第65話-エトーナ火山とアル
エトーナ火山の七合目付近にぽっかり空いた大昔の噴火口跡。
その入り口に現れたのは、辺境都市ガラムの冒険者ギルドにサブマスターとして潜入していたティエラ教会のエイブラム大司教。
そして背後に整列しているのは数百名のティエラ教会聖騎士団の姿だった。
「アル……」
ヨルは聖騎士団の先頭に立っている数カ月ぶりに見るアルフォルズこと、アルの姿に視線を向ける。
「全員、
洞窟内で焚いていた火と、さっきの爆発のせいだろう。
数百名の豪華な鎧を着込んだ聖騎士団と、同じく豪華なローブを着込んでいるエイブラム大司教は頭から足の先まで
「くっくっくっ……あはっ――ひぃっ、もう、だめっ、面白すぎて――あはははははっっっ」
見た目のシュールさとセリフのギャップで、隣でアサヒナがお腹を抱えて盛大に笑い出す。相当ツボに入ったらしく、目尻に涙を浮かべている。
「えぇい! うるさい! 神ヨルズの力を手に入れた我々の最初の生贄にしてくれるわ!」
「はははっっ……はぁはぁ……ふぅ……、なぁ、ヨル、あいつらどうしていきなりキレているんだ? 私は何もしていないぞ?」
格好良く登場したつもりにもかかわらずアサヒナに爆笑され、エイブラム大司教は顔に青筋を浮かべて叫んでいた。
「私の昔住んでいた地域で、ああ言うのを『逆ギレ』って言うの」
「逆ギレ……?」
「自分の正しさを証明できないヤツが、とりあえず怒鳴り散らしてマウントを取ろうとしているだけよ」
「マウント?」
「有利に立ちたい……みたいな?」
二人は岩石の上に立ち、崖上の煤だらけの集団を眺めながら立ち話を始める。
その様子を見ているエイブラム大司教の肩はプルプルと震えていた。
恐らく顔も真っ赤になっているだろう……煤だらけだが。
「ええい! 笑っていられるのも「今のうちだ!」!」
「あはははっっ! ヨル今のぴったり同じセリフだったぞ! あはははっっっ」
せっかく爆笑から復帰したアサヒナがまたもやお腹を抱えて笑い出す。
ヨルは、アサが酔ったら笑い上戸なのかなと考えつつ、頭の血管が切れそうな表情をしているエイブラム大司教を眺める。
(こんな寒いのに、両手バタバタさせて元気だなーあ、メガネも割れてるじゃん)
「もう許さん、貴様らは血の一滴まで搾り取って我らが神ヨルズの生贄に使ってくれるわ! 聖騎士団、かかれぃ!!」
(血なんて要らないわよ……)
ヨルは腰に手を当て、頬をぷくっと膨らませる。
隣ではアサヒナがまだ笑い転げて居るので、ヨルは「もういいか」と思いグローブを締め直し、構えを取る。
上を見るとアルを先頭にして、煤だらけで無表情の聖騎士団数百名が一斉に駆け下りてくる。
「アルー、そのまま走るとコケるわよー! 【
ヨルは笑いを堪えながら、拳に魔力を集め相手を殺さないように詠唱破棄の低威力版魔法を発動する。
大地にめり込んだヨルの拳を起点に山頂に向けて一気に亀裂が走る。
まるで稲妻の跡のような軌跡が斜面を走り下ってくる聖騎士団に向かう。
「あ……っ」
笑いながらも、その様子をちゃんと見ていたのか隣からアサヒナの声が聞こえた。
ヨルの拳を起点に伸びた亀裂は聖騎士団の先頭を走るアルの目の前に辿る。
そして一気に左右に割れ広がり、その大地を片っ端からひっくり返してゆく。
まるでオセロがひっくり返るように地中の岩が地表に飛び出て、地表にあった岩は水に落ちる様に地面に沈んでゆく。
当然、突然現れた穴や岩に足を取られ先頭集団が足を取られ倒れてしまう。
そして倒れた聖騎士に足を取られた後続が次々と巻き込まれてる。
一度そうなってしまうとあとは雪崩の様に、重力に引っ張られる様に転げ落ちるだけだった。
「ヨルは攻撃時魔法は使えないのでは?」
「これ? ただの畑を耕す魔法よ?」
「…………絶対に違うと思う」
「そんなこと言われても、指定した範囲の地中と地表を入れ替えるだけだもん」
「だもん……って、そんな頬っぺたを膨らませながら言われても、あの惨状どうするんだ?」
六合目付近から転がり落ちてくる数百人の鎧を着込んだ聖騎士たち。
「とりあえず止めようか、こっちも怪我しそうだし……んと、【
ヨルが再び地面に手を置き魔法を行使すると、転がり落ちてくる集団の前が突然音もなく沈み始める。
そして一メートルぐらいの深さの穴が左右に広がってゆく。
そこに次々と聖騎士が転がり落ち、最終的に山の斜面に全身鎧を敷き詰めた絨毯の様な景色が出来上がった。
何人かがピクピクと動いているが、ほとんど気絶してしまったようだ。
「ヨル……」
「これ、穴掘りの魔法ね。ゴミ捨てとか便利よ?」
「一軒家でも捨るのか?」
アサヒナの「何言ってんだこいつ」と言う視線を無視して、ヨルはサタナキアにお願いする。
「ぷーちゃん、範囲化手伝って!」
『お任せくだせぇ!』
ヨルはサタナキアをぎゅっと片手で抱きよせ、穴にぴったりハマった聖騎士団に目を向る。
サタナキアは暴発しそうな感情を押し殺し、
『【
「【
サタナキアへ向けた【
「これでよし……っと」
ヨルは集団の先頭部分でひっくり返って気絶しているアルの元に近づく。
「アルー、ちょっとアルー起きなさいー!」
ヨルがアルのショルダーガードを突付きながら声をかけるが、アルはピクリとも動かない。
「んー……」
ヨルは唇に指を当てどうしようか考えていると、アサヒナが隣に追いついて「どうするんだ?」と眼で訴えかけてくる。
仕方がないかという表情でヨルはその指をアルの口元に当てる。
「【
「ぎゃばばばばば!」
『アネさん……』
「ヨル……」
「えっ? 何?」
ヨルが視線を上げるとアサヒナとサタナキアが並んで半眼になっているのを見て疑問の声を上げる。
「ヨル流石にそれはひどい」
『アネさんせめてもっと優しく』
「きっ――貴様らぁぁぁ!!」
「だって、仕方ないじゃん……起きないんだし」
「だからといってそれはひどい」
『完全に白目向いてやす』
「聖騎士団を倒したところで思い上がるなよ!」
「まぁそのうち目を覚ますわよ」
「起きるか? これ」
「こうなったら――我が力で召喚した神ヨルズの眷属の力を思い知れぇぇ!」
「じゃぁポーションをトクトクと……」
「あ、鼻から出た」
「話を聞けぇぇぇ!!!!」
高みの見物をしていたエイブラム大司教の叫び声が虚しく冬山に響いたのだった。
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