第57話-ティエラ教会
「
司祭が祈りを中断して
「す、すいません」
ヨルは立ち上がり、帽子を脱いで頭を下げる。
周りの信者や司祭までもがヨルの頭から生えている耳を見て何かに気づいたように驚いた顔をするが、祈りの最中のためか直ぐに正面に向き直ってゆく。
「ほほっ、素直なお嬢さんですね。これからはなるべくお静かに祈りを捧げてください」
ヨルは改めてすいませんと言い、席に座ると何事もなかったかのように司祭は祭壇に向かい直した。
(えーっと、えっ? どう言う事?)
ヨルはバクバクしてる胸に手を置き、なんとか心を落ち着かせる。
ヨルは宗教に興味がなく、今まで気にもしていなかったが、教会というものは何かの神を崇め教義を広めているのだ。
このティエラ教会が信仰している神こそ大地神ヨルズだった。
かつて大陸を豊かにし、人々に恩恵を与え、この世界を守るためにその身を犠牲にしたと伝えられている母なる神の教義を広める団体であった。
(えー……)
仮にも自分の前世を崇めている教会のせいで、今の自分が面倒なことに遭遇しているという事実にヨルは頭痛を覚えてしまう。
(全部潰そうかな……)
『ヤりますか?』
(……やりません)
「やりますか」と言いそうになるのを堪えて、ヨルは取るべき手段を考えることにした。
――――――――――――――――――――
礼拝の時間が終わりぞろぞろと退出する信者の人たちの流れにのり、ヨルも外に出る。
(ねぇ、この辺り一帯の魔力探索できる?)
『強い魔力を持っている人種を探せばいいんですかい?』
(それと、ヴァルが言っていた魔力を溜める宝玉とやらもあるかもしれないから、物体もお願い)
『へい、もし気づかれたらどうしやす?』
(その時はその時で。でもなるべくバレないように薄く広くでお願い)
『承知いたしやした』
サタナキアの魔力が薄く広がり、教会の敷地全体を覆っていく。
この魔法は、ソナーのように自分の魔力を薄く広げ、他の魔力に触れると、広げた魔力に対してどれぐらいの違いが有るかを認識し、対象物の魔力のサイズを測ることができる。
簡単そうに見えて高等魔法の部類なのである。
『この辺りには引っかかりやせんね……普通の人間やセリアンスロープの範疇の魔力ばかりでやす』
「そっか……」
ヨルは背後を振り返り、大聖堂とその向こうに見えるエトーナ山を見上げる。
――――――――――――――――――――
ヨルは少し考えた後、踵を返して室内に戻ると、まだ祭壇で片付けをしていた先程の司祭を見つけて声をかけた。
「先ほどはすいませんでした」
とりあえずは下手から行こうと、ヨルはまず先程のことを謝る。
「おや、わざわざ有難うございます。貴女は見かけたことがありませんが旅の方ですか?」
白髪を蓄えた男性にしては小柄な司祭は、人当たりの良い笑顔でヨルに返事をする。
「はい、先日この街に着いたばかりです」
「そうですか、そうですか。この街は良いところでしょう。ところで貴女は猫……のセリアンスロープなのですか?」
見たことがないから判断できないのだろうか、司祭は遠慮しがちにヨルに尋ねる。
「えぇ、そうです」
ニット帽の中で耳をぴこぴこ動かして答えるヨルだったが、司祭の視線は完全にヨルの猫耳に釘付けになっていた。
「おお、それはなんとまぁ……わたくし七十年ほど生きておりますが若い頃にお見かけして以来です」
「私も同族がもうほとんど残って居ないって聞いたのが最近です」
ヨルも苦笑して頬を指で掻きつつ、誰から聞いたんだっけと思いながら答える。
「申し遅れました、ティエラ教会シンドリ教区の司教フランツ・フォン・ウォルターと申します」
(司祭じゃなくて、司教さんか)
ティエラ教会における位階は「教皇」を筆頭に「枢機卿」「大司教」「司教」「司祭」「助祭」と別れている。細かくはもう少しあるのだが、だいたい他の宗派の教会と同じようになっていた。
「ヨル・ノトーです……(あれ?)」
ヨルもフルネームで名乗ると、フランツ司教が不思議な顔をしている。
びっくりしているような、困惑しているような。
だがヨルはそれ以上に、フランツ司教の家名の方に引っかかった。
「……間違えていたらすいません。もしかしてアドルフさんのご家族だったりします?」
「――アドルフは弟です」
ガラムの傭兵ギルドマスターであるアドルフのことを弟だというフランツ司教。確かに言われてみれば目元とかがよく似ているなとヨルは思った。
しかし、これでまた一つピースが繋がってしまった。
ヨルが探しているアル、ヨルを暗殺しようとしたエイブラム、突然辞めた噂があるアドルフ。全員がティエラ教会の関係者だった。
「私はガラムの傭兵ギルドに所属しています。それで伺いたいことがあるんですが」
「……こちらへ」
フランツ司教が祭壇の隣にある扉から奥へと消えてゆくので、ヨルはその後をついていく。
扉を潜ると、中庭がありその縁が通路になっている。壁側には扉がいくつも並んでおり、一番奥には階段が見えた。
二人の他に人の姿は見えない。
壁にはいくつかの絵画がかけられており、中庭側からは暖かな日差しが差し込んでいる。
フランツ司教に先導され、奥の石階段を三階まで上がると大きな両開きの扉がある部屋が階段の正面に見えた。
「こちらは私の執務室です。すこし散らかっておりますがどうぞ」
フランツ司教が扉を開いてヨルに入るように促す。
「ここなら他の者の耳はありません。込み入った話がありそうでしたので」
大きな執務机の前に置かれている二組のソファーに座ると、フランツ司教はお茶を出してくれた。
ヨルはしばらく部屋を見回したのち、フランツ司教が向かい側に座ったタイミングで口を開いた。
「私はアル――アルフォルズ団長を探してここまで来ました」
フランツ司教は、何を聞かれるのかが判っていたのか、目を伏せ「そうですか」と小さく答えた。
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