第9話-小金持ちになった
コンコン――
その時、扉がノックされ一人のスーツ姿の男が入室してきた。
「商人ギルドのモノです。ギルドマスターがお呼びとのことで参りました」
「あぁ入ってくれ。忙しいのに済まない。そこの素材を買い取ってほしいのだが、内容が内容なだけに来てもらった」
「……それは問題ございませんが、お売りいただくのはそちらの女性でしょうか?」
今度は子供扱いされずちゃんと女性扱いされたことに、ヨルは「さすが商人、人を見る目がある」などと思い満足げだった。
「いや、アルの方だ」
「これはアル様、お久しぶりでございます」
「あぁ、この素材だが、正直言うとほとんどがこのヨルが集めたものなのだが、俺が代理で売れたらと思ったんだ」
「それは問題ございません、では早速確認させてください。こちらのテーブルをお借りしても?」
「ダロスの素材が二匹分入っているそうだから慎重にな」
ギルドマスターがテーブルに素材を並べようとしている商人に声をかける。
「な、ダロスですと……? それがしかも二匹分も!?」
「アル、二匹分で間違いないな?」
「えぇ、俺が襲われたやつと、その後ヨルが倒したやつだ」
アルは間違いないと返事をし、ちょっと穴が空いているかもしれないと付け加える。
「話に聞くと相当凶暴な魔獣だそうじゃないですか、穴が空いていようともお売りいただくだけで御の字でございます」
「あのー……」
満足げな商人の表情を見ながらヨルがおずおずと手を上げる。
「ヨルどうした……?」
「その、ダロスでしたっけ……それなら多分二十匹ぐらいあると……思う……」
「「「えっ!?」」」
ギルドマスターと商人、アルの声が見事に重なった。
ヨルが村を出てから退治した魔獣は角が生えた兎や、鳥のような魔獣が多かったのだが、途中から現れたのがダロスだった。最初、そんな凶暴なものだとは知らず、襲いかかってきたところを次々とカウンターで沈めており、その数は二十一匹に及ぶ。
「……なんという……」
テーブルに広げられた素材の数々をチェックし、商人ギルドの人が悩む。
「失礼、手持ちがないため、買取金額は後ほど商人ギルドまでお越し頂いてもよろしいでしょうか? もしくはお持ちのメンバー証のほうに登録いたします」
「えっとじゃぁ、半分をアルに半分を私で」
このメンバー証にそんな使いみちがあったのかと思いつつ、お金を持ち歩くのも怖かったのでメンバー証に登録してもらえるようお願いする。
「ヨル、半分はもらいすぎ」
「えっ……じゃぁアルに七割、私が三割で」
「なんでさ! 逆だよ逆、俺なんて荷物持ちを手伝ったぐらいなんだから、一割の半分ぐらいでいいよ」
「それは流石に……」
このままいっても平行線になりそうだったが「じゃぁ荷物持ちと代売りのお礼と、殴っちゃったお詫びで、二割」というところで手を打ってくれた。
「あ、少し買い物に使いたいのでいくらかは現金でもらうことできますか?」
危うく忘れるところだった。ヨルは何泊か宿に止まる必要があり、ぼろぼろになったグローブの替えや旅用品を揃える必要があったのだ。
「それでは、今手持ちで金貨二十枚ありますので、こちらをお渡しします」
「に、にじゅうまい……? えっと、ほんの少しでいいんだけど」
金貨二十枚といえば、贅沢をしなければ一年間働かなくても過ごせる金額だった。とてもじゃないがそんな大金持ち歩く気にも慣れない。
「これで大体一割分になります」
さらに恐ろしいことを言う商人を見て、アルに「どういうこと?」と視線を戻す。
「ダロスが合計二十三匹分だ、それだけで希少価値はとても高いと思うぜ」
「はい、この素材はまだはっきりと解明されていませんが、その体毛は通常の剣であれば弾くほどの耐久力があります。それに市場には全く流れておりません」
「剣も弾くのに、どうやって加工を……」
ヨルがぼそっと疑問を口にするが気にせず職員は続ける。
「また他の魔獣の素材もCランクからBランクまでとても状態のいい物が多く、合計で金貨二一一枚で買い取らせていただきます」
金貨二○一枚。このうち二割の金貨四十二枚をアルに。二十枚をその場でヨルの手に載せられる。残りの一〇九枚をヨルのメンバー証に登録してくれることとなった。これは各国の傭兵ギルドや商人ギルドで引き出すことが出来るという。
(まるで銀行だな……便利だなー)
前の世界での知識があるヨルとしては、その場でカードから直接決済できればとも思ったのだがそれは高望みだろう。
「それに話は戻るが、ヨル」
手にとった金貨をどう扱おうかヤキモキしているヨルにアルが声をかける。
「武器や防具、身を守るための魔道具なんかは、いくら金貨があっても足らないぞ」
それもそうか、とヨルは思う。
確かに剣や鎧なんかはこの世界においてはまだまだ貴重な鉄が中心だ。メンテンナンスや買い替えも考えるといくらお金があっても困らないだろう。
ヨルは剣を使わないとはいえ、防具には気をつけたいと考えている。スピード重視のため、機動力を失ってしまうような重装備は必要ない。代わりに「軽くて丈夫」というお高そうな装備品で揃える必要があったのだ。
「ヨル様……でよろしかったでしょうか? よろしければその尾のリボンを拝見しても?」
色々と考え込んでしまったヨルに商人ギルドの職員が声をかける。
「えっとこのリボン?」
後ろに手を回し、しっぽを掴んでみんなに見えるように前に回す。
「はい、見た感じ相当な魔力が込められているようなのですが」
「これは母の形見で……鑑定の魔法も使えなくてどういう効果があるのかわからなくて」
「では私が鑑定魔法を掛けさせていただいても?」
お願いしますと伝えるとギルド職員がリボンに手をかざす。
『
一言つぶやくと一瞬彼の手が光り、すぐに収まる。
「これは……すいません、うまく鑑定ができなかったようです」
「えっと、失敗したってこと……ですか?」
「というよりも、弾かれました。相当高い加護魔法がかかっているようです。読み取れたのは"進む道を見つめるモノ"という名だけが……」
「進む道を見つめるモノ……」
ただのリボンにつけるには大それた
父が昔、母に送ったと言っていたが、結局の所その具体的な効果はわからなかった。実際、これを付けていると体のキレが良くなる感じがしていたので、効果がわからなくても問題はなかった。
「では、私はこれでーー。買取金額につきましては戻り次第すぐに登録いたします」
「ありがとう」
アルが礼をいうと商業ギルドの職員はペコリと頭を下げて退出していった。
「ヨルは暫く街にいるのか?」
「んーそのつもりだけど、気が向いたら次の街に行こうかなと。アルは?」
「俺は今回の件の後片付けだな。あとは終わってから考える」
「そっか、じゃぁまたこの街にいれば何処かで会えるかもね」
ヨルは宿を取るからと、席を立ちながらアルにひらひらと手をふる。
「あぁ、そのときは飯ぐらい奢らせてくれ」
「とびっきり美味しいのをお願いするわ。アドルフさんも色々とありがとうございました」
扉のところで振り返り、ぺこりとお礼をする。
「あぁ、困ったことがあればいつでも来てくれ。力になろう」
ヨルは改めて礼をいい、扉をパタンとしめた。
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