第63話-エトーナ火山③
直立不動で整列している聖騎士団に向け、アサヒナが歩みを進め残り五十メートルほどになったとき、聖騎士たちが突如抜剣する。
その動作の揃いっぷりは機械のようで若干気持ち悪い。
「動けなくするか……足の腱でいいか」
「告げる! それ以上近づくな! この山は我らが聖地! 重要な儀式の最中ゆえ、即刻立ち去れ!」
それまで沈黙を守っていた聖騎士の一人が大声で警告を発するが、アサヒナは一切を無視し近づいていく。
残り二十メートル。聖騎士たちが一斉に剣を構え、攻撃に移る動作をする。そして間もなくお互いの射程だという距離に迫った途端、アサヒナの姿が掻き消えた。
「――早い!」
木の上から観察していたヨルの目が、身を極限まで屈め騎士の間を縫うように背後に走り抜けるアサヒナを捕らえていた。
通り抜けざまに斬り付けられた騎士の鎧は紙を破ったようにパックリと切り裂かれ、赤い血が滲んでいた。
「ぐっ……」
短い呻き声だけを残して四名の騎士が倒れ伏す。
「さあ、
不敵な笑みを浮かべアサヒナは剣を奮って血を落とす。
突然背後に回り込まれた騎士たちは、とっさに向きを変え剣を振りかぶるが、その剣が振り下ろされるより早く、アサヒナの
『アネさん、あれ【
「んー装備品だろうけど、私と同じぐらいかちょっと遅いぐらい?」
ヨルはウズウズしてきた拳を握りしめ戦局を観察する。とは言っても一人の王国騎士に聖騎士の集団が一方的に切り捨てられているだけだが。
「貴様っ!」
やっと聞こえた人間らしい声に目をやると、一人だけマントを羽織っている聖騎士が激昂しアサヒナの前に立ち塞がっていた。
それに従うように残り無傷の聖騎士もアサヒナの周りを取り囲む。しかしこの時点で半数近くがアサヒナに斬られている。
足を斬られたものは立ち上がれず呻いているが、腕や胴を斬られたものは傷口を抑えつつも構えを解かない。
「一騎討ちか?」
アサヒナも
「我が聖剣の錆にしてくれる!」
少し痛いセリフを吐きながら聖騎士が大剣で斬りかかる。
「あっ……」
アサヒナの
アサヒナは咄嗟に身をひねり、聖騎士の脇腹に蹴りを入れた反動で間合いをとった。
「魔法……か?」
痛みに歪むアサヒナの肩口からは真っ赤な血が滴り落ちていた。
「ふっふっ……邪教徒には我が聖剣は防げまい」
「たかが擦り傷一つで偉そうだな」
アサヒナは剣を片手で構え直し、相手も大剣を上段で構える。
「全員でかかれ!」
「――ちっ!」
聖騎士の号令とともにアサヒナの八方から、周りと取り囲んでいた聖騎士たちが斬り込んでくる。
アサヒナは素早く視線を動かし、己の状況を確認して一番ダメージが少ない立ち回りを頭の中で素早く思考する。
「ふん! 邪教徒の分際で我――ぶきゃらっ!?」
セリフの途中で見事な錐揉みで吹っ飛んで行くマント付き聖騎士。
一瞬呆気に取られたアサヒナが目を逸らした瞬間に、アサヒナに近い順から聖騎士が次々と吹っ飛んでゆく。
その鎧には小さな拳の形に凹んでいる。
「はぁ……ごめん気持ち悪かったから、つい」
「いや、それは構わないが、どうやってここまで」
「【
「うん、よくわからんが、横取りはよくないな」
視線はヨルに向けつつ、アサヒナは左から切り掛かってくる騎士の手首を
「ほら一応怪我してるんだし」
ヨルも背後から襲い掛かろうとしている騎士の胴体に、半歩足を下げた勢いで肘で一撃。反動で下がってきた顎を拳で殴り上げる。
それだけで全身鎧姿の聖騎士が冗談のような勢いで吹き飛んだ。
「これぐらい私一人で行けると言っただろ」
アサヒナは二人同時の斬撃を上半身を捻るだけで交わし、剣が通り過ぎた瞬間に一人の顎を柄で殴りあげ、そのままもう一人の肩口へ斬り下ろす。
「まぁ私も朝の運動したかったって……事でっ!」
ヨルは最後の仕上げとばかりに身を屈め、まだ立ったまま剣を構えている一人の聖騎士へ接近する。
「これで終わり――っ!!」
勢いそのままに突き出された拳は鎧を貫通し、胴にめり込み倒れ伏した。
――――――――――――――――――――
「で、貴方達は教会の聖騎士団でいいの?」
「黙れこの邪教徒どもめ! 我らの聖地を汚すとは神罰がくだるぞ!」
「あーはいはい、そう言うのはいいから」
ヨルとアサヒナは五十人の聖騎士を全員ロープで縛り付ける。
その際、まだ元気がある騎士の人にはもう少しお眠りいただいてから丁寧に縛っておいた。
そうして、五十個の簀巻き騎士を前に、ヨルとアサヒナは事情を聞くために一人だけマント姿の騎士に水をかけて起こしたところだった。
「貴様ら! 我が教会の――「はぁ……【
ヨルが聖騎士の頭を押さえ【
「わ……私はなぜこんなことを……?」
「どうやら、これでいいみたいね」
今まで「正しい」と思っていた目的が「自分で考えた結果」ではない事に混乱して狼狽する隊長。
「ヨル、今のは?」
「ただの解毒魔法よ」
――――――――――――――――――――
ヨルは聖騎士団に掛けられている魔法とその効果、解除するための方法を事細かく説明する。
他の縛られた団員は面倒なのでそのまま転がしてある。隊長が理解してくれれば、あとはそっちで説明してもらおうと言う魂胆だ。
「つまり、この魔法は誤った目的を刷り込むもので、解毒魔法があれば解除できるわ」
「……そんなまさか」
一通りヨルが状況を教えたのだが、隊長は信じられないと言う表情をするのも無理もない話だろう。
教会内部で精鋭を名乗る聖騎士団ほぼ全員が大司教により操られ、急進派の目的のためだけに操られていたなんて、すぐに信じられないだろう。
「貴公、ヨルを疑っているのか?」
「いえ……ご説明頂いた事については筋が通っておりますし、私どもを解放いただいたことに感謝しております」
隊長は両膝を付きガッカリとうなだれている。時折脇腹を
「ただ、エイブラム大司教がこのような大それた事をしでかした事に……」
「なるほど、貴公には同情するがいくつかの質問に答えてくれないか?」
「は、はい」
アサヒナは「聞くことがあるんだろう?」とヨルに視線を向ける。
「この上にあと何人ぐらいの聖騎士団がいるの? あと大司教もそこに居るなら何をしているのか教えて」
「はい、私の記憶では第一大隊の五百名が揃っていたかと記憶しています。大司教の姿もありました」
「五百……」
ヨルは呟きながら山頂に目をやるが、険しい山頂に、そのような大人数が待機できる場所があるようには思えない。
「七合目付近に大きな噴火口がありまして、その奥に祭壇がございます。そこにテントを張り待機しております」
しかしそんなヨルの疑問を察したように隊長が答えてくれた。
「そっか……じゃあ貴方達は全員解毒してあげるから、みんなに事情を説明した上で街まで戻っててください」
「そんな! 我らも是非お使いください」
ヨルは口元に指を当てながら暫く考えるが、やはり今回は予定通りアサヒナと二人で行こうと決めた。
むしろ、鎧姿の集団を引き連れて雪山登山など現実的ではないと判断した。
その代わり、ヨルは隊長さんに一つをお願いということで、残り五百名を街で受け入れる事ができるように準備をしてもらいたいと伝えた。
「わ、わかりました」
「あ、でも何人か待機しててもらってあとで下山してくる聖騎士団員への説明役で残ってて欲しいかも」
そう言いながら、ヨルは近い順に【
そして怪我をしている者には、購入しておいたポーションを渡し傷を癒やしていく。
五十名の聖騎士のうち、隊長を含む十名がここに残り、後続の聖騎士への案内をしてくれることとなった。
残り四十名もしばらく休憩した後、先にシンドリへと向かう事となった。
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