第8話-身分証を手に入れた
「なるほど十九人が恐らく全滅……か。この街では上位ランクの者たちだったが……」
「あぁ、死体を見たわけじゃないが、アレに食われたのは間違いないと思う…もしかしたら何人か、そのうちひょっこり戻ってくるかもしれないが……」
あの気持ちの悪いやつを倒してから、生き残りが居ないか夜が明けてから二人で辺りを捜索してみたが、生きている人間の形跡は発見できなかった。
折れた剣やちぎれた鎧が幾つか見つかったため、せめてもの遺品にとそれをもって帰ってきただけだった。
「ヨル……といったね。まずはアルフォズルを助けてくれてくれたこと礼を言う。ありがとう」
そう言いながら頭を下げるギルドマスター。
(見た目に反して真面目な人だ……)
白髪が交じっているがその体格は明らかに歴戦の戦士のようだった。
シャツの上からも筋肉の鎧がうっすら見える。
「いえ、気にしないでください。それよりもお願いが」
自分からお願いするのもどうかと思ったのだが、アルが口添えをしてくれると言っていたし、このギルドの一番偉いさんだというので、感謝されているこのタイミングでお願い事を言ってみた。
「冒険者ギルド発行の身分証ではなく、傭兵ギルドのメンバー証を作ってやる」
「よろしいのですか!?」
二人のやり取りを黙って聞いていたアルが咄嗟に聞き返す。
アルの驚いた口調から、ヨルは道すがらアルから説明を受けていた内容を思い出す。
冒険者ギルドの上位組織がこの傭兵ギルド。傭兵ギルドのメンバーには普通はなれない。
色々聞いたのだがそれぐらいしか覚えて居なかったヨルは「傭兵ギルドメンバー=すごい」ぐらいにしか思っていなかった。
「アルの説明をそのまま信じるなら、1対1でダロスを難なく倒せる時点でお前に引けを取らないだろう?」
「それどころか、こいつは強いですよ。2日ほど一緒にいただけですが、それだけは保証します」
「なら問題はあるまい。アルの命を救ってもらい、難易度Aランク以上と想定される未知の魔獣を退治し、傭兵ギルドメンバーのカタキもとってくれた。通常ルートで審査がきても問題なく合格にするささ」
ギルドマスターに手渡された書類に「ヨル・ノトー 十七歳 ケルムト村」と記載してはたと気づく。
「この戦闘スタイルという欄には何を書けば?」
「それは剣士なら剣士、魔法使いなら魔法使いと書いてくれればいい」
「ん…っと、えっと、私、剣も魔法も使えない…んですが」
「それでアルより強いのか?」
「ははっ、マスターこいつの獲物はその拳だ……すごかったぜ、ダロスが一撃で腹に穴を開けて吹っ飛んでった」
「なんと拳闘士とは珍しい……って、おまえケルムトの出……なのか?」
「うん……あ、はい、そです」
咄嗟に返事をしてしまい、敬語は苦手だなと思いながらごまかすように茶をすする。
「…………」
ギルドマスターは何かを考える素振りをしながら「よし、とりあえずこれで登録は問題ない」と言いながら席を立ち扉の外に待機していた職員に声をかけ、ソファーに座り直したギルドマスターはまた目を閉じ何かを考え込む。
「えっと、どうしました?」
いつも豪快なイメージしかなかったギルドマスターが考え込むなんて珍しいと思い、アルが恐る恐る声をかける。
「いや、何も問題ない」
「……問題ないようには見えないんですが」
「アル、前にも言ったが、長生きをしたいなら必要でないことに必要以上に首を突っ込む癖を直せ」
ヨルが住んでいた村のことを知っていると言っているようなものだったが、そう言われてしまってはこれ以上追求するのもまずいと思い、口をつぐむ。
「それで、そのカゴに入っているのは魔獣の素材かなにかか?」
「あっ、そうだこの中に」
ヨルはあの場所で見つけた、ぼろぼろになった装備品をギルドマスターに遺品かもしれないと手渡す。どろどろに汚れてしまっていたが、それらを受け取ったギルドマスターは少し悲しそうな表情をしながら「ありがとう」と返事をする。
「あとはダロスの素材にさっき言ってた謎の魔獣の一部をもって帰ってきました。ヨルが道すがら集めた素材も混じっているので、まとめて商業ギルドに売ろうかと」
「謎の魔獣の素材とやらはこっちに譲ってもらえないだろうか?詳しく調べたい。もちろん調査結果によっては報奨金を支払おう」
それで問題ないとヨルが返事をし、触手のような物体と、クレーターの底に残されていた黒ずんだ岩のような二つに割れた塊を渡す。
「残りは…おい、商業ギルドの鑑定士が来てたろ、すまんが、ここに呼んでくれ!」
扉に向かいギルドマスターが声を上げると、「承知しました」と返事が聞こえ、パタパタと廊下を駆けていく音がする。
「えっと、ギルドマスター……さん?」
「あぁ、すまない名乗っていなかったな。私はアドルフ・フォン・ウォルターという。アドルフでもマスターでもかまわん」
「わかりました、アドルフさん。一つ聞きたいのですが、傭兵ギルドのメンバー証って、日銭を稼ぐような依頼を受けるのって大丈夫ですか?」
「日銭? あぁそうか、旅の最中だと言っていたな。それは問題ない。冒険者ギルドの依頼はランク関係なく受けることが出来るし、傭兵ギルドの依頼もほぼ受けることが出来る」
これでお金という心配事の半分が解決することができた。身分証なんて言う存在に気が回っていなかったため、アルに出会えずに街に着いていたら冒険者ギルドの身分証しかなくこの先、色々と苦労していたと思うと、アルを助けてよかったと思った。
「ただ貴族からの依頼だけは、各街の傭兵ギルドマスターの推薦がない限りは受けることができん」
「それは大丈夫です。貴族には近づくつもりは無いので」
「くくっ…そうか、誰に言われたかしらんが、その心づもりは大事だぞ」
苦笑しながらそういうギルドマスターを見て、ふと隣のアルをちらっと見ると、こちらも微妙そうな表情をしていた。それを見てはっと気づく。”アドルフ・フォン…”。フォンの字が入っているということは貴族である。それに気づきヨルは顔を青くする。
「えっと…すいません」
耳をへにょっとさせ、作法は分からないがこういうのは気持ちだと考え頭を下げる。
「俺に気遣いはいらん、だが他の貴族だとまずいことになるから気をつけるんだぞ」
「はい、気をつけます」
「それにアルもその程度のことは気しないだろう?」
「えっ?ギルドマスター!?」
急に話を振られたアルはがばっとギルドマスターに顔を向ける。ヨルからみても、その顔は明らかに動揺していた。
どうやら、聞くところによるとアルは他の国で傭兵ギルドに登録をし、この国に修行を兼ねて渡ってきたそうだ。
登録のときも名前と名字だけを登録したのだが、各ギルドの責任者、ギルドマスターにだけは表示されている以外の情報が読み取れるらしい。そしてその情報の中に家族の情報なども乗っているとのことだった。
死体で見つかったときなどに家族に連絡をするためだそうだ。
「くそー…初めて知った」
「はははっそんな顔をせんでも、守秘義務というものがあるし、べらべらとしゃべるような人間はギルドマスターにはなれん、気にしなくてもよいぞ」
「いまヨルの前でリアルタイムで言ってるじゃないですか…」
「いっとらん、匂わせただけでアルの自爆じゃないか」
「くっ……。ヨル、そういうわけだけど俺は貴族だとは思っていないし今まで通り接してくれると助かる」
父親に「貴族にはなるべく近づくな」と言われていたのに、ここまで知り合った二人がどちらも貴族だとは…。でもアルは何か事情があるようだし、貴族だということも気にしていないようなので、ヨルも気にしないことにした。
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