第39話-弱肉強食②

 サタナキアに血抜きと内臓抜きを手伝ってもらい、一旦全ての素材を巾着に仕舞う。


「ぷーちゃんその魔法すごく便利ね! 次からもお願いね!」


 珍しくヨルはサタナキアをべた褒めするが、サタナキアは微妙な表情だった。


『アネさん、この魔法は上級悪魔ぐらいしか使えやせん……生贄から血を頂く、その、召喚された悪魔の代名詞のような術なんで……す』


 この世に生贄をもって召喚された悪魔がその血肉を取り込み、受肉してこの世に顕現するための術で上位悪魔しか使えないそうだ。


「でも便利なものは使わなきゃ」


 先ほどの惨殺現場もスッキリ綺麗になってしまったので、今後も獲物の血抜きに使う気満々のヨルだった。





「――そういえばこの辺り変わった匂いがするわね」


『あっしには何も感じませんが』


 ヨルは鼻をクンクンしながら辺りの匂いを嗅かぎウロウロと歩き回る。


 その時、腐葉土の下に小さな黒いものを見つけた。匂いの元はその物体のようで、ヨルはしゃがみ込んでそっと落ち葉を手で退ける。



「これ……トリュフ!?」


 そこにあったのはヨルの記憶にもある高級食材の西洋松露セイヨウショウロ、いわゆる黒トリュフだった。



「うわぁーすごい、こっちにもある。そっか、フォレストファングはこれを食べてたのね」


『それ、美味しいんですかい?』


「美味しいというか、香りかな。この世界ではどうか知らないけど高級品なの」


 ヨルはこの辺で野営を決め、日が暮れるまで集めて回ろうと決意する。


「ほら、香り付けには向いているし、腐りにくいし、もし売れたらラッキーだからね!」


『ではあっしも探しますんで手分けしましょう』


「おっけー! ついでに食べられそうなキノコもあれば探しといて!」



 そう、ここは巨大な松が生い茂る林だった。

 先ほどまで巨大な松ぼっくりにイライラさせられていたが、ヨルの中では高級食材が詰められた倉庫のような感覚になっている。


(この時期あまり人が通らないから誰も知らないんだわ!)


 ヨルはここぞとばかりに山の幸を狩り尽くす気満々だった。



 ――――――――――――――――――――



「ぷーちゃん……」


『はい……』


 二人の目の前にはヨルの身長より高く積まれた黒トリュフと松茸の様なキノコ。


「とりあえず巾着に入れておけば大丈夫かな」


 すでに「ちょっと袋に詰めて持っていく」レベルではなかった。


『アネさん、その巾着は腐らないんですかい?』


「ヴェルは”向こうと同じぐらい”って言ってたから、結構日持ちするかも」


 ヨルは今夜の分を残して全て巾着に放り込む。

 残った松茸もどきと黒トリュフは先ほどのフォレストファングの肉と合わせて晩ご飯ということになった。



 ――――――――――――――――――――



 真っ暗な林の中で焚き火の光が灯る。

 パチパチと燃える火を見ながらヨルは丸太に腰掛け、フォレストファングの肉を枝に刺してあぶってゆく。


「松茸はそのままあぶって、トリュフはスライスして肉にかけよう」


『アネさん、後で一口貰ってもいいですかい?』


「珍しーね、ぷーちゃんがそんなこと言い出すなんて。食事は必要ないんじゃなかったの?」


『食事は必要ないんですが、アネさんの手料理は是非ともと思いやして!』


「いまさら?」


『へい、今更気づきました』


「しょーがないなー」


 料理というほどのものではないのだが、それでも一人で取る食事ほど寂しいものはないと、ヨルは追加でお肉と松茸を取り出して新しい串に刺して焼いてゆく。





「もういいかなー」


 ヨルは焼けた肉串に黒トリュフをナイフで削り振りかけてゆく。


「あっ、すごい良い匂い」


 肉と炭の野性的な匂いに厚な香りが加わる。


「頂きます」

『頂きやす』


 ヨルとサタナキアは同時に串にかぶりつく。

 一口、また一口ともぐもぐと無言で食べ続ける。



「何これすっごい美味しい……無言で食べちゃった」


『……』


「ぷーちゃんどう?美味しかっ――ひっ」



 串を片手に隣のサタナキアに目を向けると、食べ終わった串を加えながら大量の涙を流していた。


『あっしは、こんなに美味しいのは初めて口にしやした! アネさんの手料理最高でやした! いつ滅びても悔いはありやせん』



 顔面が涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃになっていた。


「肉なのか手料理なのかどっちよ」


『手料理でこざいやす! 肉もうまかったです!』


「そう、それはよかったわ」




 ヨルは松茸の串焼きを取りクンクンと匂いを嗅いでみる。


「あんまり食べたこと無いけれど、やっぱり松茸のような香りがする」


『きのこは毒があると仰ってたので、先にあっしが食べてみやす』


「お願いね」


 そう言いつつサタナキアは松茸の串焼きをパクリと一口で食べ、咀嚼する。




 そして膝から崩れ落ちた。


「ちょっ、大丈夫? やっぱ毒とかあった?」


『いえ……美味すぎて……飛んでられませんでやした』


「あっそう、それは良かったわ……」


 ヨルは串に刺したキノコに、そのままカプっとかぶりつく。


『ごく……』


「ん? ぷーちゃんもまだ食べる?」


『あっ、あ、へい、頂きやす!』



---------------------------------------------------



「はぁ〜おいし〜何これこんなに美味しいんだ」


 余った分は売ってしまおうかと思っていたが、お金は不自由していないので全部食べてしまおうかなと悩む。


 実際、フォレストファングの肉はそこまで珍しく無い味だったが、黒トリュフと松茸の味わいと香りは格別だった。


 少なくともヨルの記憶ではここまでのものは食べたことがなかった。


「エンボロスさんに連絡係のお礼で少し譲って、あとは旅の食料にしましょう」 



 結局、ヨルは今夜の分と思って用意していた食材では足らず、追加で取り出しお腹いっぱいになるまで肉とキノコを楽しんだ。



――――――――――――――――――――


 ヨルは木々の間にロープを張り、布をかぶせて簡単なテントを作る。

 地面に枯れ葉を集めてからシートを敷いて、毛布を敷いたら完成である。



「そろそろ冬用のテントとか買わなきゃな……あれ、こっちに冬用テントとかあるんだっけ」


『アネさん、それならさっきの毛皮をなめしてはどうですかい?』


「あっ、確かに暖かいかも。でもどうせなら長毛の魔獣のほうがいいかもね」


『でしたら道すがら探しましょうぜ』


「そうね、見つけたら優先的に狩ろうか」


 ヨルは焚き火に薪をくべ、サタナキアに火の番をお願いしてからテントに入り装備を外す。


 身軽になったところで毛布に包まり猫のように丸まり眠りについた。



 ――――――――――――――――――――



「あれ、あんなところに集落?」


 林を抜けて再び草原を進む街道になり、途中で一泊した翌日の朝。

 ヨルは朝食をとってから歩き出してすぐに街道の左手側に数軒の家があるのを発見する。


 草原の中に作られた村のような感じで周りには畑もあり、村の先には森も見える。


「でもおかしいわね」


 そう、昨夜ヨルが寝ていたのはすぐそばの草原ぱだった。

 あそこに村があれば、多少の灯りや話し声や木を燃やす匂いなどで気づいたはずだった。



「ぷーちゃん、あそこの村、人の気配する?」


 サタナキアは山羊のような視線を村の方に向けじっと凝視する。


『……いえ』


 それを聞き、ヨルは嫌な予感を覚えて村に向かう。


 サタナキアも遅れずについてきている気配があるため、後ろを振り返らず前だけを警戒して村に近づいていった。





「盗賊……かな?」


 村の入り口に立ったヨルはあたりを見回す。

 簡素な村の囲いには弓矢が何本か突き刺さっており、通りには何人かの遺体が転がっていた。


(血の匂いがする……二、三日のことかな)


 ヨルは手を合わせてから村に入り、通り沿いの家々を覗き込むがどこも酷い有様だった。


 扉は破壊され、室内は泥の足跡、略奪され尽くし住人は無残な姿を晒していた。



「……人の気配する?」



 サタナキアに頼みあたりを探ってもらう。

 ヨルの鼻は暫くは使い物にならなさそうだった。


(物音は……しないか)


『気配は無いようでさぁ』


「全滅か……ひどい」



 全ての家を回るがどこも同じような状況だった。

 ヨルはサタナキアと協力して打ち捨てられたものを集め、広場で弔った。



――――――――――――――――――――


「……」


『アネさん、見つけやした。森奥の山の麓の洞窟におりやした』



 森の方に偵察に出ていたサタナキアが暗闇の中からスッと戻ってきた。

 ヨルは燃える炎を見つめながら静かに呟いた。


「拐われた人は?」


『へい、何人か居たようですがもう……。生きているのは盗賊だけでさぁ』


「……ありがと」


『アネさん?』



 ヨルは答えずただジッと燃え盛る炎を見つめたままだった。


(綺麗事を言う気はないけれど……)


(やっぱり私は腹が立って仕方がない)


(私はただの旅人。所詮は他人)


(こうやって弔うだけでも十分じゃない?)


(でもこの人たちの恨みは……)



 一人自問を繰り返すヨル。



(……この言いようのない気持ち)



「腹立つ……」


 東の空が白んでくる頃、ヨルはそれだけを呟いてすっと立ち上がる。


 サタナキアは何も言わず、ヨルの背後に付き従う。


 すっかり消えてしまった炎を確認してから森へと足を踏み入れた。



――――――――――――――――――――



『アネさん、あそこに見える小さい山の麓が……』


 一キロほど先に丘のような小さい岩山が見える。

 その岩壁にポッカリ開いた洞窟を根白にしているとサタナキアは言っていた。


「ここでいいわ……」


 ヨルはその場で歩みを止める。


『……』


「この時間ならまだ眠っているよね。せめてもの慈悲ってやつで勘弁してね」


 それは誰に対しての言い訳か、ヨルは無言でサタナキアに手をかざす。


「手伝いお願いね」


『承知いたしやした』


 サタナキアの身体から魔力が吹き上がり、ヨルは右手で集めながら呪文を紡ぐ。




「『deusデウスFjorgynフィヨルギュンpactumパクトゥムhumusヒュムス! rupesルペス manipulateマニピュレ地殻崩潰テラクルス ルイーナ』!」




 ヨルが殴りつけた大地がひび割れ、まるで紙を引きちぎるように亀裂が走る。

 その亀裂は指向性をもって山の方に向かう。



 まるで冗談のような光景だった。



 その小高い山はあっさり崩壊し、その瓦礫は全て深く底が見えない亀裂に飲まれ地の底へと消え去った。



「――さ、帰りましょ」


『……へい』


 ヨルは森を振り返ることもなく、踵を返して歩き始めた。




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