第2話 出会って五秒でバトル(敗北決定)

 春が来ると、多くの人々は新たな変化と心変わりを胸にして新シーズンを挑んでいく。毎度ながら、この光景に見慣れた俺でもこの心意気は常に抱いている。やはり、これは長く寒い冬を超えた末に、暖かで陽気な春が訪れるゆえに、心がつい緩んでしまうというのが理由だと思う。だから、俺は新学年になってもなお、変わらない現状にそれほど不満を抱くことなく、何か期待しながら揚々とした校内のアスファルトに朗らかに歩んでいる。


 本日の放課後はやや騒がしい。その説明付けは光景を見てもわかるように、部の勧誘で忙しいからだ。もとより、帰宅部の俺には縁のない話だが、傍らには「入っとけばよかったなぁ」なんて思わないこともない。これほどの熱気と怒号が飛び交えば大半の俺の立場の人間はそう感じるに違いない。

 けど、俺が部に入ったところで、別に大して変化ないと思う。校内で一人寂しくしてるわけでもないし、放課後も時折にはゲーセン行ったり、映画を見に行ったりする友はいる。部に入っても日常は大きく変わりやしないのだ。

 なのに、なぜかこの光景を見る度に俺は間違った選択をしてしまったのではないだろうかと考えてしまう。いつもなら変に理屈づけて否定するのに、春はいつもだめだ。考える能力すらも春風に吹き飛ばされしまう。

 あぁ、ダメだ。このままでは後悔してしまうだけだ。


 俺は颯爽にして立ち去るべく早歩きしていく。


 そんな長く甲高い声が響く壁を越えていき、校門の錆びついた酸化銅を眺めるや否や、突如俺は手を掴まれてしまった。油断も何も、こんな外的な力が加わるなど思ってもいなかったので、心臓を躍らせながら、声に上げてしまった。


 ゆっくりと俺は握られた手のほうを振り返る。そこには涙目にした美少女が俺を見ていた。黒い和風なロングヘアーで、ポニーテールにしている。


「な、なんだ」


 いきなりそんな、仲間になりたそうにこちらを見ているみたいな目をされても困る。

 しばらく少女は俺にその麗しい目を見せると、突然俺の手を握り、迫ってきた。


「私たちの部に入ってくれませんか!」


 迫真。俺はどこかにカメラマンでもいて、これは演技の練習ではないかと思ってしまった。いや、実際にそうかもしれない。

 だが、俺には思考力がぶっ飛ばされようとも、妙に根付いた頑固さだけは残っている。なので、当然首を大きく横に振る。


「すまんが、部には入る気はないんだ」

「そこをどうかお願いします!」


 少女はさらに迫り来て、声を何十ヘルツか上げた。おかげさまで、辺りの勧誘部員や生徒たちはこちらを横目でじろじろ見ている。

 あぁ、やめてくれ。


「ま、まぁ、とにかく落ち着け。俺以外にも勧誘すべき部員はそこらにごまんといる。ほら」


 俺が視線をあたりに仰ぐと、全員が目をそらし、その周辺をそそくさと逃げていった。

 おい、待て!


「ほら、あなたが余計なことを言うから逃げて言ったじゃないですか!」

「お前のせいなんだよなぁ…」


 俺が落胆するように言うと、少女は再度目頭に涙を溜めた。


「とにかく、あなたが部に入ってくれないと、私たちは廃部になってしまい、明日の飯にもありつけないんです」

「どんな緊迫な状況なんだよ…」


 てか、マッチ売りの少女ですらもそんな図々しくないぞ…。

 俺が感情に左右されることなく、やり取りしていると少女はつい諦めたのか、指で涙を払った。


「わかりました。ここまでして、私たちの部に入るつもりがないなら…」


 彼女は言葉を溜めるように、息を呑んだ。

 おっ、諦めてくれたか。

 俺は彼女のそんなセリフに一安心していると、すぐさま何やら企みの笑顔でこちらを見た。恐ろしい、確実に何かをしでかす時の顔だ。


「ここで私の無垢さをいいことに、胸を触られ、尻を触られ、しまいには至る所にまで私の初めてを奪われてしまったと公言します」

「待て。それ本気で洒落にならないから。学校にいられなくなっちゃうから」

「そうですね。そうかもしれません。しかも、仮にあなたがその事実を警察や教師に否定したとしても、私は模範生徒ですからね、あなたの言葉を信じることはないかもしれませんしね。さらに、私はかなりの美女の部類です。美女の発言はなにより説得力が強いですから…ね?」


 少女は言い終えると、俺が今までに見たことのない悪面の微笑みをかました。

 やばい。とてつもなくやばい奴に遭遇してしまった。もう、ジャイアンとかそんなレベルではない。てか、これは脅迫罪で訴えることができるレベル。


 しかし、俺の良心は男ながらに美女に弱い。だから、訴えるなどはしない。これを聖人と呼ぶか、単なるアホと呼ぶか。そんなもの大抵の人間が一目瞭然に分別できるだろう。

 と、なれば俺が助かる方法は一つしかないのだが、妥協もどうかと思う。ただ、今この場面において、選択肢は絞りに絞りつくされている。猥褻者になるか、部員になるかだ。

 ていうか、そもそもの元を考えれば、今この場面も非常におかしいと思う。無論、彼女の言動一つ一つも頭がおかしいが、このシチュエーション自体がおかしいのだ。なぜ、ここ一年何も大きなイベントがなかった俺がこんな風にこんな美少女に勧誘されているのか。

 朝の出来事を振り返っても、特別な香水も振っていないし、見た目を変えたわけでもない。いつもの平凡で不変化な俺だ。

 では、なぜ? それはおそらく。


「オカルトか…」


 つい、推察の結論を口にする。

 しまった。俺は何を言っているのか。

 すぐさま、発言を取り消そうとしたが、彼女は口をぽかんと開けている。そこまで変な発言ではないだろうとは思うが、驚いている顔だ。


「もしかして、あんた…」


 手をぶんぶん振られる。


「そうよ、やっぱりそうよ! あんなは私たちの部に相応しいわ!」


 まずい、口調も変わっているし、話の脈略がなさすぎて全く理解できない。

 だが、すべての彼女の言葉が差し出された紙一枚で理解することができた。


「というわけで、改めて気に入ったわ。早速、これに著名してちょうだい」


 宙でぶらんぶらんと浮いた紙に目を向けると、そこには入部届及び誓約書と明朝体で書かれていた。そして、その下の欄には『アップデートver10.オカルト研究会』と書かれてあった。あぁ、オカルトに強く反応したのはそう言うことか。てか、ver10ってなんだよ…。何回アップデートしてるんだよ…。


 正直、著名するふりをかまして、そのままそそくさに逃げようとも思ったが、それもどうかと思う。なんかこいつの場合、狙った獲物は地獄の果てまで追いつめていきそうだし。てか、こんな人間、人生で初めて見たレベル。

 まぁ、幽霊部員的な立場で時々参加する感じでいいか。

 ため息をつく。


「わかった。ペンを貸してくれ」


 少女ははにかんで、「その心意気よ!」と言い、胸ポッケからペンを取り出した。当然、消せないように油性ペンだ。


「じゃあ、ここに名前を」

「はいはい」


 読める程度にざっと、書いていく。

 やがて、自分のネームと学年、組をかき終えた。


「これでいいか」


 と、発言と同時にプリントを渡すと、俺はすぐ様に異変に気づいた。ちらっと、裏に何かが書かれてあるんのが見えたのだ。

 俺はしまったと思った。おそらくこいつのことだ。確実に部員に対して予防線を張ってくるはずだ。


 しかし、遅かった。気づいたときにはプリントは彼女の手に渡っていたのだ。


「ふむふむ、平田っていうのね。私と同い年の…。よし、どうもありがとう。そして、よろしく」


 確実に俺はやられた。彼女の「よろしく」が詐欺に成功した時と同じトーンなのだ。


「では、一応誓約書の内容を確認しておきましょうか」


 あぁ。あーーー。

 彼女は紙を裏返しにして読み始めた。


「まず一、許可なく部をさぼるのは禁ずる。

 二、部長の命令を背くのは倫理的な問題ではない限り禁ずる。

 三、退部は卒業まで認めない。

 四、積極的に部活動に取り組むことを約束する。

 五、団体行動を厳守する。…で、よろしいかしら?」

「コ、コンプライアンス違反…」

「あら? しっかり名前記入欄の下に、裏には誓約書の内容が書かれていると書いてあるわよ」


 「ほら」と見せつけられたので、見てみると確かに小さく読める程度に書いてある。これは気が付かなかった俺が悪いことになる。


「さっ、これであなたは晴れて私たちの部員よ。歓喜しなさい!」

「歓喜するんじゃなくて、悲哀すべきなんだよなぁ…」

 

 肩をガックシ落とす。

 今日は春一番の暖かな日。心をウキウキさせながら、今後の生活をポジティブに目論む日だ。けど、俺にとっての今日はヒマラヤの山頂よりも冷え込んで、視界が悪い。さらには、ビッグフットよりも狂暴な女と出会ってしまった。


 この日を何と呼ぶべきか。そうだな… ただ単純に、厄日でいい。


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