第55話-貿易都市シンドリ

 ヴェリール大陸の北部、海岸沿いに作られたこの「シンドリ」は巨大な港を有する貿易都市である。

 暖かい季節であれば、それなりに観光客の姿も見えて賑わっているのだが、あいにく季節は冬。それも一年で一番寒く、雪が降る季節になっているために、船でやってきた他国の商人や、外国の品を買い付けに来る商隊の姿のほうが多く見受けられる。




 一年で一番寒い季節にも関わらずこの街が賑わっている理由。

 それはこの街がエトーナ火山の麓に位置しているというのが一番大きいだろう。


 空は深い雲に覆われ、雪が舞っているが地面には殆ど積もっていない。

 エトーナ火山のマグマの影響でこの地域は他に比べて地表が温かいのだ。夏は逆に暑すぎて海水浴でもやらなければやってられないぐらいの気温になる。




「はー……この街もおっきいなー……船もいっぱい」


 街全体は王都と同じようにルネッサンス風の石造の大きな建物が所々に建っているのが見える。街の半分が山の斜面にあり大きな階段や坂が町の外からも見える。


 街の中心部には一等豪華な大聖堂の様な建物が建っている。




「あんな綺麗な建物を縦真っ二つにした奴が居るらしいよ」


『今度は横真っ二つにしやすか』


「理由もないのにそんなことしたら完全にテロリストだよ私」




 港から放射状に伸びた大きな通りのうち、山側に向かう道は途中から登り坂や階段になっている。南に向かう通りはそのまま王都へ向かう街道に繋がっている。北に伸びる大通りは貴族街に向かっている様だった。




 ヨルはいつも通り街の入り口で衛兵に身分証を出す。


「今度は絡まれないといいけど」


 ヨルの心配を他所に、元漁師だという衛兵のおっちゃんが気さくに話しかけてきてくれる。お勧めの市場や観光スポット、近づくと危ない地域なども教えてくれた。



「まぁ傭兵ってぇことは、それなりに腕っ節は立つんだろ? でも嬢ちゃん一人ではあまり近寄らないほうがいいぜ」


「あと、宿なら海猫亭っていうところがお勧めだ。なんと言っても風呂がでかい! 冷えた身体を温めるにはもってこいだ」


 ヨルは、親し気に情報を教えてくれる衛兵へ丁寧に礼を言う。


「いいって事よ! それにこの街は猫が守り神様だからよ、つい気になってな!」


「猫?」


 シンドリは昔は漁業で栄えた街で、水揚げされた魚を目当てに猫が多かったらしい。そのためネズミなどが少なく、感染病なども蔓延したことが無いそうで、いつの頃からか猫を崇める様になったとのことだ。



(猫ね……)


「物盗とかは大丈夫だとは思うが、ちっこいんだから人攫いには気をつけな!」


 ヨルは街に入って、教えてもらった宿屋を探しながらキョロキョロあたりを見回す。たしかに路地裏や軒下、屋根の上にも可愛い猫の姿が見える。




(たしかに猫が多い……身綺麗だけど飼い猫なのかな)




 道端には露店が多く立ち並び、海産物や農作物以外にも工芸品などが多く売られている。

 ヨルに気づいた露店の人たちが気前よく「味見していきな!」と次々と試食を差し出してくる。




『アネさん何か気になることでも?』


「んー大したことじゃないわよ。猫が多いってなんでだろうなーって思って」


 ヨルは頂いた干し肉や魚の干物を頬張りながらさっきから気になっていることを口にする。


『衛兵が言ってた理由以外にですかい?』


「そ。殆どはあのおっちゃんが言ってたのが理由なんだろうけどね。でも昔、誰かさんが住んでた森の近くにあった街には蛇が大量に住み着いてたって聞いたことがあったから」




『そりゃ、テュポーンの嫁の蛇女ですかい?』


「そうそう」


『へぇ、そんな事があるんですかい……てぇことはこの街にも何かが居る可能性があるってぇ事ですね』



「知り合いだと、バステト……は、もっと砂地だし、妖精猫ケットシーかなぁ、住んでたのはこの辺りじゃ無かった気がするんだけど可能性としてはそれかなー」


『そいつは信用できるやつで?』


「うーん、妖精猫ケットシーなら昔助けてあげたことがあるから大丈夫だと思うんだけど、他の奴らならわかんないかなー」




 そんなことを話しながら石畳の通りを歩いていく。山側の街並みを見上げると、大聖堂がよく見えた。

 十分ほど歩き、先に市場が見えた頃、右手の建物の看板に目的の文字を見つけた。


「あった、ここだ」



――――――――――――――――――――



「いらっしゃい、海猫亭にようこそ。泊まりかね?」


「はい、とりあえず二泊お願いします」


「おう……って、あんた、もしかして猫のセリアンスロープかっ!?」


「そう……ですけど?」


「おおっっ! こいつは有難い! 最高の部屋を用意するから是非くつろいで行ってくれ!」


「何かあったんですか?」



「あんただよ! この街は猫が神様なんだ、それであんたは初めて見たが、猫のセリアンスロープだろ? これはもうおもてなしするしかないってことよ!」


 つまりはそう言うことらしい。

 猫を祀る人が多いこの街で、猫のセリアンスロープのヨルは守神の使いの様に思えるらしい。


 猫のセリアンスロープはこの街どころか、他の街でも見かけることがないため、余計にそう思われているのだった。


(そうか、やたらと露店の人が食べ物勧めてくるのもそれが理由だったのかな)



――――――――――――――――――――



「この部屋を使ってくれ。延長するときは声をかけてくれれば問題ないから」


 三階建の三階角部屋という部屋に案内されたヨルは、折角だし寛がせてもらおうとリュックを置きブーツを脱いで足を拭く。


 床には絨毯が敷かれていたので、そのまま裸足で部屋を横断して、窓のカーテンを開いた。


 窓からは港が一望でき、帆船や漁船が多く停泊しているのが見える。

 下にある大通りから港まで道を目で追っていくと、途中にいくつもの市場が見え、多くの人が買い物をしているのが見えた。


「いい眺めだねー」


 明るくなった部屋を見回すと、二人は寝れそうな大きなベッドにサイドチェスト。


 小さな暖炉もあり、隣には薪が積まれている。

 暖炉前には二人がけのソファーとテーブル。

 ソファーの隣にある棚には何冊かの本も入っていた。



「このまましばらくゴロゴロしたくなる部屋だ」



 流石に部屋にお風呂は無かったが、一階にある共同風呂を使えるとことで、ヨルは着替えを巾着から取り出して麻袋に入れて混む前に行こうと、風呂に向かった。



――――――――――――――――――――


 山が近く水が豊富なのか、風呂は数十人が一度に入れるぐらいの大きさだった。


「ふぁー……なんて贅沢」


 ヨルの記憶では、宿にあるお風呂で、こんなに大きなサイズは初めて見た。

 大衆浴場と同じような広さである。


 湯船は檜の様な木材で作られており良い香りが満ちている。

 お湯も並々の張られており、ほかに入浴中の人の姿はない。



 ヨルは頭と体をよく洗ってから、脱衣所の扉をそっと開け、顔を出して誰もいないことを確認する。





 ザバーンといい音を立てて湯船からお湯が溢れ出す。


「はぁぁ〜……行儀悪いと思ってもついつい飛び込みたくなるじゃないこんな立派なお風呂」


 ヨルは湯船で仰向けにぷかぷかと浮かび目を閉じる。



(明日は教会へ行って、色々話を聞いてからどうするか決めよう)




 ヨルは貸切状態の風呂をのぼせる寸前まで満喫をした後、脱いだ服を女将さんに渡して洗濯をお願いしてから、部屋に戻るなりベッドにダイブする。

 そのまま心地よい柔らかさのベッドでゴロゴロと転がり、一通りふかふかを満喫してから丸くなった。





 陽が傾いてきた頃、自分のお腹の音で目を覚ましたヨルは、風呂上りということもあり、宿屋の食堂で夕食を頂くことにした。



「おう、うちの自慢の風呂はどうだった!?」


「とても気持ち良かったです、のぼせそうになりました」


 食堂に入るなり声をかけてきた亭主におすすめのメニューを尋ねると、『海猫亭名物 魚の煮付け定食』とのことだったので、少し少ない目で注文した。


 ヨルは少食では無いのだが、寝る前にお腹いっぱい食べると寝つきが悪くなることが多いので夕ご飯は少なくしている。



「おまたせ!」


 どかっと出された大皿に金目鯛の様な魚が横たわっている。

 出汁と魚醤、それに生姜の様な香りがヨルの鼻腔をくすぐった。


 付け合わせにはパンとスープ。不思議な組み合わせだっがヨルはもう諦めている。



「いただきます」


 ヨルは手を合わせから煮魚にフォークを伸ばす。


(お箸のほうが食べやすそうだな)


 フォークで身をほぐし、口に運ぶ。


(美味しい……)


 ヨルは肉料理が好みだが、王都で海魚を食べてから魚料理も好きになっていた。

 少し濃い目の味付けがヨルの好みにバッチリだった。



――――――――――――――――――――



 すっかりお腹いっぱいになるまで夕食を満喫してしまったヨルは、部屋に戻るなりベッドに潜り込んだのだった。



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