第42話-大惨事

 こっちで海の魚は初めて食べたけれど、なかなか美味しかった。

 良い匂いが漂っていた小料理屋に入ってみたけれど正解だったなーまた来よう。


 私は満腹になったお腹をさすりながら大通りまで出て、分不相応なホテルに戻る道を歩く。冬前ということもあり、辺りには薪を燃やす匂いが漂っていた。


 ――――――――――――――――――――


「お嬢ちゃん、よかったらこれどうだい?」


 こんな時間まで店を開いている露店のおじさんがカップを差し出してくる。


「ホットワイン?」


「あぁ、こんな寒い日にはこれがよく合うんだ」


 そういえばワインは飲んだことがないな……。確か温めてアルコールを飛ばした奴だったかな。


「じゃあ一杯ちょうだい」


 受け取ったホットワインはシナモンのような香りと、微かにオレンジの香り、それにブランデーのような蒸留酒の香りがして、とても美味しそうだった。


 ――ずずっ


(あ、おいしい)


 こういうものを初めて飲んだけど、なるほどこれは美味しい。

 私はそのままカップ片手にチビチビとホットワインを飲みながら、ぽかぽかしてきた身体でホテルに向かった。



 ――――――――――――――――――――


 なんだか、法衣を着た女の子を抱えて夜の街を飛び回る夢を見た――。



「あれ?」



 朝の光で目を覚ました私は、扉にナイフで貼り付けにされているぷーちゃんを見て疑問の声を上げる。


「なにやってるの? 新しい遊び?」


 あの器用なポーズで寝ているのかな……。


「ん? んー? 私、昨日どうやって帰ってきたんだっけ?」


 布団から顔を出したまま、色々思い出そう思うのだが思い出せない。


「ホットワイン片手に歩いてて……それから……」


 飲みながら歩いてた記憶はあるが、その辺りで記憶が途絶えていた。


「とりあえず顔洗お……」


 起き上がろうと布団をめくると、すごくスースーする。

 自分をよくみると、なぜかパンツ一枚だった。


「えーー……」


 びっくりして身体をペタペタ触ってみるが、怪我も汚れもない。


 大丈夫!


 ……なぜか、尻尾に結んでいたリボンを頭に結んである。


「まさかホットワインで記憶飛んだ……とか?」



 よく考えると私、お酒飲んだの初めてだった。

 まさか一杯で記憶を飛ばすとは……。



 ヨロヨロとテーブルに手をかけようとすると、テーブルが無い。

 代わりに粉々の木屑が山盛りになっている。



「……」



 それと、よく見たらソファーに細剣レイピアが突き刺さっていた。



 ……とりあえずお風呂はいろ。



 ――ガチャリ



「にゃーん」



 真っ白いにゃんこが居た。



 何だこれ謎空間すぎる。


 私、昨日なにがどうなったの!?

 おもむろに白猫を頭に乗せると何故か乗せ心地がいい。昨夜も乗せていたのだろうか。 風呂場に寝間着のシャツがあったから素っ裸もアレなので着ておく。



 ……見たくないけど、一応他の部屋も見ておこう。

 壊れてたり、誰かの物を持って帰ってきていたら大変だ。



 私はノブを握るときに一瞬躊躇してから、扉を開く。



 ――ガチャ




(なん……?)


 フカフカのソファーに一人の女性が寝ていた。


 タンクトップ姿の赤髪ロングのすらっとしたお姉さんだった。

 足を背もたれに投げ出して大の字で寝ており、シャツから大事なものが溢れてしまっている。



(誰っ!?)



 近づいて顔を見てみるがやはり知らない人だ。かなり酒臭いので酔っ払って寝ているようだった。


(えぇー!? 私、まさかこの人をお持ち帰りしちゃったの?)




 混乱する頭を抱えてで後ずさると、踵で何かを踏みつけた。


「あんっ……」


 明らかに貴族のようなドレスを着た、綺麗な金髪の女性が床の絨毯で丸まって眠っている。


(だから誰っ!?)




 頭を抱えて天井を見上げると、黄色や赤色のリボンで派手派手しくデコレーションされていた。

 窓辺には公園に置いてあるようなベンチが置いてある。

 

(上に鎧がドーンと飾られているけれど、これ誰のっ!?)


 ソファーの前にある広いテーブルには、おつまみを食べた皿の他に、ワインやら蒸留酒の瓶が散乱しており、グラスも四つある。




 ――四つ!?


 まさかまだ誰か居る……の?




 私はもう一つの部屋へと繋がる扉を見る。

 正直開けたくない。開けたくはないが、確認せねばならない。



――カチャリ


「あっ、ヨル。 おはようございます。よくお休みになられましたか?」


(――!?)


 知らない女の人が下着姿で挨拶をしてくれた。


 どうやらお着替え中のようだ。

 ほわほわとした雰囲気のする女の子で、シルバーの髪を腰まで伸ばしたロングヘア。 ピンクと白の上下にガーターとタイツがエロあざとい。


(いや! そうじゃなくて!)


「え、えぇ、よく寝れたよ……」


 どんな口調で返事したらいいのか判らない。何しろ私的には初対面だ。

 もしかして隠された人格とかあったらどーしよう。



「ヨル。おはよう! ふぁ〜ねむい」


「ヨル、おはようございます。昨夜はお疲れ様でした」


考えがまとまらないヨルの背後から、ソファーで寝ていた赤髪ロングのお姉さんと、床で寝ていた貴族ドレスの女の子が声をかけてきた。


「……えっと、よし! 皆んなちょっと座ろうか」


 もう理解がダメだった。


 私は何が何やら判らなさすぎて、叫ぶことすら忘れていた。



 ――――――――――――――――――――



 ヨルは部屋に戻り着替えてからサタナキアを扉から外し、浴室にいた猫を胸元に抱えて居間に戻る。


「どうした? また飲み直しするのか?」


「えっと、ごめん、昨日の記憶が全然無いんだけれど、皆さん……誰?」


 ヨルは意を決したように並んだ三人に尋ねる。


「まさかヨル? まさかあの時の魔法で……っ?」


「というより、飲み過ぎかと思いますよ、私は」


にゃー


 白猫はヨルの頭に登りたそうにしているので、ヨルが両手で持って頭に載せる。



「ヨルは私を鳥籠から救い出してくれた救世主様です」


 うっとりとした表情で両手を合わせ祈るように意味不明なことを言うシルバーロングの女性。

 その視線から逃れるように、ヨルは目を逸らして窓からの景色に目をやると、そこに見えていた大聖堂が真ん中から綺麗に縦真っ二つに



(……なに、あれ)




「ふむ、本当に思い出せないようだな。じゃあ、私がわかる範囲で説明しようか?」


「え、えぇ、ぜひ……なるべくわかりやすくお願いします」


「ヨルがそんな塩らしい雰囲気なのは新鮮だな!」



テーブルの上を片付け、シルバーロングの女性がお茶を入れてくれる。既に手慣れており部屋の何処に何があるか知っているような手付きだった。


「(こほん)では、ヨルのために、まずは改めて皆さん名乗り合いましょう。昨日はそれどころではありませんでしたし」


「では、私から。ヴァーラル・レンノと申します。この国では白姫ホワイトと呼ばれておりました」


 それはこの国に入る時、ヨルの前に並んでいた商人が口にしていた名だった。

 彼女を一目見るために国中から信徒以外の人たちも王都に訪れているなどと言っていた。


白姫ホワイト……貴女が? と言うことはティエラ教会の?」


 ヨルは窓の外に視線をやり、無残な姿になってしまっているティエラ教会大聖堂をチラリと見る。


「はい、教会に囚われ半ば無理やり巫女として仕えさせられて居りましたところ、ヨルに救い出して頂きました」



(私はなんて大それたことを……)




「ヨル、私はフレイア・スヴァルトリングです。誘拐されて、殺されそうになった私を助け出してくれて、ありがとうございました」




(――この街って王都スヴァルトリングっていう名前だよねっ!?)




 白姫ホワイト以上の衝撃がヨルを襲った。


 このを持つ女性。

ヨルの記憶では、先王が崩御して長女が王に即位したと聞いたことがあった。



「まさかセリアンスロープの鼻があんなに役に立つとは思わなかった。今後はセリアンスロープの採用を積極的に進めたい。あ、そうだ、私はアサヒナだ。今まで通りアサと呼んでくれ」



 アサヒナと名乗った赤髪の女性が豊満な胸を反らしながら語り続けるが、すでにヨルの内心は冷や汗がダラダラと出ているようだった。



「それで、教会の近くで空から落ちてきたメモを見たヨルが、教会を真っ二つに殴り割って白姫ホワイトを助け出した」


「やっぱり全然意味が解らないし、それが本当なら、私もう外を歩けないんじゃないの……」


 ヨルは耳をへにょっと垂らして、自分の知らないところで自分が仕出かしたことを聞かされて、がっくりと項垂れる。


 何しろこうやって人の口から聞いているだけでは作り話としか思えないのだ。


 だが目の前に女王を名乗る女性がお茶を飲んでおり、窓の外に見えていた荘厳な大聖堂は無残な姿になっている。




「大丈夫だ! ちゃんと覆面をしていたし、ティエラ教会の悪事を暴くための書類も大量に手に入った! 奴らはもうこの国には居れないだろう!」



「そうです! ヨルは私を救い出してくれてこの国の未来を救ったのです! ヨルに困ったことが有ったら私が全力で協力します!」



「それに近衛騎士団にも訓練をつけてやってほしいぐらいの実力者だしな!」


「そうですわね、あの時も――」


「それなら私だって――」


 ――――――――――――――――――――



 女性三人が口々に騒ぎ出したので、ヨルは今のうちにと、彼女らが口々に話す内容を必死でまとめる。


 まず――


 女王のフレイア様が何者かに拐われた。


 そして極秘捜索中の近衛騎士団長のアサヒナは道端でカップ片手にフラフラと歩いているヨルに出会う。


 この時点でヨルはすでに記憶がないが、ヨルからアサに話しかけたらしい。


 ヨルは彼女が持っていたフレイアの持ち物の匂いを頼りに、監禁されている建物を発見、そのまま近衛騎士団と共に強襲して囚われていた女王を助け出した。



(――うん、釈然としないけれどここまでは理解した。攫った奴らがどうなったのかは判らないけど……)




 その次に――



 アサと近衛騎士団員と共に女王フレイアを送り届ける途中、ヨルの目の前に空から一枚のメモが降ってきた。


 それは白姫ホワイトことヴァーラルがこっそり落とした助けを求めるメモ。


 ヨルは綴られていたティエラ教会の悪事を読み、大聖堂に正面から単身突撃。



(……そうか、突撃したんだね私)



 ヨルの姿を見た近衛騎士団長アサヒナことアサが助太刀参戦。

 二人で教会騎士を相手に大立ち回りを演じて、これを殲滅。


 ヨルは礼拝堂にいた大司教を捕まえボコボコに締め上げて尋問。

 ヴァーラルを解放するように要求するもの大司教はこれを拒否。


 キレたヨルが威嚇で放った一撃で大聖堂を真っ二つにする。

 余談だがこの時の魔力をサタナキアから集めたために干物のようになってしまったそうだ。


 そして妙なテンションのヨルがヴァーラルを匿うためと、折角なので打上げをしたいと言い出した。


 女王フレイアもヨルの側なら安心できると、アサを入れて四人でホテルに戻った。

 そのまま朝まで女四人の酒盛りトークで盛り上がった後、今に至る。



(教会の有名な白姫ホワイトと、女王様フレイヤと、近衛騎士団長を部屋に連れ込んで、大宴会……)



 どうにかそこまで情報をまとめたヨルは、やはりその現実を受け止めきれず膝から崩れ落ち、気を失った。



 ――――――――――――――――――――


人物紹介です


■ヨル・ノトー / ヨルズ

種族:セリアンスロープ

桃色の髪でショートカット。猫耳としっぽがチャームポイント。

父にもらったリボンが朝起きたら頭に結ばれていた。すぐ酔う。

前々世では当時の勇者と兄ダグに罠にはめられ消滅した大地神ヨルズ。

 ・武器 [ヴェントゥス・グローブ]

 ・防具[春を感じる苺のイヤリング]

 ・防具[にゃんこのチョーカー]

 ・防具[ピンクブロッサム・ベルト(黒)]

 ・防具[進む道を見つめるモノ]

 ・防具[ブーツ/鹵獲品]


■プート・サタナキア / ぷーちゃん

種族:悪魔

最近あまり喋る機会がない。

口を開くと黙らせられるがヨルの信頼はあつい。


■ヴァーラル・レンノ

種族:人間

「白姫」と呼ばれているティエラ教会の神子で、遠方からも彼女を一目見ようと王都に訪れる人が後をたたない。

しかしその実態は、ティエラ教会に脅され無理やり仕えさせられていた。

酔っ払ったヨルが救い出した十六歳の豊満な肉体を持つ神子。

真面目な性格だが友達が居ない。

ウェーブが掛かった銀髪ロングヘアのほわほわとした雰囲気。


■フレイア・スヴァルトリング

種族:人間

スヴァルトリング王国の女王で十八歳。

酔っ払ったヨルが救い出し、ホテルに連れ込んだ。

柔らかいベッドより硬い床で寝るほうが落ち着くそうだ。


■アサヒナ

種族:人間

スヴァルトリング女王 近衛騎士団の団長

赤髪ロングでスラッとしたお姉さんタイプの十九歳。

剣とお酒が大好きで酒豪。竹を割ったような性格で使えるものは何でも使う。

ヨルを信用し共に女王捜索を行い、帰るついでに教会聖騎士団を壊滅させた。

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