第40話-王都スヴァルトリング

 見上げるような城壁。


 巨大な港と城を有するこの街は、ヴェリール大陸にある唯一の国である「スヴァルトリング王国」の首都で王都スヴァルトリングと呼ばれている。


 外周を二重の城壁で囲まれており、陸地からの魔獣を一切寄せ付けない鉄壁の守りとされていた。


 辺境ガラムとは比べ物にならない巨大な建築物を見上げる一人のネコミミ少女。


「ほえーでっかい」


『アネさんならデコピンで崩せるんじゃないですかい?』


 その少女ヨルは無言で手に持ったリュックを振り回しながら、街へ入るために城門の審査列に並びはじめた。



 ――――――――――――――――――――



「おや、お嬢ちゃん一人旅かね?」


 すぐに前に並んでいる商人風のおじさんに話しかけられる。

 武器も持たず女の一人旅をしていると、何かとこう言うパターンが多かった。


 ヨルは簡単に返事をして、空をぼけっと見上げる。

 少しどんよりとした空だったが、雨はまだ降りそうにもない。


「王都リングは初めてかい?」


「えぇ」


白姫ホワイト様を見に来たのかい?」


「……? 誰ですかそれ」


「おや、知らないのか」




 わざわざお姫様を観に来る人なんているのかと思ったが、どうやらお城の姫様ではなく教会の神子みこ様のことだった。




「この王都にあるエンポロスさんの店に」


 ヨルが目的を伝えると、やはりエンポロスは有名人らしく、商人が店の場所を丁寧に教説明する。



「つまりこの酒場を目的に行くとわかりやすいよ」


「ありがとうございます」


 ヨルは礼を言うと商人は「また会おう」と審査場に入って行った。





「次!」


 ヨルが呼ばれ、審査場とやらの扉を開くと小さいカウンターがあり、その両端に衛兵というよりお城の兵隊のような人が立っている部屋だった。


「身分証はあるか?」


「これです」


 ヨルは胸ポケットから傭兵ギルドのメンバー証を取り出しカウンターの人に見せる。身分証とヨルを見比べて怪訝な顔で「名前は?」と訪ねるので素直に答える。


「その成りで傭兵とは。行っていいぞ」


 ヨルは反対側の扉から退出するように言われ、退出しようとしたところに後ろから「まて!」と声が掛かる。


  振り返ると兵士の一人がヨルを呼び止めていた。


「その身分証は盗んだものじゃないのか?」


「……なんの根拠があって?」


「お前のような獣人の小娘が、傭兵ギルドに認められるとは思わん」


 つまりそう言う事だった。


 ヨルはギルドに確認すればいいと言ったが、問答無用の様子で取調室のような部屋に連れて行かれたのだった。



 ――――――――――――――――――――


 四畳ぐらいの広さに机と椅子があるだけの部屋で、ヨルは椅子に座らされぼーっとしていた。


(暇だ……)


 待ってろと言われずっと座っているが、誰もくる気配がない。




『――やりやすか?』


「やりません」




 どうしてこんなに喧嘩っ早いんだろうと思いながら、ヨルは半目で返事する。


 更に数分ほど経ったところで、先ほどの兵士と、上司だと名乗る筋肉ダルマのような兵士の二人部屋に入ってくる。



「それで? 身分詐称と窃盗の容疑で逮捕するが何か言うことはあるかね?」



 とんでも無いことを言い出した兵士に、ヨルはポカンとしてしまう。



「あーでもまぁ、今夜食事でもしながら言い訳を聞かせてもらえるなら、疑いも晴れるかもしれんぞ? んー?」



 兵士はそう言いながら立ち上がると座っているヨルの隣まで近寄り、脚から頭の先まで舐めるような視線をむける。


 ヨルは毛が逆立ってしまわないように我慢しながらも、偉そうな筋肉ダルマに念のために質問する。


「えっ……と、取り調べもせず私が罪人ってこと?」


「そうは言っとらん。だが取り調べまでの数ヶ月間、牢で待ってもらう事になる」


 つまりこいつは、それが嫌なら一晩付き合えと言っているのだ。




(考えが短絡すぎて、逆に罠なんじゃ無いかと思っちゃうんだけれど)


「……断ったら?」


「さぁなぁ、たぶん他の罪人と同じ牢屋で、数カ月間慰み者になって過ごす事になるんじゃないか?」


 どうしようもなく、とんでも無い話だった。


「その前に、どうして私が傭兵じゃないと決めつけているの?」


「はっはっは! おまえ、嘘をつくならせめて剣を持つとか、もう少しマシな格好をするんだな。そんなイヤらしい格好では誰も信じてもらえんぞ?」



(どの辺りがいやらしいんだろう……)



 机に置いているヨルの手に、筋肉ダルマが触れようとしてくるのでヨルはさっと手を退ける。




 このままでは埒が明かないと思ったヨルは、咳払いを一つしてから筋肉ダルマの方に向き上目遣いで視線を投げると、筋肉ダルマが気持ち悪い笑みをこぼす。




「じゃあ――ちょっと力比べとか……させてくれたら嬉しーな☆」 


『――!!!!』




 突然、勝手にリュックが倒れたのをヨルはチラリと見て放置する。


 誰かさんの真似をしながら、精一杯可愛く言ってみたつもりのヨルだったが、リュックの方にかなりのダメージが入ったようだった。



 しかし、ヨルも自分で言っておいて、ダメージが大きすぎた。




「ほほぅ、俺と組み手をするってのか?」


「夜のお食事まで時間あるし〜その筋肉、凄いなって思って☆」 


 ヨルはなるべく尻尾をふりふりしながら上目遣いで言っているが、すでに尻尾の毛が膨らんでいる。


 完全に敵対攻撃モードだった。


「はっはっ、良いぞ! おい、中庭の訓練所は空いているよな?」


 ヨルの雰囲気に全く気づかない筋肉ダルマは大変調子に乗ってしまったようで、もうひとりの兵士に訓練所の空きを確認するように命令する。


「あ、もし私が勝てたら無罪放免ってことで良いよね? ねっ?」


「ふふふ、可愛い事言うじゃないか〜出来るもんなら、それでいいぞ! だが心配するな! ちゃんと夜も相手してやるから心配するな」



(ヴェル風のぶりっ子、凄いなと思ってけれどコレが単純で馬鹿なだけだったわ)



――――――――――――――――――――


 ヨルはリュックを手に持ち、兵士二人について中庭に向かう。


『アネさん……さっきの今度あっしに言ってくだせえ』


 ヨルは手に持ったリュックを壁にパァァンと叩きつけてから、グローブの具合を確かめニヤリと口元を釣り上げ、獰猛な笑みをこぼした。




 中庭は城壁のすぐ内側にあり、少し日当たりが悪かったが詰所からも近くなかなかの広さだった。


 周囲には兵士の姿が何人かおり、こちらを遠巻きに見ている。

 

 何人かが指を指しているので、こいつがこういう事をやらかすのは初めてでは無いのだろうとヨルは思う。



(こいつ……)





「よし、いつでも良いぞどっからでも攻撃してみな!」


 その筋肉ダルマは武器も抜かず仁王立ちしている。


 ヨルはもう一人の兵士と、何事かと近寄ってきた兵士二人に「さっきの話忘れないでくださいね?」と念を押す。


 後に来た一人の兵士は何の話か理解していなかったが、取調室にいた兵士の方が「あぁ」とニヤニヤしながら返事する。



(こいつも共犯……か)


『――やりやすか?』


「私がヤります」


『……ひっ』





 ヨルは城壁を背に仁王立ちしている筋肉ダルマに向き合い構える。


「ふぅ…『流星崩岩カウ トランスウォランス』!『地壁テラ アーレア』!」


 ヨルはサタナキアから魔力を吸い取り、攻撃魔法と防御力強化魔法を右手と左手それぞれに発現させる。


 そしていつもの構えではなく、まるで居合い斬りをするような構えを取る。


 右足を前に出し、右腕を左腰近くに。

 左足を後ろに引き、左手で右拳を包む。

 そして目を瞑り、気配だけで的を捉える。


「はっはっは! まずは構えから手取り足取り教えてやろうか!」


 目の前のが何か言ってるがヨルの耳には入らない。


「ふっ!」


 ヨルは腰を落としたまま獲物の左懐に入り込み、利き手とは逆の左貫手で攻撃を入れると同時に、の魔法を


「シッッ――『地壁テラ アーレア!』


「――ぐぉっ!?」


 獲物が突然の脇腹への衝撃と痛みに呻き声を上げるが、その直後魔法の効果が発動し、獲物の体表面に堅固な障壁が現れる。


 そのままヨルは抜き切った左腕を引き戻す勢いで、右腕を獲物の顔面目掛けて叩き込んだ。



「はぁぁぁっっ!玄武撃バサルトショット!」



 巨大な岩の塊も貫通させることが出来る大地魔法『流星崩岩カウ トランスウォランス』を付与した右拳の一撃が獲物の顔面を捉える。


 防御魔法『地壁テラ アーレア』に守られた獲物の肉体は、砲弾のように吹き飛び城壁に激突し、衝撃が壁へと伝わる。


 遠巻きに野次馬をしていた兵士達の目の前で、厚さ二メートル程の堅牢な城壁がビシッッと音をたて巨大なヒビが入った。


 しかし壁にヒビを入れただけで砲弾の勢いは消えることなく、そのまま城壁に巨大な穴を穿ち向こう側へと落ちる。




 ポッカリと空いた穴部分からガラガラと音を立てて崩壊してゆく巨大な城壁。




 まるで積み上げた小さな木箱にパンチをして崩したかのような光景に、周りの兵士たちは理解が追いついていないような表情で立ち尽くしていた。



 防御魔法で覆われているとは言え、衝撃はそのまま内臓に伝わる。

 今後兵士としては生きていけないであろう筋肉ダルマを見て、ヨルは少しだけ溜飲を下げる。





「じゃ、私の勝ちみたいだから街に入るわね?」


 何事もなかったかのようにもう一人の兵士に尋ねるヨルにその兵士はコクコクと無言で頷くしかできなかった。


 この王都のシンボルとも呼ばれる城壁が、この日、なんの前触れもなく横幅五十メートルに渡り崩壊した。


 報を聞いた防衛部隊長が兵士たちに事情を聞いて回るが、誰一人として理由がわからないと言い、兵士の一人が崩壊に巻き込まれ重傷を負った事だけが判明した。

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