死せる八竜は死なず
湯治赤ゆら
第0話 竜魔導士
小高い丘の上から眼下の森を見下ろす少年がいる。森の中からは幾度も派手な爆音と砂煙が舞い、中で激しい戦いが繰り広げられていることは容易に想像できる。
「派手にやってるな」
私の声に少年は苦笑いして応える。
「そうだね、そろそろ頃合いかな」
傍から見れば独り言のように見えるだろうやりとりの後、少年は丘を駆け下り森へと向かった。
森の中の攻防は続く。
森を疾走するのは一人の少女。小柄で痩せ気味の体に長い耳が特徴的な種族エルフだ。
エルフの少女は軽やかな身のこなしで障害物となる木の根や枝をかわして、森の中の道なき道を走る走る。
動く合間に後ろを振り返るとーー
「きゃーしつこーいっ!」
ーー背後には魔物が迫ってきていた。全身に黒い鎧のような外殻をまとった六本足の魔物は、エルフの少女とは対象的に障害となる物全てをその体で派手な音を立ててなぎ倒し進んでいく。
このままでは追いつかれる。そう悟ったエルフの少女は進行方向にしばらく障害物が無いことを確認してから、矢筒に手をかけた。
「このっ!」
跳躍し、振り向きざま後ろの魔物に向けて空中から矢を放つ。曲芸のような体勢から放たれた矢は正確に魔物に飛んでいきーー
「あらら?」
ーー簡単に弾かれた。
エルフの少女は何事もなかったかのように着地してまた走り出す。森の出口は近い。
「森から出さえすればっ」
森から出ようとしたところで、魔物に追いつかれた。魔物が跳んで襲いかかってくるのをエルフの少女は察知しーー
「ーーやばっ」
ーー咄嗟に横っ飛びしてかわした。
衝撃で木々が倒れ、砂煙が舞う。その中から転がりながら出てきたエルフの少女は、体勢を立て直してその場に手をついた。
ここはもう森の外。自由に動ける空間が確保された彼女のフィールドだ。
「バキニホテキエキロ、アザソケヒイイオサナユセ、トホツザナオカワアチナヤケ」
精霊への呼びかけが終わると彼女の周辺の大地に渦のような変化が起こった。土砂が上へ上へと巻き上げられて固着していき、やがて大きな土の巨人を生み出した。
エルフの少女はその巨人の上に乗り、同じく森から出てきた魔物を勝ち誇った顔で睨みつける。
「ふっふーん、さっきはよーくもやってくれたわね。お返しはたーっぷりとさせてもらうんだから!」
言い終わると同時に土の巨人が振り下ろした拳が魔物を押し潰した。
「ふっ、勝ったわ。あいつの出る幕なんてないかもーー」
涼しい顔で言い終わる前に、その長い耳は大きな足音を聞き逃さず、その目はその姿を視認した。
今の戦いでこちらに気づいたか、周辺から同じ姿の魔物が何体も集まってきたのだ。森の中から、林の中から、茂みの中から現れ、土の巨人とエルフの少女を包囲していく。
「うっそでしょ。何これやばい」
少女の顔がひきつる。さすがにこれだけの数を一度に相手は厳しいことは、誰に言われずともわかっているのだ。
「もうっ、あいつは何してんのよ。早く来なさいっての!」
その時、周辺が激しく光った。エルフの少女が思わず目を瞑る。そして次に目を開けると、視界に映る全ての魔物が結界に閉じ込められて動きを封じられていた。
「来たーー」
エルフの少女が頬を緩めながら振り返ると、そこには走ってくる少年の姿があった。
「もう遅いじゃないの。何してたのよっ」
「遅いって……君が敵を集めてこっちが一気に叩くって手はずのはずじゃ?」
「こういう時は女の子を待たせないのがマナーなのよっ!」
「そういうもんか」
いまいちピンとこない少年は巨人が差し出した掌の上に乗ってその肩の上まで運んでもらうと、エルフの少女と向き合いその手に触れた。
「なななな何よこんな時にっ」
「いや怪我してるじゃないか。ちょっと待ってて」
少年が魔力を集中し、癒やしの魔法を発動すると、その手に触れた箇所から光が広がり少女の擦り傷がふさがっていった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
顔を赤らめて素直に礼を言う少女の微笑ましさに、少年は笑顔で応えた。
「二人とも、そろそろ結界も限界のようだぞ」
私の指摘を受けて、二人はすぐに真剣な顔に戻った。
「すみません、油断してました」
「ボクもだ。助かったよ」
二人は互いに背中を預け、それぞ武器を構える。
「一斉に結界を解く。ボクは左半分を倒すから」
「あたしは右半分ね、オッケー」
「じゃあいくよ」
結界解除と同時に戦端が開かれる。二人の戦いぶりに私は頼もしさを覚えた。
これはいつかの記憶。
星を守るため戦い、竜魔導士となった少年。彼と八竜と呼ばれた勇士達の物語だ。
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