第66話-幻獣王テュポーン
ヨルとアサヒナがしゃがみ込んで、動かなくなったアルをぺちぺちと叩いていると、洞穴のほうから膨大な魔力の塊が飛び降りてくる気配を感じた。
「うわっ……っと」
――腹の奥に響く轟音と共に、巨大な魔獣のような生物がヨルたちの隣に着地する。
「これで、貴様らも終わりだ! テュポーン、そいつらを殺せ!」
エイブラム大司教が"自称"神ヨルズの眷属とやらに命令を下す。
『永き眠りより解き放ってくれた礼だ。この俺”幻獣王テュポーン"様がそれぐらい引き受けてやる』
流暢な人の言葉を発するのは、おおよそ人とは似ても似つかない生物。
それは遥か昔、幻獣と称されていた魔獣の王。暴虐の化身、破壊の嵐など、さまざまな呼び名で恐れられていた化け物だった。
「ふはははっ! 王国の狗どもめ、震えて命乞いでもしてるんだな!」
遠くからエイブラム大司教の声が聞こえるが、ヨルは目の前の巨大から目を逸らせないでいた。
ヨルとアサヒナを足してもまだ巨大な身体。背中から生えているのは始祖鳥の様な翼で、脚は無く、代わりに蛇のような身体が三本生えている。
「うっわっ……本当にでた」
「ヨル……」
ゴミを見る様な目になってしまっているヨルの隣で、アサヒナが青ざめた顔で歯をカタカタと鳴らしていた。
「ヨル、これは無理だ……人の手に余る……私が時間を稼ぐから……逃げ、ろっ」
『アサちゃん、額を――【
「あっ…………ぷーちゃん……すまない」
サタナキアの魔法により精神力を強化されたアサヒナはハッとした表情になり、なんとか持ち直すことができた。
「アサお願い、下がってて」
「わ、わかった……!」
ヨルがテュポーンから目を離さず、アサヒナに下がるように言うのを聞き、アサヒナは悔しそうにしながらも素直にヨルの後方まで下がって距離を取る。
ヨルはそれをチラリと見届けてから目の前の巨躯に視線を戻した。
『はっ、矮小な種族が相手とは……なっ!』
「ちいっ!」
テュポーンの口から真っ青な炎が
「まるでレーザーね」
『アネさん、あっしが行きやす』
「ぷーちゃんは一旦アサの防御に!」
ヨルの声に従い、サタナキアは素早くアサヒナの正面に回り防御魔法を展開する。
ヨルは次々と迫り来るブレスを下へ下へと移動しながら避け続け、聖騎士団やアサヒナの近くからなるべく離れる。
『はっ、逃げろ逃げろ! どれぐらい生き残れるか試してみるが良い!』
(とは言うものの、どうしたもんかな……っ)
そのブレスは見た目こそ小さな範囲にしか当たっていないが、これは単純に遊ばれているだけだ。
奴が少し力を入れたブレスに切り替えるだけで辺り一帯が火の海になってしまう。
一度羽ばたけば、岩山はめくれ上がり、地を蹴って移動しようものなら山肌はごっそりと崩れ落ちてしまう。
テュポーンが何も意識せずとも、少しその影響にふれるだけで人間やセリアンスロープにとっては致命的なダメージになってしまうのだ。
ヨルはある程度、山を下って聖騎士団たちと十分な距離を取ると今度は弧を描くように山頂の方へ向かって移動方向を替えた。
『ふははは、お前よく見るとなかなかの美人だな! 痛めつけたあと、俺の子を産ませてやろう!』
(――きもっ!!!!)
テュポーンが叫びながら口からレーザーブレスを撃ってくるのを、ヨルは十分引きつけてからジャンプをして躱す。
着弾した岩は衝撃で砂利のように粉々に砕け、その熱で真っ赤になっている。
『安心しろ! 腕の一本や二本など千切れてもちゃんと使ってやるぜ!』
(ふざけんなっ……触れたら身体ごと蒸発するわよ! ――っっ!?)
直撃は受けていないが、気づけば掠ったブレスや飛び散った小石やらが当たりシャツは既にボロボロになっていた。
ヨルの移動方向が横から上に変わる頃、痺れを切らしたのかテュポーンが蛇の身体で器用に地面を蹴り、一気にヨルの目の前まで移動する。
テュポーンが立っていた岩が衝撃で爆散するのと、その手がヨルに伸ばされるのは殆ど同時だった。
(ぐぅっ……!!)
ヨルの肘がミシミシと音を立て、赤い血が滴り落ちる。
「――ふっ!!」
ヨルは自分の肘を掴んでいる醜悪な腕を、背中のバネだけ使って蹴り上げた。
だが普段は岩すら砕くヨルの蹴りだがテュポーンの腕はびくともしない。
『くくっ、なかなか面白れーなお前! ほら、もっと抵抗してみろよ。』
「言われなくても……っ! 【
ヨルは再び脚で蹴り上げ、テュポーンの腕に触れた瞬間に体内で発動させていた【
雷撃の勢いで力が弱まった瞬間に両腕を引き抜き、地面に着地すると巾着からポーションを取り出し両腕に振りかける。
『ぐっ――ちょっとピリッとしたぞ。そうか直接魔法を流し込んだのか……ますます面白れぇ』
距離をとったヨルに巨体を向き直し、不敵な笑みを浮かべるテュポーン。
「はぁ……やっぱりこのままじゃ無理かー……やだなぁー」
――――――――――――――――――――
ヨルがテュポーンのブレスを避けながら戦いの場を離し、アサヒナの立っていた場所からはテュポーンの頭部だけが見えるだけになってしまった。
「ぷーちゃん、ヨルは大丈夫なのか?」
『……アネさんは大丈夫でやす。それより今のうちにこの騎士どもを』
「…………わかった」
アサヒナは
「いい加減に起きろぉ!」
「ぐあっっ! …………こ、ここは……? そうだ、ヨルっ!?」
「ほら、とっとと全員起こして麓まで下山しろ」
「お前は……?」
「アサヒナ・フォン・フィンブル。スヴァルトリング女王 近衛騎士団の団長だ。ヨルが時間を稼いでいるうちに怪我人連れて麓まで撤退しろ。操られていた間も意識はあったはずだし状況は理解しているはずだ」
アサヒナは麓で聖騎士団と戦った時に、ヨルからこの魔法について説明を受けていた。そのため、アルたちが何が起こったのかをちゃんと覚えていると知っていた。
「……わかった。まずは全員起こすから手伝ってくれないか?」
アルはアサヒナに頭を下げ、アサヒナも仕方がないなと言いながら、倒れている聖騎士達を片っ端から起こしていく。
「目を覚ましたものは気を失っているやつを叩き起こせ! そして順に麓まで撤退しろ! まっすぐ降りたところに第四分隊が待機している!」
ガラムの街でのアルの姿しか知らないヨルが見たら、高確率で笑い転げてしまいそうな口調で部下に次々と命令を下していくアル。
それを横目で見ながらアサも反対側の集団から蹴り起こしていく。
『あっしも手伝い……』
サタナキアも手伝おうとしたところ、ごっそり自分の魔力がもっていかれる感覚を覚える。
『アネさん……!!』
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