第8話 偶然って、それはないでしょう! 5
「色々占っていただいてありがとうございました」
占い屋から出た今の俺の声は一体、どのような声に聞こえるのだろうか。おそらく、刑務所から出てきたように、今後どうしようかと言う曖昧な展望に身を任す際にぽしょりと出た言葉のように似ているのかもしれない。
「いえいえ、私が勝手に言ったんですから、礼を言うのはこちらのほうですな」
にっこりとこちらに微笑みかける占い師さん。その笑顔を見て、自身の感情に何かを作用していると、少し強い風が吹いた。春風とは似てないどこか夏の風に感じる。
「では、ここで失礼しますね」
俺は一瞥してから、やがては建物の影による世界から喧噪な世界に向かおうとした。だが、まだ占い師さんは俺に言い伝えていないことがあったのか、袖を握られる。
「そういえば、二つ大事なことを言い忘れてましたな」
「えっ、二つもですか。どんなことです?」
「まず、一つはここで知ったことを誰にも話してはいけないことですな」
占い師さんはそう言うと、沈黙のジェスチャーとして人差し指を口に軽く当てた。この人の年齢はいくらか知らないが、なんとなく俺の年齢とは少しかけ離れた大人特有の美貌さを感じた。
「誰にもですか?」
「そう、誰にもですな。別に、秘密を共有しようだとか、そんなクソカップルのやり取りのことを決して言ってるわけでなく、簡単に言ってしまえばややこしい事態になるんですな」
なんかこの人、やたらリア充群をやたらと嫌ってねぇかと思いつつも、俺は首をかしげる。
「ややこしい事態ですか? なんですか、願望者とか展開者を巡った戦争が起きるとかですか?」
「いや、そこまでスケールの大きなことは起きないとは思いますが、まぁとにかくややこしい事態と言えば、ややこしい事態ですな。特に、君にとってはややこしくなるのですな」
その後に、占い師さんは力強く、
「だから、とにかく絶対に、話さないようにしてほしんですな」
と。
俺はその強さに父の言いつけを守る子供のように何度も頷いた。
「それで、二つ目は何ですか?」
「二つ目はもし君が何か深い困難に陥ったら、私に助けを求めに来ることですな。どうにもならないことはどうにもしてやれませんが、極力君を占った以上助けますな」
「それはありがたいですね」
暗がりな中で果たして俺の表情はどのように占い師さんに映っているのかは知らないが、できれば笑顔で映っていることを祈る。
「そういえば、占い師さん。一つ占ってほしいことがあるんですが、良いですかね?」
「もちろんですな。どんなことですかな」
正直俺のことはどうなるかわからない。それはいつものように変わらない日常を歩んでいくのかもしれないし、占いさんの言った予期せぬ事態だとか、非現実的な現象が身に降り注ぐかもしれない。けれど、今は注視すべき点は自分ではないのだ。いや、失敬。俺のみではないのだ。
俺は占いさんの話を聞いていて、おそらく展望者とは誰であるか、おおよそに予想はついている。思えば、平凡で味気のない人生に突如アクセントを加えたあの出来事。人にとっては些細なイベントでも俺にとっては大事なことだった。俺はあの日から、ある意味では平凡ではなくなり、そして一人で歩むことはなくなった。ただ、原子核内の二つの陽子のように共に回転しながら、くっつきあうことのないような関係性。切ることは難しい引力とその他の力。そして、未知の展望。
俺はただ呼吸をするのと同じように、
「俺の所属している部の今後の情勢は無事かどうかを聞きたくて」
言い終えると、占い師さんはあらかじめ答えを知っていたように笑いながら。
「それなら、晴れ時々曇りですな。雨は降りそうにないですな」
と、言った。
暗がりな空間の中で、そんな言葉が俺の耳の中でエコーし続けた。
平らな均衡は崩れていく 四隅四角 @Sisumi
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