第4話 偶然って、それはないでしょう!


 駅前に13時に集合と言われたので、少し早く来てみたが、まだ誰もいないようだ。


 辺りは平日では補えなかったカップルの愛を装填していっては、駅に呑まれたり、吐き出されたりしている。さすがに、噴水前で待つ俺の姿は周りの人間からすれば惨めにも見えてしまうのか、じろじろと数多のカップルに見られてしまう。

 俺はいったい、こんな空間の中でなぜこうも辱めを受けながら待機せねばならんのかと思う。

 だが、不思議だ。そんな小さな憤慨もすべては一つの出来事で消滅していくのだから。


「平田君~」


 蒼井さんだ。

 まさに典型的な清楚衣装を身にまとっている。やはり、容姿も雰囲気も言い分もすべてが素晴らしいので、俺以外の男たちも蒼井さんを見ては癒されているようだ。


「ごめんなさい。待ちましたか?」

「いえいえ、全然ですよ。今来たばかりです」

「そうですか! それは良かったです」


 あー、この笑顔、ほんと癒されます。

 と、そんな蒼井さんゾーンを心置きなく堪能しようと思っていたのだが、どうやら俺の平穏の騒動を起こしたスチャンダル好きの本人と容姿も口調もどこか幼さを感じる少女たちがやってきた。


「あら、早いじゃない。早行動は言い心がけだの事」

「そりゃあ、どうも」


 俺が軽く桜川に会釈をすると、次に甘利が元気よく手を上げて、

「平均先輩、こんにちわっす!」と。


「はいはい、こんにちわっす」


 軽いあいさつが済むとせっかちな桜川は早速、何やら鞄からメモ用紙を取り始めた。何をするつもりなんだと。そんな風に、身を構えていると、各々に二枚の紙が渡された。

 受け取るや否や、そのメモに書かれたことを見て見ると、少し煩雑な字でこう書かれていた。


 『オカルト検証 各々の探索事項』と。


 なるほど、どうやら俺たちはこの紙に従ってオカルトの真偽を確かめていくというわけだ。これが各一人ひとりに渡されたということは、個人行動ということだよな? まぁ、普段の部活は部室内で団体行動だし、野外活動ぐらいは個人のほうがいいのだろう。それに効率がいいだろうしな。


「では、やることはわかったかしら?」


 桜川がそう言うと、さすがに一年間同じ部員だったためか、蒼井さんは頷いた。それに倣って、俺も甘利も首をかしげる。


「よーしっ、では、みんな真偽を確かめ、疑問を持ってこい!」


 駅前でこれほどの声量が響くと、さすがに何事かと部外者たちはこちらを見てくる。俺はため息をつきながらも、桜川に叱られない程度に返答をする。蒼井さんは俺と同様に返答し、甘利は桜川の1.5倍ほどの声量で返事をした。


 さて、俺が最初に確かめるべく真偽は…。

 と、メモの欄に目をやると、カエル像は目を逸らすという大きな見出しような字で書かれており、その下には小さく、


『カエルの像を瞬きせずに30秒間眺めるとカエルは目を逸らし、そのうちに雨を降らせる』とあった。


 アホか。もしくは小学生か。そう思った。

 こんなのばかばかしい、やってられるかとその箇所に違う視点を向けると、メモの一番下には


『あんたのことだから、ばかばかしいと思って放棄しようしてるのが丸わかりよ。やってるかやってないかは、常に私が見ている』


と書かれてあった。

 怖い、怖いよ。なんで俺の反応を既に知ってるの。あいつほんと何者だよ。

 仕方ない。やります、やりますよ。

 さすがに、この下のメモを呼んでからは辺りから悪寒を強く感じたので、早速そのカエルの像とやらに向かうことにする。


 カエルの像と言えば、俺はドラッグ店のイメージがある。特に古い薬屋さんなんかがそうで、自動ドアの前ににっこりとこちらに微笑みかけているあのイメージだ。常に、風に吹かれても、雨に打たれても、灼熱の太陽光に照らされても、顔色を変えないあの孤独のカエル。


 だが、そんなカエルのイメージと言うのは時代の相応さというのがあるらしく、今の時代だと孤独ではないようだ。


 看板を辿り、ようやくついたカエルの像と書かれた場所には大理石を削って作られたカエルにしては少し生意気な像がそこにあった。しかし、カエルの身分でこの像が建つなんてとか、俺はそんなことに感情は抱いていない。どちらかと言えば、カエルの像のくせに、なんでそんな周りに人が屯ってるんだよ。そんな風な感情だった。


 てか、なんでこんなカエルの像の前に人が漂ってるの? しかも、カップルばっかりだし。ハチ公前とは違うんだよ?


 しかし、俺がいくら不服を立てようとも、カエルは一切何も答えないで、その分にカップル群の甘い声を俺に運ぶだけだった。


 これは真偽確認は不可能だな。


 俺はそう結論づけて、その場を逃げようとした。だが、背後を振り向くまでもなく、えげつない悪寒を身に染みるほどに感じた


「あら、もう終わったの?」


 冷たい声が背中を振動する。背骨はその微々たる振動に変な作用でもかけられてしまったのか、首を振り向かせることができなかった。


「え、えっと、普段からあのカエルとはドがつくほどの仲でだな。俺たちは離れていても、心で分かり合えるんだ」

「別に私はカエルとの親睦さを聞いてるんじゃないのよ。ただ、単純にカエルの目を瞬きせずに30秒みつめたか、見つめていないかを聞いてるの」

「み」

「み?」

「見つめておりません」

「素直でよろしい。加算対象ね。ほら、もっと加算してほしかったら、さっさと行ってきなさい」


 桜川は俺の背中をぐいぐいと押し、カエルの像との距離を近めて行く。


「わかった、わかったから。3秒だっけ?」

「その10倍よ」


 ついには押され切ってしまったので、こけそうになりながらカエルの像の直前にまで来た。横に用意されたベンチには数グループのカップルがこちらを話のネタの材料にするべく、にやにやと見ている。


 えぇい、もうこうなったら、やるもやらんも恥だ!

 俺は頑なに意思を変えないで、早速カエルの目を見つめた。


 カエルの目には何も感じない。そして、奥行きもない。ただ細かな石の表面が目に映るだけだ。そして、俺がこれだけ恥ずかしい思いをしているのに、カエルは恥ずかしがる顔もしない。ただ、鳴き声だけはあるようで、俺の鼓膜にはうっすらと控えめな笑い声が響いた。


 少し緊張していたせいか、瞬きも忘れてじっと見ていた。次第に、意識が普通ほどに戻ってきたときには、もう30秒のカウントは過ぎていたと思う。

 結果はわからなかった。なにせ、一心不乱に目の細かな粒をを見つめていたもので、目全体を見ていなかったのだ。


 だが、それを考慮しても結果など考える必要性は一切ない。像の目が動くはずがないのだ。

 俺はようやくの思いで、カエルとのにらめっこを終えるとそそくさにその場を去った。去る際にはどこにも桜川は見えなかった。


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