第56話-貿易都市シンドリ②


「……起きちゃった」



 昨夜お腹いっぱい食べすぎたせいか、身体はそれなりに疲れていたのだが陽が昇る前に目が覚めてしまったヨル。


 しばらくシーツの間でゴロゴロと惰眠を貪り二度寝をしようかとも思ったのだが、外の市場から聞こえてくる威勢の良い声に、すっかり目が冴えてしまった。



(起きよ……)



 すっかり冷えてしまっている部屋を温めることもなく、ヨルは手早く服を着る。


 暖炉前にあるテーブルの上で座っていたサタナキアにリュックに入ってもらってから、早すぎる時間だけれど動き出すことにした。





『例の教会へ行くんで?』


「とりあえずはね」





 一階に降りると既に仕事を始めていた亭主に挨拶をし、宿の扉を開けると外はまだ薄暗く、流石にシャツとスカートだけでは寒く感じて巾着からケープを取り出した。


「ヨルさん、良かったら使うかい?」


 背後から声をかけてきた亭主の方を振り向くと、その手に黒色の毛糸のようなもので作られたマフラーの様な物を持っていた。


「これ毛糸の帽子とマフラーが一つになってるやつなんだ。外は冷えるし、誰も使ってないから良かったら持ってきな」 


 受け取った物を広げると、ニットの帽子。なぜか頭部分にはちゃんと耳が入る部分もある。


 これはこの街で売られている工芸品の一つらしく、どうせ猫耳の形にするなら、ちゃんと耳を入れられる様にしようとした結果らしい。




 ヨルは前後の向きを確認して、耳付きのニット帽を被る。


(温かい……)


 こめかみの部分に垂れ下がってる長い部分をマフラー代わりにできる構造でそのまま長い部分を首に巻き付ける。


「ありがとうございます。耳あったかいです」


「おう、似合ってるぜ」


「じゃぁちょっと観光に行ってきますね」


「市場は日が昇ってしばらくすると閉まっちまうところもあるから、回りたいところがあるなら先に回るといいぜ」


「わかりました」



――――――――――――――――――――




 まだ薄暗い街を大聖堂の方へ向かってヨルは小走りで向かう。

 道の両端にある露店や店舗はまだ閉まっているところばかりで人の姿は殆ど見えない。港の方からは人の声が聞こえるため、起きている人は殆どそちらに行っているのだろう。




『アネさん、見えてきましたぜ』


 宿からでも大きく突き出している尖塔の部分が見えていたのだが、その外観の全容が見えるところまでやってきた。


 ゴシック様式のような建築物で大きく突き出た二つの尖塔が下からだと更に大きく見える。正面の一際大きな入口部分は細やかなトレサリーで装飾されており、建物左右の翼廊は修道僧達の寮にでも使っているのか、小さな窓が幾つも並んで見える。



「やっぱりまだ誰も居ない……っと」



 正面の門は固く閉ざされているのだが、その近くにある小門のような小さい扉から明かりが漏れており、人の影が動いているのが目についた。


 ヨルは周りを気にしながらも教会の敷地に入り、小門のほうへ近づいていく。





「なにか御用でしょうか?」


 扉の中から修道女のような服装の女性が顔をのぞかせ、ヨルに声をかけてくる。

 手には木でできた桶をもっており中には雑巾が見える。

 扉の向こうには身廊が見えており、大理石で作られたような飾り天蓋や祭壇が見える。祈りを捧げるための椅子や床を、何人もの修道女が手分けをして拭き掃除をしていた。


「すいません、朝の礼拝は鐘がなってからになりますのでもう少しおまちください」


「あ、少し聞きたいことがあって……」


「?」


 ヨルはこの修道女に正直に伝えても良い物なのか一瞬悩む。


「えっと火山に向かった聖騎士団の事で話を――」


「お話しすることはありません」


 修道女は穏やかな表情から一転、突然不機嫌な顔になり問答無用で扉を閉めようとする。いくら触れられたくない話題だとしても、この態度の変わり様にヨルはびっくりする。



「すいません! 教会の親友が火山に向かったと聞いて、心配で!」



 ヨルは咄嗟にそう言いながら閉まろうとしている扉に手をかける。

 一瞬だけど抵抗を感じたがすぐに扉は開かれた。


「まぁ……すいません記者の方かと思い失礼しました。ご心配でしょう……中でお話を伺います」


「あっ、ありがとございます」



 少し表情が和らいだ修道女に案内され、ヨルは大聖堂に足を踏み入れる。


 中で掃除をしている修道女たちが、突然入ってきたヨルに訝しげな視線を送るが、すぐに気にしなくなり掃除を再開する。


「それで親友というのは?」


 促され椅子に座ったヨルの隣に、修道女も腰掛ける。




「アル――アルフォルズって言う――」


「アルフォルズ団長は南のガラムに居られます。ここにはおりません」


(団長……)


 修道女が「ガラムにいる」と言ったことより団長という響きの方が衝撃だった。


「私、そのガラムから来たんです。アルがシンドリに行くと手紙だけ残して突然居なくなったので私……」




(……ちょっと猫かぶりすぎたかな)




 ヨルは「親友が心配で、探しにきた」というフリをしているつもりだったが、普通年頃の娘がそれだけの理由で、南端のガラムから北端のシンドリまで旅をしようとしない。


「それでお一人でこんなところまで……?」




(アネさん……酷く重い女だと思われてるんじゃないですかい?)


(……気にしちゃ負けよ)




「失礼ですが、アルフォルズ様とはどの様なご関係で?」


「えっ……命の恩人……かなぁ?」


「アルフォルズ様がどういう意図で貴女を助けたのかは判り兼ねますが、手紙を残して貴女の前を去ったのでしたら、それで終わりではないのですか? 手紙を真に受けてここまで来たのでしたら些か重――いえ、のめり過ぎて居るかと」



 サタナキアに指摘された通り、かなり重い女だと思われていたことに、ヨルは頭を抱える。


 とりあえず、ヨルは最初から勘違い部分を指摘して行こうと、アルと会った時のことから別れるあたりまでの事を説明したのだった。


 もちろんアルが居なくなったときの状況については、触れないように話をした。



――――――――――――――――――――



「貴女がアルフォルズ様よりお強いというのは信じられませんが、傭兵ギルドに所属しているということは腕はたつようですね」


「……それより聖騎士団がエトナ火山で行方不明というのは本当ですか?」


「確かにあの山は教会の聖地の一つであり、定期的に調査隊が入っておりますが、聖騎士団が向かったという話は聞いたことがありません」


「……そうですか」


「ですが、貴女が言う事を信じるならアルフォルズ様は既にガラムを離れていると」


「そう……ですね」



 この修道女は何も知らなくて、アルがまだガラムに居ると思っているか、知っているが隠しているのか。




(でもヴァルが『聖遺物を運ぶため王都の教会を訪れた』って言ってたのよね……アルの様子がおかしかったとも言っていた)




 考えられる理由としては、アルの上の人間が教会内部にも黙って、聖遺物とやらを輸送することになったと言うのが一つ。


 それならば正直に仕事で街を離れるといえば良いだけの話なのだが、あえて嘘の手紙を残していった。




(教会の他の人間に知られないため? 違う、ガラムを離れる段階で既に誰かに操られて居たって考えるのが自然か)




 アルは操られて自我が無くなってしまう可能性を見越して、ヨルの部屋に書き置きを残したと仮定すると、やはりアルは誰かに命令され聖遺物とやらをエトーナ火山に運ばされたのだろうか?



(聖遺物をエトーナ火山に運んで何を……)




 ヨルの脳裏に、例の黒ローブ集団が思い浮かぶ。

 街一つを余裕で吹き飛ばせるレベルの力を持つ大悪魔を召喚した、教会関係者と思われる集団。


 ヨルが片っ端からボコボコにしても怯まず、自分の命をあっさりと使ってサタナキアを召喚した。




(あの黒ローブ連中も誰かに操られていたってこと?)




 誰かが聖遺物とやらを手に入れ、エトーナ火山で何かを召喚させようとしている。

 召喚に使う贄は人の命。そのため、全員死亡したと発表したということだろうか。


(それなら、聖騎士団が全員死んだと記事になっているのに、この人はそれを知らない……どうして?)


 その時、大聖堂の鐘楼から綺麗な鐘の音が響き渡り、大きな扉が開く。


 祈りの時間とやらが始まり、ぞろぞろと信者の人たちが入ってきて思いも思いの席に座っていく。




「すいません、お祈りの時間なのでこれで」


「私もお祈りしていっても良いですか?」


 ヨルがお願いすると、「どうぞ」と言って修道女は祭壇の方へ向かっていくのを見送った後、そのまま席に座り、次々に埋まる席を眺めながら考えをまとめる。


(何かを召喚するために、アルが操られて聖遺物を運ばされていると仮定するなら、やっぱりエイブラムが黒幕か)



 そこまで考えたところでふと顔を上げると、祭壇にシンプルなローブを身につけた司祭のような老人が祈りの言葉を紡いでいる。





『ーー大地を司る我らがヨルズ様の御加護があらんことを』





「えっ…………えええええっっ!?」




 突然厳かな祭壇にセリアンスロープの少女の声が響き渡った。


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