第22話-あの娘の過去
このままだと話が終わらないと思い、ヨルはとりあえず話を続けることにした。
「それで、散歩してたら襲われたので返り討ちにしてました。ほら武器も持ってませんし、私こんなですし」
両手を広げ、か弱い少女っぷりを見せてみるが、二人は顎に手を置いて考え込んでいる。
「……因みに魔法使いが拐われていると言う情報はどこから?」
「えっと、魔猫屋のヴェルっていう――」
ガタッ――
突然二人が椅子から立ち上がり、何やら恐ろしいものを見たと言う顔でヨルを見ていた。
「お、お、お、おまえ、あの魔猫と知り合いだったのか……」
アドルフはその体躯に似合わないほど動揺しており、少し涙目だった。
(魔猫? まぁ店の名前だけど……ヴェル本人もそう呼ばれてるんだ)
「よ、よ、ヨルさん、失礼なことを申し上げてすいませんでした!」
サブマスターのエイブラムさんはソファーから立ち上がりヨルのソファーの前で綺麗な土下座をしている。そして泣いていた。
「お姉さまは……はぁはぁ……あの人から頼られるほどの逸材だったのですね!」
カリスは少し鼻血を出しながらヨルの両手をぎゅーっと握ってくる。名前を出しただけでこの騒ぎである。
(なんなんだ、あのロリ巨乳……この人たちに何をしたんだろう)
色々と気になることしか無いが、ヨルは話を一旦切り上げる。
――――――――――――――――――――
「まぁ、盗賊退治についてはそんな訳です……」
「そういうことなら仕方ない。盗賊団の大量全滅と誘拐事件の解決については全てヨルの功績にしておく」
少しだけ復活した様子のアドルフさんが取り出した手帳に何やら書き込み出す。ちなみにインテリメガネのサブマスターであるエイブラムさんは、まだ床に座ったまま嗚咽を漏らしている。
「ヴェ……あの人は一体なんなんですか?」
ヨルは嫌な予感がしたので名前は出さずに聞いてみることにした。
「あの方は…この街の生ける伝説なのだよ。私が子供の時には既にあの姿であの場所に店を構えていた。夜な夜……時たまギルドに顔を出しては有望そうなやつを見つけ、修行と称してシゴくという変わった趣味を持っていてな」
しみじみと辛い過去を語るようにアドルフさんが説明してくれる。つまりこの二人も彼女に目をつけられ、血反吐を吐くようなしごかれ方を経験したらしい。
「あの鬼猫には慈悲という言葉を覚えてほしいと何度神に祈ったか……」
「ただ、あの方の実力は計り知れない。過去何度も街を魔獣から守ってくれているし、人を見る目もある」
「それに! あの人は孤児院を作ったり、街の外壁を作ったり、ギルドに訓練施設を作ったり、とってもすごい人なんです! 確かにちょっと変わってますが……興味のない人にはあの見た目相応の対応しかしてくれないですし……私もまともに話をしていただいたことは……」
と、カリスが力説するがセリフ後半の声が聞こえにくくなったことから、以前アルと二人で店に行ったときの「お店の留守番をしている女の子」的な対応をされたのだろう。
それでも、ただの冒険者であるカリスのような人にまで尊敬されているということは、ヴェルはずっと昔からこの街や住人に対して良いことをし続け、尊敬されているからに他ならないのだろう。
――だからヴェルは正体についても特に追求されず半ば隠居のような形で暮らしているそうだ。
「彼女の正体を暴こうとした前の領主は、夜な夜な『化け猫が来る……』と泣きじゃくって廃人のようになったそうだ」
(何それ怖い)
「それで、ヨルは彼女とはどういう関係なのだ?」
アドルフさんがヨルに尋ねるが、ヨルとしても答えに困る。たまたま紹介されて店の行ったら、いつのまにか話し込んで装備品をもらったりしただけなのだ。
(心当たりとしては、私の魂……かな)
サタナキアがあの洞窟で、ヨルの魂は真っ白に浄化されたようになっていると言っていたのを思い出した。
「あの鬼猫……いや彼女がふらっと店に来ただけの客にそこまでするとは思えん」
「セリアンスロープの同族だからでしょうか……」
アドルフさんとエイブラムさんが悩み出したのだが、これ以上この話をしてても進まなさそうだったため、ヨルは二人に商人を待たせている旨を伝える。
「そうか、時間をとって悪かったな」
「とりあえずカリスの件は冒険者ギルドのほうで解決として処理いたします。パーティーメンバーには私の方からも伝えておきます」
「ありがとうございます!」
元担当者であるエイブラムさんが突然で泣き出すという一面を目撃して、最初オロオロしていたカリスだったが、元気な返事をして笑みを浮かべた。
「ヨル、盗賊退治の報酬諸々は傭兵ギルドの窓口に連絡済みだから、顔を出せば処理してくれるはずだ」
ヨルは二人に礼を言ってカリスと傭兵ギルドに向かった。
――――――――――――――――――――
向かったと言っても、傭兵ギルドは冒険者ギルドのすぐ向かい側にあり、扉から扉まで歩いて数十秒である。傭兵ギルドの受付でメンバー証を見せると、二人はすぐに地下にある倉庫まで案内された。
「こちらが被害届の確認されていない品になります」
「よくこれだけの数を調べられましたね」
ヨルが案内をしてくれた傭兵ギルド職員にそんなことを聞いてしまうのも無理はなかった。十二畳ほどの広さに並べられている品々は、ざっと見た感じでも百点は超えていた。
「手の空いているもの総出と、行商人のエンポロスさんの部下の方々も手伝ってくださいましたから」
(買い取りたい商品の下見かな)
そんなことを考えつつ、並べられている品を見ていく。カリスは既に床に膝をついてキャァキャァ言いながら次々に手に取ってまじまじと見ている。
「これらは全てヨルさんのものとなりますが、必要のない品はこちらで引き取ることも可能です」
「あ、その辺りは商人のエンポロスさんが買い取ってくれるかもしれないのですが、お願いするときはよろしくお願いします」
ヨルがそう伝えると、この部屋の鍵を渡され「明日までに引き取り完了をお願いします」といって職員は戻っていった。
「えっ、明日までにこれ全部処分するの……?」
剣や槍、盾や防具意外に、美術品のような壺やら、絵画やら、本当にこんなの持って帰ってきたかなと思うような品まで置かれていた。
「お姉様、凄いですね! これ売れば一年ぐらい遊んで暮らせるんじゃないですか!?」
お金は多くて困るものではないのだが、ヨルとしては、この中から使えるものを探すのが面倒だと思い、エンポロスさんに協力をお願いすることにした。
「ちょっと助っ人を呼んでくるね。カリスは気になるのがあったら持っていっちゃっていいよ」
「えっ、そんな! 申し訳ないですよ」
口では殊勝なことを言うカリスだが、その視線は並べられている品々の上を彷徨っていた。
「いーのいーの、被害を受けた補填だと思っておくと良いよ、下手すれば死んでいたかもしれないのに」
「じゃ、じゃぁ、お姉様からの贈り物だと思って、慎重に選びます!」
最後のセリフは聞こえなかったことにして、ヨルは倉庫の扉をパタンと閉めた。
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