第41話-王都スヴァルトリング②

「少しはスッキリしたけど、壁壊しちゃった」


 王都の大通りを歩きながらヨルはあっさりと言い放つ。

 尻尾がふりふりしているので機嫌は治ったようだった。


『アネさん、なんで言いやすかその、何で初めの攻撃で相手に防隔を?』


 小声でサタナキアが尋ねるが、ヨルはまたあっさりと返事をする。


「そうしないと、壁に当たる前にかなって思って」


『――……』


 サタナキアはいつかのフォレストファングの惨状を思い出してしまった。


 そのままヨルは大通りを抜け商業街へ向かう。


 街に入ったばかりの頃は見たことのない店や露店、行き交う人の多さにキョロキョロしていたが、少し身体が冷えてきたので先に用事を済まそうと足早に目的地に向かう事にした。



 ――――――――――――――――――――



「ここかな?」


 ヨルはその店の前に立ち、建物を見上げる。王都の建物は大きくても三階建てのようだったが、この建物ははるかに高く窓を数えるだけで八階建のように見える。



(エレベーターが無いと辛そう)



 ヨルは入り難いなーと思いつつも、入り口に立つ店員のような人に話しかける。



「すいません、エンポロスさんのお店ってここですか?」


「あん? うちの会頭にアポ無しでは会えねぇぞ……って嬢ちゃんじゃないか!」



 ヨルはどこかで見た顔だと思っていたが、記憶は正しかったらしい。

 ヨルが街道沿いのゴミ掃除をしている時、馬車で居残りをしてくれていた御者の人だった。

 確かエリックさんだったかな?とヨルはなんとか名前を思い出す。



「あ、お久しぶりです」



 ガルムの街を出てから久しぶりに知っている顔に会えたため、ヨルは自然と笑みが溢れる。尻尾まで喜んでいるようにピンと立ってスカートが捲れ上がる。



「嬢ちゃん、その、スカートが」



 少し目を逸らしながら忠告してくれるエリックさん。



「あ、下に短パン穿いているので」



 ヨルは何でもないように言い放つが、その背後を通る人々がギョッとして二人をチラチラと見ながら通り過ぎる。


 その先では何かにぶつかる音や、物を落とす音が響いていたがヨルは気づかない。



「いや、それでも……まぁいいか」



 そのままエリックに店内に案内され、少し広くなっているロビーに置かれた小さなテーブルに案内される。


「ちょっと確認してくるから待っててくれ」


 そう言い残して店の奥へと消えていくエリックさんを見送り、ヨルは改めて店の中を眺める。一階のためか、このフロアは生活用品を扱っているようで店内にはそれなりにお客さんの姿が見える。フロア自体もとても広く奥には上のフロアへの階段も見える。



(上は魔道具とか美術品かな…? 服とか売ってたら買おうかな…)



 暇つぶしにヨルは一階の商品をぶらぶらと見て回る。


 石鹸やたわしなどの洗濯用品や、コップやカラトリーなどの食器などが所狭しと並んでおり、そのデザインも様々だった。




「あっ、これ可愛い……」


 女性向けの商品が並んでいる棚で、ヨルは髪留めが入っている袋を見つける。


 自分の前髪を弄りながら、スリーピンのようなものがあればいいのにと思い商品をジィっと見比べてみる。



(せめてアメピンみたいなのがあれば楽なのに、基本的にはUピンなのよね……自分で開発すれば売れるかな?)




「ヨルさんお久しぶりです」


 髪留めをまじまじと手に取って眺めていたヨルの背後から、久しぶりに聞く老商人の声が掛る。


 ヨルが振り返ると、エンポロスがニコリと笑みを浮かんで立っていた。



「あ、お久しぶりです。王都まで来たので寄らせてもらいました」


「わざわざお越しいただきありがとうございました。お茶をご用意しましたので、こちらへどうぞ」


 エンポロスは皺の入った顔を更に綻ばせ、自らヨルを店の奥にある応接室に案内する。重厚な扉を開けると豪華な家具やソファーが並べられており、それなりに格式の高そうな応接室だった。


「さ、ご遠慮なさらずどうぞ」


「ありがとうございます」


「ヨルさんはいつ王都に?」


 お茶を一口飲みながら、ヨルは着いたばかりだとエンポロスに答える。


「先程、城壁で事故があったそうですが、ご無事でよかったです」


(あー……この人、耳が早いなー)


 ほんの一時間ぐらい前の情報を既に手に入れているエンポロスさんは、ヨルの顔をジッと見つめてくるので、ヨルは慌てて話題を変える。





「そ、それより、まだ着いたばかりなんで宿も取ってないんです。よかったらいい宿屋とか教えてもらえないですか?」


 ヨルからのお願いを聞いて、エンポロスはにっこり笑いながら「お任せください」と扉の外に居た店員さんに何やらを伝える。


 それから、改めてヨルに礼を伝える。どうやらあの時買い取った美術品などで相当の利益を出せたとの事だ。

 ヨルもあの時の礼を伝え、忘れる前にあの殺し屋シオンのことを伝える事にした。


「シオンという女性から私宛に伝言が来るかもしれないので、受け取っておいていただきたいのですが」


「シオン様――ですか。それは構いませんが、いつごろになるかとかは?」


「何日掛かるかはわからないんです。だから暫く王都に滞在しようかと」


「なるほど承知いたしました。もし長期間の滞在になりそうだしたら、家を借りるほうが安くつくかもしれません」


(あっ、その手が)


 ヨルは旅に出てからゴタゴタに巻き込まれる事が多くすっかり忘れていたのだが、旅の目的の一つに「都会で家を借りて暮らしてみたい」という理由もあった。


 ついでに「あわよくば良い人も」と思っていたのだが、そちらは既にどうでもいいかなと思い始めてもいる。


 最近出会う人が全てアレな感じばかりで、疲れてしまっていた。




「もしご興味ありましたら、幾つか探しておきます」


「お願いします!!」


 ヨルはかぶり付きでお願いをする。

 色々と細かい条件を伝え、会う物件が有れば連絡をくれると約束をしてくれた。





 ――コンコン





 その時。外から店員さんが一枚の紙面を持って入室してくる。それをエンポロスに渡すと、内容を確認してからヨルに差し出す。


「こちらの宿屋をお使いください。居心地は保証いたします」


「ありがとうございます! 助かりました!」


 ヨルが紙面にチラッと視線を落とすと、宿までの地図とエンポロスのサイン、それとヨルの名前が入っている紹介状だった。


「いえいえ、こちらもお世話になってますから。また何か儲け話があればご教授ください」


 エンポロスはこのあと商談があるため、後日お食事でもとヨルを誘い、ヨルも恐縮しながらも快く了承を伝える。

 最後別れ際に、先程ヨルが眺めていた髪留めのセットを「お土産です」と手渡した。



「やっぱ出来る大人って凄いなー」



 久しぶりに会えた常識人に、ヨルは顔を綻ばせながら宿の紹介状を確認しながら王都の東側へ向かっていった。




 ――――――――――――――――――――




「えっ? ここ?」


 ヨルはその建物を見上げ、手に持ったリュックを思わず落としてしまう。

 王都の中心部にほど近い貴族街と呼ばれるエリアのすぐ近くにその建物はあった。



「何これ宮殿?」



 広い敷地に佇む二階建ての巨大な屋敷。

 屋敷の前には大きな庭園もあり、噴水がキラキラと水をあげているのが見える。

 格子門はピタリと閉じられ、門番が四人も並んでいる。


(……何ここ)


 少なくともリュック片手にシャツとミニスカート姿で来てはいけない場所であることは確かだった。


「あんた」


 門の前でリュック片手にウロウロするヨルに門番の一人が耐えかねたように声をかけてきた。



「あの、これ」



 ヨルはエンポロスに渡されたサイン付きのメモを門番に見せると、彼は目を凝らしてヨルの顔を見比べる。


「失礼しました。こちらからどうぞ」


 と、門を開け放ちエスコートし始める。ヨルは何も言われず案内されたことに戸惑いながらも後ろをついて行く。






「ヨル・ノトー様、お待ちしておりました」


 絵に描いたような綺麗な礼をする支配人の男。

 その優雅な所作にヨルも慌てて礼をする。


「あのっ、エンポロスさんに紹介されたのですが……その、ここホテルなんですか?」


「はい、ですが、当ホテル"ウトピア"は一部の限られたお客様しかご利用なれませんので、ヨル様がご存知ないのも仕方ありません」


「ええっと、そのお値段……とかは……」


 このウトピアホテル、誰がどう見ても貴族や大商人のような要人を招くような規模と豪華さであった。


 懐にそれなりの金貨は持っているので、一晩ぐらいなら泊まれるとは思うが、今後のことを考えると一文無しになるのも避けたかった。


 しかしヨルの心配を他所に支配人は料金は必要ないと言う。


「えー……まさかエンポロスさん……」


「七日分、頂戴しておりますので、どうぞご自由にお寛ぎください」


 七日で一体どれぐらいの金貨アウルが必要なのか考えたくないが、無碍にもできないので今度何かで返そうと心に決める。


 そのままホテルのスタッフに部屋までエスコートされたのだが、その部屋も一等室という感じの角部屋で、とても日当たりの良い部屋だった。


「これ二十人ぐらい住めるんじゃ……」


 十畳以上ありそうな部屋が三つと、お風呂に書斎と応接室もあり、南と東に面した部分は一面のガラス窓が付けられていた。

 その窓の外に広がるのは王都の街並み。一際目立つ大きなゴシック調の建物は、例の暗殺者やアルが関係しているビフレスト国のティエラ教会大聖堂だそうだ。


 この世界では保管庫と言われている冷蔵庫には、高級そうな食材や乾物、高そうなお酒などが入っているが、これも無料だそうだ。


 ヨルはとりあえずベットのある部屋にリュックを置き、三人は並んで眠れそうなベッドにボスンとダイブしてごろごろし始めた。


『アネさん、これからどうしやす?』


「とりあえずしばらく連絡待ちしつつ、良い部屋が見つかったら借りてみようかなーどうしようかなー」


 一応人探しもあるが、拠点はあったほうが何かと便利かなとヨルは考える。


 確かに旅をするのにランニングコストのかかる家は、費用的に見ればマイナスなのだが、自分の家があるという心の安心は与えてくれるだろう。


 ただ、こんな高級なホテルを紹介し、おかつ費用も負担するようなエンポロスが紹介してくる家が普通なものであるか不安を覚えるのも確かだった。


「流石に普通の家がいい……ベランダか縁側があって日当たりが良くてゴロゴロできるだけで十分……ふぁ〜」


 ヨルはそのまま小一時間ほどゴロゴロした後、日が暮れてきたので夕食がてらに街をぶらつきに出かけることにした。

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