第64話-エトーナ火山と山羊
「ヨル、左に六」
「――はぁっ!」
岩だらけの山腹にヨルの叫び声が響き、腹に穴を開けた山羊のような姿の魔獣が次々と崖下へ落ちてゆく。
「ふぅ……」
「しかし、出てこないな」
『気配は動きやせんね』
雪の降るエトーナ火山の山頂に向けて登り始めて二時間が経過していた。
地熱のため雪が降っていても道に積もっておらず、所々湯気かガスかわからないものが吹き出ている岩山が延々と続いている。
登り始めた頃は、姿を隠しながら登ろうと二人は話し合っていたのだが、サタナキアが残りの連中の位置を調べた結果、話に聞いていた七合目付近の洞穴を発見した。
その付近に大量の人間の気配を感じたということで、道中の不意遭遇戦はないと判断して、二人と一匹は普通に岩山を登り続けていたのだった。
「それにしても、さっきから山羊ばっかりだな!」
『アサちゃんは、なんであっしを見ながら言うんですかい?』
「なんとなく」
五合目に差し掛かろうとしたころ、この辺りを縄張りにしているのか頭から角を生やした山羊に似た魔獣が姿を現したのだった。
殆どが4本足だが、何匹か人間と同じように二本足で立っている個体も見受けられた。
ヨルも内心「ぷーちゃんの親戚かな?」と、割と可愛そうな事を考えながら次々と襲いかかってくる魔獣の相手をしていた。
「それはそうと、そろそろお風呂入りたい」
シンドリを出発して四日目。
冬とはいえそれなりに汗をかいており、何度か戦闘もしてるためにヨルのお風呂欲がそろそろ溢れそうだった。以前のように岩陰に穴を掘ってと言い出すところなのだが、今回はヨルもグッと我慢をする。
なぜならすぐ上を見上げると、目的にしている七合目の噴火口跡とやらが上の方に見えているのだ。
山肌にポッカリと空いた横向きの穴。横幅三十メートルぐらいだろうか、暗い穴が口を開けていた。
そして流石のヨルも、このタイミングでお風呂に入る危険は冒せない。
「終わったら眠るまでお風呂に浸かりたい」
「太るぞ」
「なんでよ!」
「風呂に入ると、ふやけるだろ?」
ふやけるのと太るのは別だとヨルの説明を聞きながら、右側から突進してくる山羊を足捌きで躱し通り過ぎる側面を斬り伏せるアサヒナ。
なお、ヨルはいつも通りのスタイルだった。
「はぁっ! 【
――ズドン!と地面に鉄球を落としたような音を立て、山羊の魔獣が崖下へ吹き飛んでゆく。
「なぁ、それ前も使ってたけど、どんな技なんだ?」
「これは【
「なるほどなー! 私の軍靴に【
「詳しくは今度教えるけど、多分それよりも速い――よっ!!」
アサヒナと雑談をするように話をしながら、ヨルは二本足で走って襲いかかってくる山羊の急所目掛けて回し蹴りを入れる。
――メ゛ェ゛ェ゛ッ!!
『ひっ――』
白目を向いて崖下に転がっていく山羊の魔獣を見ながらサタナキアが情けない声を上げる。
なんとなくシンパシーを感じたのかなと考えながらも、ヨルは流れ作業のように襲ってくる魔獣を屠っていった。
――――――――――――――――――――
およそ十五分後。突然現れた山羊の集団は一匹残らず殲滅された。
手の届く範囲に転がっている山羊は、後で解体してジンギスカンにしようとヨルは巾着に収納していく。
「その巾着、かなり不思議な光景だけど、どれぐらい入るんだ?」
「んーさすがにこれ以上は無理」
流石に正直に『街一つ分入るよ』とは言えなかった。
アサヒナにそんな事言うと「入れてみてくれ!」とか言うのは目に見えていた。
そうして、次々と山羊を巾着に収納していると、サタナキアが突然叫び声を上げる。
『アネさん! 爆発しやす!』
ヨルとアサヒナは何も聞き返す事なく、サタナキアが視線を向けている方角の影になるように、大きな岩の影に滑り込み身をかがめた。
その直後、山頂近くに見えていた巨大な噴火跡から膨大な炎が吹き出し、大小様々な岩石が雨のように降り注ぐ。
エトーナ火山全体が振動しているかのような揺れに、周りに転がっている岩石が次々に崖下へと転がってゆく。
「噴火――!?」
『いや! 何かが界を渡ってくる気配を感じやした!」
「干渉波か……!」
それはこの世界にあらざる物が、この世界に現れたと言う事だ。
悪魔などの存在をこの世界に呼び寄せる召喚魔法というものは二種類有る。
呼び出してから契約する場合と、契約してあるものを呼び出す場合だ。
前者の場合、呼び出された物の力に比例する様にこっちの世界で干渉波と呼ばれる現象が起きる。
それは地震であったり爆発であったり、大洪水なんて現象も確認されたことがある。
「儀式とやらが終わったのか!?」
「どうかな…っ!」
ヨルは降ってくる岩を拳で迎え撃ちながら、少し離れた位置で身を守っていたアサヒナの隣に合流する。
「どちらにせよ、急いだほうが良いかもね」
岩陰から顔を覗かせ爆発のあった噴火口跡の洞穴を確認すると、横長だった穴が縦にも裂け、入口が倍以上の大きさになっていた。
『なにか出てきやす!』
サタナキアの声に目を凝らすと、洞穴の入り口に幾つもの影が現れた。
「……そこにいるは解ってるぞ王国の狗め!」
豪華なローブを身に付けたメガネ姿の男――エイブラム大司教が声を張り上げた。
「……アル」
そしてその隣に立っているのは、ヨルが久しぶりに見た顔だった。
その表情からは感情は読み取れない。そしてアルの背後には、聖騎士団の大群が佇んでいたのだった。
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