第一章 始まりの八竜編

第1話 覚醒

 あの戦いから長い時が過ぎた。

 いつだって思い出すのは何よりも大切な仲間達だ。

 よく一緒に遊んでくれたウィラ。

 弱い私を守ってくれたデルモア。

 出来の悪い私に辛抱強くものを教えてくれたシェーン。

 臆病な私の背中を押してくれたミシェル。

 いつも一緒に戦ってくれたゴゥン。

 弱音を吐いた私を叱ってくれたラバン。

 数え上げればきりがない、私の大切な仲間達。その誰もが、もういない。

 生き残ったのは私だけ。ここで眠るのも私だけだ。喜びを分かち合う友も、互いを高め合った好敵手も、今は私の内にのみ在る。

 共に戦う仲間は既になく、次に奴らが現れれば敗北は必至だろう。

 それでも私はここで眠り続ける。少しでも体を癒やし、最大限の抵抗を試みる。それが私達の意地だ。

 眠る前に張った結界は正常に機能している。奴らが再び現れても即座に対応できるだろう。

 あれ。でもあの結界は張ってからどれくらい経っただろうか。そろそろ張り直さなくも大丈夫だろうか。そもそも結界の持続時間ってどれくらい?

 急に不安になった。一度起きて結界を張り直すべきだろうか。ほら、今だって結界に反応があったし本当に侵入者がいたら困るし。

 ……ん?

 ちょっと待て。結界に反応?

 私は慌てて意識を起こした。


 体は動かなくても知覚はできる。

 結界が感知した反応は一つだ。魔力量は小さい。間違いなく奴らではない。私は無理に体を起こす必要が無いことに安堵した。

 というか、魔力量がとても小さい。おまけにサイズも小さい。声が聞こえることから知性体ではあるようだが、かなり弱い部類の生命体だろう。エルフにしては小さすぎる。ゴブリンだろうか。魔力量としてはドワーフもあり得る。いずれにせよ、このまま私に近づいてきたら、私が無自覚に垂れ流す魔力圧に当てられただけで死んでしまうのではないか。

 ……無益な殺生は好まない。私は可能な限り魔力を抑えた。これで後は小さな侵入者が通り過ぎるのを待つだけだ。

 だというのにーー

「これ、何だろう」

ーー侵入者はしっかりと、私の前で立ち止まってしまった。

「大きいなぁ。眠っているのかな?」

 そう、眠っているのだ。だからそっとしておいてほしい。だというのに侵入者はあちこち触ってくる。敵意はなさそうなので放置することにしたが、それは間違いだったかもしれない。ペタペタと無遠慮に触れてくるものだから、正直こそばゆい。私が反射的に体を震わせると、それだけで驚いたのか、声を出して後ろに倒れてしまった。その様が少し可愛いと思ってしまう。

 だがそんな懐かしい感情に浸る暇もなく、結界は新たな侵入者を感知した。今度はサイズ、魔力量共に少し大きい。とはいえ私から見れば誤差の範囲だが。

「ワタル、ここにいるのか?」

 呼びかけに小さい方が答える。

「兄さん、ここだよ」

「そこにいろ、すぐに行く」

 どうやら兄弟のようだ。このまま我慢していればこの子を連れ戻してくれるだろう。再び訪れるであろう静寂に、安堵と、ほんの少しの寂しさを感じながら、私は再び意識を沈めーー

「ワタル、離れろぉ!」

ーーるわけにはいかなかった。兄と思われる二人目の侵入者が私に敵意を向けてきたからだ。

 兄は弟を庇い、私に対して武器を構えた。

 不本意ではあるが、降りかかる火の粉は払わねばならない。私は相手の出方を窺い、攻撃に備える。

「何だこいつ、こんなの見たことがないぞ」

「兄さん、これは眠っているから大丈夫だよ」

「お前は黙ってろ。こんな奴が目覚めたらオレ達の手には負えない。今ここで止めを刺しておくべきかもしれない」

 兄が武器に魔力を込めた。攻撃態勢に入ったと判断する。今すぐ反撃してもいいのだが、弟の方の悲しむ顔は何となく見たくない。だから警告だけはしておくことにする。

「やめておけ、小さき者よ。お前の力では私に傷一つつけることはできない。命が惜しければ早々に立ち去るがいい」

 うまくいった。自分の立場にふさわしく、かなり威厳ありげに話すことができた。二人は呆気にとられた顔でこちらを見上げるばかりだ。他種族相手に魔法で翻訳して話すことは久しぶりだから不安だったが、やはり私は本番に強いタイプらしい。えっへん。

 私が悦に入っていると、兄の方がようやく口を開いた。

「……お前は、何物だ?」

 問われれば答えるのが礼儀か。私は再び精いっぱい威厳ある声をつくる。

「私はこの星最後の竜、ラグーンである」


 


 自治都市クラウス近くの平野。

 屈強な大男が間合いに入った狼型の魔物に槍を突き出す。しかし魔物は高く跳躍してかわすと、大男を無視してそのまま後方に位置するローブ姿の女性に向かっていった。

「悪い、抜かれた。カケルそっち行ったぞ!」

 大男が叫ぶより先に、カケルと呼ばれた鎧姿の青年が女性と魔物の間に割って入った。

「ミント、足止め頼む!」

「まかせて!」

 ミントが杖を構えて詠唱を始める。

「気脈の源流よ、影を捉えよ身を縛れ。バインド」

 狼型の魔物の動きが止まる。その隙を逃さずカケルは駆け抜けざまに剣を振り抜いた。胴を両断する勢いで刻まれた傷から血が噴き出し、魔物がその場で崩れ落ちた。

 剣についた血を振り払い、カケルは次の獲物へと目を向ける。

「さあ、敵の数は残り少ないぞ。最後まで気を緩めるな!」

 カケル達は陣形を維持したまま、新たに襲ってくる魔物を迎撃した。



 自治都市クラウス。人間の支配領域最北端にある町であり、魔物の支配領域と接しているため魔物との交戦が絶えない最前線だ。

 その地域的事情から自治を認められ、不可侵地域として他国から多くの援助を受けている。それを使って脅威となる魔物の討伐に多額の報酬を設定しているため、それを目当てに他国から多くの実力者が集う町でもある。

 事実、この町で最強の使い手として認知されている八人の過半数は他国出身だ。

 カケルはクラウス出身で、八人の筆頭でもある。同じクラウス出身の幼馴染二人と魔物の討伐を終え、街に戻ってきていた。

「では私は討伐報告をしてくるわね」

「頼む。終わったらギルドの会議室を借りてるからそこへ来てくれ」

 ミントは笑顔で手を振って二人と別れた。

 カケルは彼女を見送ると、傍らの大男に顔を向ける。

「ガーリック、俺達は先に会議室へ行って他の五人を待っていようか」

「そのことなんだがよカケル。本当に八人全員で行くのかよ。かえって警戒されねぇか?」

「大丈夫だと思う。向こうに敵意はないから物騒なことにはならないさ」

「そう言えばそうか、お前の弟はあれからずっと通い詰めなんだったな」

 ニヤニヤ笑うガーリックに、カケルは溜め息をついてから答える。

「……ああ、よほど気に入られたらしいよ」




 昔々、気の遠くなるような昔のことだ。

 この星は大型で強力な魔力を持つ種族が数多く暮らしていた。その中でも最大の魔力と最高の知性を備えていたのが竜だ。

 竜は他の大型種と違って他種族に寛容で、自分達を頼り崇める小型種を守護していた。時には小型種を庇って他種族と争いさえした。そんな竜が、外敵との戦いで先頭に立つのは必然だっただろう。

 外から敵が現れたのだ。外とはこの星の外、つまり宇宙だ。宇宙からやってきた種族、私達は外来種と呼んでいたが、奴らは平和的な種族ではなかった。もしも単なる移住目的だったなら、あるいは共存もできたかもしれないが、奴らの目的は星を食い潰すことだった。食い潰すとは言葉どおりだ。外来種は星の核を食う。食い尽くし、星を破壊したら、また次の星へと移る。奴らはこの星を壊しにやってきたのだ。

 当然この星で暮らす全ての種族と外来種の戦いが始まった。戦闘では強力な力を持つ大型種が最前線に立ち、小型種は支援に回った。長く苛烈な戦いの果て、大型種はほぼ全滅、小型種も多大な犠牲を出したが、戦いはこの星の勝利で終わった。

 戦いの後、大型種のほとんどが姿を消したこの星は小型種の楽園となった。それを見届けた竜種最後の生き残りは、傷ついた体を癒やすために長い眠りについた。

 ……という昔話をするのもこれで何度目だろうか。

「その竜がラグーンなんだよね。ずっと一人で退屈しなかった?」

「退屈だったが、すぐに慣れた。それに今はーー」

 今は退屈していない。毎日のようにここに訪れるワタルという少年相手に昔話を語って聞かせるのが、私の日課になっている。他に何か私が知っていることを聞かせてあげてもいいのだが、なぜかこの少年は何度も同じ話を聞きたがる。彼らは人間という種族らしいが、変わった生き物だ。いや、ワタルが特別なのだろうか。

「ーーそれより、ワタルこそ毎日同じ話ばかりで飽きないのか?」

「全然! すごいよね。この星を守るために戦った竜達すごくかっこいいよね!」

 視力が回復していない身では顔を見ることができないが、声の調子から目を輝かせていることは読み取れる。

「……そうだな。すごくかっこいいと、私も思う」

 その言葉を仲間達が聞けば喜んだだろう。それだけで、どこか救われた気持ちになる。私達の戦いは、報われる。

「兄さんが来るまでにさ、もう一回お話してよっ」

「それは構わないが、カケルは用事か?」

「うん。ラグーンに町のみんなを紹介したいって言ってたよ。ここに連れてくるって」

 え。何それ聞いてないんだけど。他の人間もここに来るってこと? ちょっと待てまだ心の準備ができていないというか厄介なことにならないかなそれ。いやまて慌てるな落ち着け私。これは人間についてよく知るいい機会でもあるわけだし、ここは余裕をもって迎えようではないか。

「……そうか、それは楽しみだひゃ」

 かんでしまった。


 この時の私は思いもしなかった。これからの出会いが、私と彼らの運命を大きく変えることに。

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