になった。その流れでその時に立ち会った八人を、竜と共にクラウスを守る者という意味で八竜と呼ぶようになったのだ。

 今日これから討伐に向かう魔物は中型種だ。

 サイズを大まかに言うと小型種が人間以下、中型種は数メートル程度、大型種はそれ以上である。中型種は人間であるカケル達から見れば大きく強力な魔物に分類される。クラウスから少し離れた、人間の支配領域の外にある森に潜んでいるらしい。今は三人でクラウスを発ち、そこへ向かって移動している最中だ。

 魔物の支配領域に侵入しているため、道中は危険がつきまとう。いつどんな魔物に襲われても不思議ではないだろう。

 だというのにーー

「見てみて二人とも、珍しい花が咲いてるわ」

ーー緊張感がなかった。

 ミントがまた花につられて横道に逸れた。どうやら彼女は植物に関心が深いようだ。他の二人は慣れているのか、頭を抱えながらもミントの好きにさせている。

「よく飽きねぇよな。花なんかどれも同じだろうによ」

「そういうなよガーリック。お前が一番好きなものは何だ?」

「うまい飯だ」

「じゃあ、うまければ飯は何でも同じか?」

「全然違うぜ!」

「だろう? ミントにとってはそれが花なんだよ」

「……なるほど。妙に納得できたぜ」

「とはいえ、あまり道草はできないからな。タイミングを見て連れ戻そう」

「だな。ここは魔物の支配領域だ。用を済ませて早いとこ帰った方がいい」

 いつもは気楽な考えが目につくガーリックが、珍しく慎重だ。それだけ彼も敵地を警戒しているらしい。

(カケルよ)

 私はカケルに呼びかけた。私は自分の分身を石の形に固定したもの、これを竜玉と呼んでいるが、これによりカケルとつながっている。彼とならば声を出さずとも精神の中で会話することが可能だ。

(ラグーン様、何か?)

 私は今回の依頼について疑問に感じたことを問いただすことにする。

(今回お前達は、ギルドの依頼により魔物の支配領域にいる魔物の討伐に向かっているわけだが)

(おっしゃるとおりです)

(お前達は魔物の支配領域を侵し、自分達の支配領域を拡大しようとしているわけか?)

 別にそれを咎めているわけではない。単なる確認である。

 地上に生きる者達の世界は基本的に弱肉強食だ。私達竜のように弱者を庇護する者もいるが、それだって無条件に守るわけではない。大体は交換条件による取り引きに近いものだ。そういえば昔小人族を守った見返りにやってもらった耳掃除は実に気持ちよかった。

 ……少し脱線してしまった。とにかく、今までカケル達がこなす依頼は専守防衛、クラウス近郊で人間を襲う魔物を討伐するものばかりだった。それが今回は攻めに転じたのかと思い確認したかったのだ。

(いいえ、これも防衛戦の一環です)

 予想外の答えが返ってきた。もう少し詳しく聞いてみる。

(これから討伐する魔物は、クラウス近郊で人間を脅かしている魔物の親玉です)

(というと、狼型の魔物のことか)

(はい、オレ達はソルウルフと呼んでいます。その群れを統率している親玉、キングウルフが今回の討伐対象です。ミュウさんからの情報で、ウルフによる被害がクラウス近郊で増えているのは、こいつが群れを率いて縄張りを広げようとしているのが原因らしいんですよ)

 なるほど、魔物の方が領域を侵そうと動いてるようだから先手をとって親玉を叩こうというわけか。確かに理にかなっているが危険な任務だ。

(わかった。気をつけろよカケル。お前に何かあるとワタルが悲しむ)

 あの子の悲しむ顔は見たくない。しばらく一緒に過ごしてよくわかったが、ワタルはカケルをとても信頼している。親を早くに亡くしてからはカケルが親代わりだったこともあるのだろう。

(わかってますよ。ありがとうございますラグーン様)

「おおーい、ミント。いい加減戻ってこーい」

 しびれを切らしたガーリックがミントを呼びに行った。

「ミント、お前は忘れてるかもしれねぇがラグーン様も見てんだぞ。お花畑は頭の中だけにしておけよ」

 いや忘れてもらっては困るのだが。一応私は竜よ?

「大丈夫よガーリック。ラグーン様も私達の仲間だもの。これくらい笑って許してくださるわ」

「ラグーン様が許してもオレが許さねぇよ」

「二人とも、そのへんにしておけ。ラグーン様も呆れているぞ」

 カケルが言い合いになっていた二人の仲裁に入った。だけど今の私はそんなことよりもーー

「大丈夫だ、呆れてなどいないぞっ」

ーー仲間と呼ばれたことに、温かみを感じる自分に驚いていた。久しく忘れていた感情で、何というか、悪くない。

「ラグーン様、やっぱり聞いてらしたんですね」

「あービックリした。急に声を出さないでくださいよラグーン様」

 魔力の波動を声として放出することにはまだ慣れない。だから二人には、少し上ずった感じに聞こえたかもしれない。

(ラグーン様、もしかして照れてますか?)

 カケルの問いに、私は答えなかった。



 紆余曲折(主にミントの寄り道)を経て、私とカケル達は目的地の森にやってきた。道中で戦闘らしい戦闘が無かったことが、逆にカケル達を警戒させている。

「妙だな。縄張りに入っているオレ達に、未だ攻撃がないなんて」

「だな。もしかしてミュウの情報が外れたんじゃねぇか?」

「ミュウさんに限ってそれはないと思うひゃっ」

 森の中は鬱蒼としていて、太陽の光もあまり届かない。視界が悪いせいか緊張ゆえか、時折茂みから聞こえる草をかき分けて何かが移動する音にも敏感に反応してしまう。今のミントがまさにそれだ。

「ははは、今の声は可愛かったなミント」

「ちょ、やだカケル。やめてよねあーやだ恥ずかしい」

 ミントが両手で顔を覆ったのは、きっと赤くなった顔を見られたくないからだろう。ほら耳まで赤い。

「ところでよラグーン様」

「む。なんだガーリック」

「ラグーン様の力で、キングウルフの居場所とかわかったりしねぇんですか?」

「方法はある、けど無い」

「どっちなんですかいっ」

「そのままの意味だ。方法はあるが、今の状態では使えない。つまりーー」

 私の魔法や特性はカケルを介さないと使えない。しかしその多くはカケルの肉体や魔力では手に余るものなのだ。例えば私がこの森一帯を吹き飛ばしてキングウルフをあぶりだすためにカケルの口からソニックウェーブを放とうものなら、彼の体の方が負荷に耐えられず吹き飛んでしまうだろう。

 ということを、私はガーリックにもわかるように説明した。

「なんだ、つまりラグーン様は役に立たないってわけですな」

 これである。ガーリックの私に対する態度が気安くなってきている気がする。私を仲間と思っているからかな。きっとそうだな。

「……役に立たないこともないぞ。私達を監視している連中が包囲網を狭めてきている。そろそろ戦闘準備をした方がいいと言っておこう」

 探知結界を使わなくても気配や殺気でこれくらいはわかる。私も竜としてみっともないところばかり見せられないのだ。

「ラグーン様、感謝します」

「マジかよ」

「一体いつから?」

 三人が互いに背中を預けて武器を構えた。

 森に入る前から遠巻きに見られてはいた。森に入ってからはジワジワと包囲しつつ私達をどこかへ誘導しようと動いているようだった。

 カケル達は魔物を討伐するつもりでここまで来たが、それは相手も同じだった。誘い込まれたのだ。

 カケル達が足を止めたことで、気づかれたと悟ったのだろう。魔物の群れが急速に包囲網を狭めてきた。もうすぐ接敵する。

「ーー近い。来るぞミント」

「はい! 気脈の源流よ、影を捉えよ身を縛れ。バインド」

 ミントが発動した拘束魔法が、たった今茂みから飛び出してきたばかりのソルウルフにきれいに命中した。

「おらぁ!」

 動きが止まったソルウルフをガーリックの槍が貫く。絶命した獲物から槍を引き抜いたガーリックは、すぐにミントの傍まで下がった。しかし間に合わない。二匹目が後方からミントを襲う。

「させるか!」

 飛び込みながらの鋭い一撃がミントを救う。両断されたソルウルフの返り血を浴びながら体勢を立て直したカケルが、剣を構えながら周囲を睨みつけた。

「この狭い地形は不利だ。ガーリック、ミントを連れてもっと開けた場所まで走れ。殿はオレがやる」

「わかった、行くぞミント!」

「カケルっ」

「いいから走れ!」

 ガーリックの後に続いてミントが走り出す。二人の背中を守りながら、カケルも後退していく。その間にも一匹二匹と襲ってくるソルウルフに対して剣撃一閃、返す剣でもう一閃。血とともに地に落ちる屍に隠れて、もう一匹が迫る。

「ーーっ!?」

 鋭い爪にカケルの頬が裂かれる。熱い。痛い。憑依中は宿主と感覚を共有しているのだ。彼の痛みが私に伝わるむっちゃ痛い。

「このぉ!」

 痛みに怯むことなく、カケルは自分を裂いていったソルウルフを後ろから両断した。それから動きを止めることなく頬の傷を拭い、二人の後を追い始める。呼吸が乱れている理由は疲れだけではないだろう。

(カケル、大丈夫か)

(心配ありませんっ)

 それが強がりであるかどうかは感覚を共有している私ならわかる。傷を負っても痛みに耐え、冷静さを失わずに戦い続ける精神力が彼にはある。人間では珍しい魔法剣士であることを差し引いても、八竜の筆頭とされるにふさわしい戦士であると私は評価している。

 前方に木々が生えていない開けた場所が見えた。ガーリックとミントはそこでカケルを待っているーー

(何かいるぞ!)

ーーことができなかった。二人は既に苛烈な戦闘に入っていたからだ。

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