第7話 偶然って、それはないでしょう! 4
占い屋は確かにあるのだが、想像以上に行列を作っていて大層驚いた。
このメモ紙にも人気の占い屋とは書かれているものの、ここまでとはな。
しかし、カップルばかりだなぁ。と、大きく店前に構えられた看板を見て見ると、あなたの恋愛の行方を占いますと書かれてあった。
けっ。唾でも吐きたくなるような気分に浸されたが、さすがに営業妨害になりかねないので、それは遠慮する。しかし、なんでリア充は恋愛占いが好きなんですかねぇ? 特に、カップル。なに、仮に別れた方がいいですよとか言われたら、別れるの? 結婚した方がいいよと言われたら結婚するの? まぁ、実際占いなんてしてもらったことがないので、全く実態はわからないが、なにか安心する暗示でも掲げられるのだろうか。
とりあえず、このカップルの行列になど並べる勇気も気力も一切ないので、この場から後退させてもらうことにする。これは仕方ないのだ。戦略的撤退である。戦略性ないけど。
と、そのままその場を離れようと、踵を返そうとした瞬間に何やら背後から気配を感じた。この流れだと、絶対に桜川だ、やばい行かされると思っていたが、どうも桜川にしては恐怖的なオーラを微塵に感じなかった。
不思議に思い、その正体を恐る恐るに確認するように振り向くと、そこには髪の長い真っ黒の衣装を纏う女性がいた。顔は非常に朗らかに優しそうで、どこかいたずらしい一面を持ち合わせており、蒼井と甘利を彷彿させるようだ。
「なにかお探しですかな?」
少し変わった口調で女性は話す。
あまり美人によるセールストークには慣れていなので、つい財布に手を出し何も提示されていない商品を購入しそうになったが、よくよく考えてみれば衣装からしてセールスマンではないのか。いや、怪しげな宗教団体と言う可能性もあるが…。
「あー、いえ。探し物と言うよりかは占い屋に行こうと思ってまして、でもこれだけ多いと流石に無理ですね」
愛想笑いも付け足しながら、そんな風に答えると、女性は一層に笑顔を増した。
「何を占いたいんですかな?」
何をって、と一瞬考えてしまったが、もとより占いの目的は決まっているのでそのことを話す。
「あぁ、そのですね。俺の所属している部のリーダーが占い屋に行って、今後の部の情勢を占って来いと言われましてね。ははは、困ったもんですよ、部の情勢なんて、国じゃないんですから」
俺が言うと、女性はよりおもしろそうに顔色を変え、コクコクと頷いた。
「そうですか、そうですか。君は色々と面白いことに巻き込まれてるんですな」
「まぁ、そうなりますかね」
一通り俺の話を聞き終えると、女性はじっくりと全体的に俺を見てから、満足したように眉を上げた。
「色々と君を気に入りました。少しばかり、占われては見ませんかな? もちろん、ただで」
「えっ、あなた占い師さんなんですか?」
俺が言うと、女性は目を大きく開けて驚いた表情をしていた。
「ありゃ、気づいてなかったんですかな。この時期にこんな黒の衣装と言えば、占い師しかいないですな」
「いや、そんなことはないと思いますけど…」
「まぁまぁ、今日からそんなイメージを持てばいいんですな。で、どうですかな、占われみませんかな?」
「後々に大金を要求されるとかじゃないですよね?」
「ははは、流石にそんなことはしませんな。ただ単純に君を占ないたくなっただけですな」
「はぁ、でしたら、まぁお願いします」
「了解ですぞ」
そんなわけで俺は手をひかれるように、占い師さんについていったわけでが、またしても驚いたことになんとこの占い師さんはこの行列の続く占い店の裏口に入っていったのだ。
「あれ、大丈夫なんですか、入っちゃって?」
「入るも何も、この店は私の店ですな」
「えっ、あぁそうだったんですか。すごいですね、大人気じゃないですか」
「まぁ、リア充どもは基本的に最初から相互的に満たされてる状態ですから、適当にあやふやなアドバイスさえしておけば、大抵は成り立ちますからな。けっこうな儲けアイテムですぞ」
いひひひとお代官ばりに微笑んでらっしゃる。あっれ、大丈夫かな俺、こんな人に占われて。
と、さすがに俺の杞憂が顔に出ていたのか、占い師さんはそんな俺の疑惑的な顔を見て、
「あっ、君の思ってることは心配しなくていいですぞ。私は恋愛占いなどは専門ではなく、どちらかと言えば、変わった運命や性質を持った人を占うのが生きがいなのですな。だから、普段は弟子たちにああいう恋愛占いをさばいてもらってるんですな」
「はぁ、なるほど」
そういうわけですか、とコクコク頷いてみたのはいいが、今思えば何やら占いの対象者が変ではないかと思った。すぐさまにそのことを聞いてみようと思ったが、俺が口を動かすよりも占い師さんのほうが早かった。
「さっさっ、どうぞおはいりになってくださいな」
空けられた扉の先は占いをする場にしては少し異様な。文庫本がぎっしりと詰められた部屋だった。特別、易学とか占いの本と言うわけではなく、俺も普段読むような文庫も多く置かれている。
「あ、ここは私のプライベートルームなんですな。占いするときはここの部屋が良くてですな」
「なるほど」
占いさんが一人掛けのソファをひいてくれたので、そこに俺は座り、占い師さんは対面するようにもう一つのソファに座り込んだ。
「さて、まぁ色々と何を俺はやらされてるんだっていう気持ちになってるかしれませんがな、大丈夫ですぞ、そんな時間も取らせませんし」
「いや時間は全然大丈夫ですよ。ただこれだけは言わせてください。なんで俺を占うんですか? 他にもいっぱいいるでしょうに」
俺が言うと、占い師さんはにっこり笑った。
「それはさっき言った通りですな。他にも理由はありますが、まずは君を気に入ったからです。君は非常におもしろい運命を持ってますからな」
「おもしろい運命ですか?」
なんのことやらと俺は聞いてみる。
「はい、おもしろい運命ですな。まだはっきりと見えてるわけはないですが、君から何やら一風変わりな気を感じるのですな」
「は、はぁ」
なにやらスピチュアルな話になってきたな。なんというか、オカルト的と言うか。
「それで、今から君の持つおもしろい運命の正体を暴きたいんですな」
「暴き出せるんですか?」
「暴き出せますな」
えらく断定した。
「ですので、左腕を差し出してもらえますかな」
「左ですね」
言われたままに左手を占いさんに差し出す。すると、占い師さんは俺の手を両手で握り始め、瞑目した。
さすがに何かを話してはいけない空気であったので、俺は目こそは瞑らないでないで、ただその占い師さんの神妙でまじめな表情を見つめながら、ただじっと待った。占いさんの手は冷たくも暖かくもなかった。限りなく折衷。限りなく中間点だった。
やがて、数分経つと、ようやく終えたのか占い師さんは長いまつ毛を抱えた瞼を軽々く上げて、こちらを見た。
「ははは、君。いい意味でも悪い意味でもある運命を持ってますな。そして、君の周辺の人も偶然に君とは違う、相性のいい運命を持ってますな」
「は、はぁ、それは恋愛的とか友情的な運命ですかね?」
「いやいや、さっきも言った通り私はその分野の専門ではないのですな。それに君のはそんなものと比べ物にならないほどのスケールの大きな運命を抱えてますな」
俺は息を呑んだ。無論、この人の言うことを100信じているわけではないが、さきほどに見せた冗談気な口調も、おどけた表情も今は一切その片鱗を見せてないことからやけに信じてしまうのだ。
「ちなみに俺はどのような運命を持ってるんですか…?」
俺が利くと、占い師さんは一息おいて、言った。
「展開性ですな」
「は、展開性?」
「はい、展開性ですな。平たく言えば、君は展開者ということになりますな」
頭がうまく回らない。
「悪いんですが、その展開性ってのやらは一体どのような効果を持ってるんですかね」
「簡単に言えば、物語が展開されるのと同じように、君はストーリ進行の鍵になるんですな。ただし」
「ただし?」
「単体では何の意味ももたらさないんですな」
「な、なるほど」
「思えばそうとは思いませんかな? 君の過去にはおそらくそれほど人生を、世界観を一変させるようなイベントが起きたことがないはずですな」
「まぁ、そうですね」
「けど、おそらく今後は君の身に経験したことのない出来事が起こる可能性が大いにあるんですな。それも君次第ではなく」
「ということは、外部から何やら俺の人生に変化づけるものがあるということですかね?」
「そうです。理解が早くて非常にありがたいですな。君の近くにはおそらく数人の願望者が近くにいるんですな」
「願望者ですか。それも運命の一種ですかね?」
「その通りですな。願望者とはその言葉の通り何かを世界に望む者ですな」
「しかし、そんなんでしたらいくらでもこの世に願望者などはいると思いますが」
なんなら、俺も願望者だ。
「それがこの世界には願望性という運命を持つ人と持たない人がいるんですな。後者はただの願望者ですな。この世界、前者はほんの一握りしかいなのです。さらに言えば、君の展開性という運命はさらにもっと数が少ないのですな。そして、偶然とは言い難いのですがな、君はその低い確率の運命を持ち、さらに低い確率を持つ第二者と遭遇したのですな。こんなケースは久々に見ましたな」
占い師さんが長く話すと、そこで俺は今までの話と結びつけて、薄くも一つの推論が頭によぎった。
「待って下さい。なにやら、話が少し見えてきたのですが。もしかすると、その展開と願望がなにやら作用を起こすと願望者の望むことが叶うということですかね?」
「ほとんどが正解ですな。ただ少し違う点が二つありますな。一つ目は単体の願望はそれほど世界を変える力を持っていないということですな。つまり、常識に逸脱はしない、線路の上の変化ですな」
「な、なるほど。では、二つ目は?」
「二つ目は君の近くにいる願望者は一人ではなく、複数人ということですな」
「とうことは?」
「願望は時に同じ方向の思いが連なり甚大な力を持ったり、時には違うベクトルの願望がぐちゃぐちゃにまじりあい、思ってもいない非現実的な現象が君の身に起きる可能性が多いにあるということですな」
「ひ、非現実的な現象が俺の身に起きるんですか?」
俺が切羽詰まったように言うと、占い師さんは頷いた。
「ちなみに、その非現実な現象と言うのはどういうものがあるんですかね?」
「申し訳ないのですが、それは私にもわかりませんな。ただ言えるのは、現実では考えうることができないような現象ということですな。だから、今後、君の身に起きる世界をよく観察して、よく落ち着き、考えて行動したほうがいいことがありますな」
占い師さんは淡々として述べた。
しかし、待て。俺は息を呑んで、今までの話をいったん真っ白にした。
「その話は本当なんですよね?」
今の今までつい深慮もしないで、ただ聞いては質問する単純なやりとりをしていたが、振り返ってみれば、どうもファンタジーで妄想チックだ。俺はつい信じ込んでしまっていたが、今思えばすべてが嘘くさく感じられてきた。
占い師さんは俺の疑問に多くは話さないで、ただ目を閉じ、
「そのうちに身に起きたことを観察すれば、わかりますな」
とだけ言った。
最も説得力のある言いぐさである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます