第3話 ようこそオカルト至上主義の部室へ

「部員を連れてきたわよー!」


 彼女は豪快に扉を開け、俺は捕虜のような扱いで、教室の中に入れられてしまう。なんて扱いなんだ、さっきまですごい必要としてくれてそうな感じだったのに。

 危うくも転びそうになったが、俺はバランスを保ちながら、何とかして持ちこたえ、前を見た。

 そこには天使か、ウリエルか、もしくは女神か。とやかくそんな言葉で形容したいほどの朗らかで優しそうな女子生徒と目があった。

 彼女は俺の無事がわかると、にっこりとこちらに微笑みかける。それだけで、癒し加護効果で天に召されそうだった。

 だが、そんな天に上りかけの途中に、俺は言葉の砲撃でゆらりと追撃されていった。


「おぉ、先輩! 部員を捕まえてくるって言って、10分もかかってないじゃないっすか! ギネス記録更新できるっすよ!」


 誰だ、こんな変わった口調をする奴は、と朗らか天使の横に目を向けると、そこにはショートカットのややお転婆な雰囲気の漂う女がいた。


「ふふん、そうでしょ、そうでしょ! 私の手にかかれば、部員集めなんて屁のつっぱりよ。なんなら、派閥でも作って自民党ぐらい党員も増やせるレベルにもあるわ!」


 どんなレベルだよ…。

 もうそれ催眠術とか賄賂使わないと無理だろ。


「でも、あれなんっすね、女じゃなくて男を連れてきたんっすね」

「えっ。あ、あぁ、まぁね。やっぱり、力仕事とか、雑用とかは力がいるから、彼に任せっきりでもいけるでしょ?」

「あぁ、なるほど! 確かに、それは役立つっすね!」

「俺は奴隷なんですか?」


 何こいつらのやり取り。いかん、なんかこいつら見てたら、奴隷商のやりとりに見えてきた。俺は今から売られるんだ。

 と、こいつらのクレイジー度の高さに憔悴していると、天使の彼女は二人を咎めるように、柔らか気な声で注意をし始めた。


「こらっ。二人とも、いじめはだめですよ」

 

 彼女の言葉は警句から注意になり、やがては宣託へと変わった。

 それを聞いた二人は反省するように、控えるように声を抑えて、


「そうね、さすがにいいすぎたわ」

「っす、自分もです。初対面の方に無礼が働いたっす」と。


 あぁ、まじ女神だ。世界住民がみんな彼女になれば、戦争も嘘もいじめも、すべてがなくなるのではないかと思う。それほど彼女の朗らかさは声にも顔にも、仕草にも、とにかくすべてに出ている。すべてが優しさの成分でできてそうだ。


「まっ、とにかく新しい部員が入ったことだし、自己紹介でもしましょうか」


 彼女は教卓の上に置かれた身近なチョークを手に取って、黒板に走り書きを始めた。


「あたしは、桜川謳歌よ。いい? 謳歌は桜の花でおうかじゃなくて、この漢字で書くのよ!」


 一々書く必要があるのかはわからんが、一応覚えておこう。


「じゃあ、次はうちの番っすね! うちは甘利晴乃っていいます。後、新入生っす!」


 ほぉ、今日から仮入部が開始されるのに、入部するのが早いもんだな。


「えっと、では次は私ですね。初めまして、二年の蒼井優香といいます。困ったことや辛いことがありましたら、遠慮なく私に私に話してくださいね」


 まじこの人女神なんじゃないの? 多分そうだ、絶対そうだ。悪魔の住むこの部に対抗すべく、天界から送ってきてくださったのだ。


「次はあんたの番よ」


 桜川は手に取ったチョークでこちらを指す。

 あぁ、そうだった、俺も自己紹介が必要だったな。


「二年の平田均一だ。なぜか知らんがここの部員になった。いや、ならざるを得なかった」

「なにがあったんすかね…」

 

 甘利は疑惑気味に桜川のほうに目をやった。おそらく、正当的な勧誘をしたと思っているために、疑っているのだろう。

 その視線を浴びるや否や、桜川は手に持ったチョークで再度、削れかかった古い黒板に何かを書き始めた。


「え、えっとね。平田均一の均一っていう部分は、金に一って書くんじゃなくて、こう書くのよ!」


 ごまかすように黒板に俺の名前を書き始めた。さっきからお前は金八先生か。

 甘利は並べられた俺の名前をじっくり見ると、疑いも忘れ、少々おかしそうに笑った。


「へ、平均先輩じゃないっすか!」


 あぁ、やっぱりこのあだ名はつくよな。小学生、中学生、このあだ名で悩まされたものだ。

 ゆえに、これだけは言っておかなければならない。


「確かに、俺は名前的にも平均だし、オーラとか、容姿も平均的に感じるだろうが、勉学や運動面に関しては平均以上だからな!」

「何を張り合ってんのよ、あんたは…」


 桜川がため息をついていると、その横で蒼井さんはあだ名に関して、甘利に宥めるように注意をしていた。やだ、俺も注意されたい。


「まぁまぁ、とにかく最低限度の部員が揃ったわけだし、万事おっけーね! 今年のアプデ研は荒れるわよ~!」

「せめて、オカ研って言えよ…。 アップデートなんちゃらは活動の名前に重要じゃねぇだろ…」

「うるさいわねぇ、だからあんたは平均なのよ。オカ研だったら、この日本中のどこにでも存在するでしょうが。希少性が大事なのよ、希少性が。平均と希少性は遠縁だからって、むやみに口走らないで頂戴、この平均」

「なんか悪口が所々入ってない?」

「こらっ、だめですよ桜川さん」


 再度、桜川に注意を始めた。蒼井さんも忙しいなぁ。

 と、そんな光景を眺めていると甘利はいつの間にか俺の横に立っており、握手を求めてきた。俺はその手を握る。


「まぁ、とにかくとにかく、よろしくお願いするっすね、へいき… じゃなかった。へい…。えっと、平田先輩!」

「もう平均先輩でいいよ…」


 まぁ、慣れてるし、呼びやすいならどっちでもいいや。


「それで、この部は何をするんだ?」


 桜川たちのやり取りは既に終わっていたので、俺は聞いてみる。


「そりゃあ、アプデ研らしく、オカルト調査よ。依頼、噂、掲示板、投稿、数々の手段を基に、検証していくのよ」

「いいっすね、いいっすね」


 なんか甘利は楽しそうに、興奮している。まぁ、こういう噂や都市伝説の検証とかっていうのは妙に知的好奇心だったり、探求心がくすぐられるものだ。実はと言うと俺もこの部に入ってしまった以上、かなり興奮している。後、なんか桜川はちょっとあれだけど、この部の人たちとは馴染めそうで安心はしている。特に、二年と言う途中学年からの入部でもこうも違和感なく入部できたのはありがたいものだ。


「でしょ、でしょ? アプデ研の沼はかなり深いわよ~」


 どんな沼だよ。


「でも、とにかく良かったです。今年までに部員が後、二人入部してもらわないと廃部でしたから。これも何かの仕合せかもしれませんね」


 にっこりと蒼井さんははにかむ。

 そうですね、俺も蒼井さんをこうして拝むことができて最高です。まぁ、ちょっとこの部にデビルが漂ってるけど。でも、まぁ幸せならオッケーです。


「とにかく、今後も色々あるだろうけど。それも総じて、みんなよろしく!」

「おぉー!」


 桜川の宣言の後に、甘利は天井に腕を掲げた。その後に、蒼井さんも恥ずかしそうにして、控えめに腕を上げた。


 正直、俺は平均だった。今までの生活は大きな波もなく、ただ湾内のような人生を送ってきた。それが不幸とは思わなかったし、不足しているものはなかった。

 けれども、一つだけ望むものがあった。

 それは平均をぶち壊してくれるもの。俺はいっそ刺激を求めていたのだ。だが、その刺激は戦闘欲でも、色欲でもなかった。不変たる日常への説明がつかない変化であったのだ。

 

「ほらっ、あんたも皆に倣って腕を掲げなさいよ」

「あぁ、了解。後… よろしくな」


 腕を掲げていく。

 それは掲揚台に掲げられていく国旗に似ていた。

 ただ、ゆっくりと風に煽られながらも登っていくのだ。ゆっくりと。



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