第7話-街の名は

「はぁ……やっと着いたー」



 ヨルがぐぐっと伸びをしながら目の前に広がる大きな壁に目をやる。ガラムの街は樹海に一番近いということで、南側に大きな防壁が設置されている。


 一つだけある入口も南側はほぼ人の出入りが無いため、小さな馬車がギリギリ通れるぐらいのサイズの通用門があるだけだ。アルが衛兵に声をかけ事情を説明すると、ヨルに手形のようなものを手渡してきた。



「それは正しく手続きをして街に入ってきた証だからなくさないようにね。長期間街を離れるときは衛兵に返却してくれ」


「わかったわ、ありがと」


 門をくぐると質素ながらも、ヨルが育った村よりはるかに都会的な町並みが広がっており、それだけでヨルのテンションはダダ上がりで危うく駆け出してしまいそうになるのを、ぐっとこらえる。


「アルはこれからどうするの?」


「俺か? 俺はとりあえずギルドに報告かな…ヨルも急ぎの用がないならついてきてくれないか?」


「えー……面倒くさい……お風呂入りたいし」


 二週間近く水浴びだけで森を歩き続けており、乙女としてはそろそろお風呂に入りたくてしょうがなかった。


 一人ならあまり気にならなかっただろうが、こんなに人が多い街中に放り込まれた途端、自分の身なりが気になってしまう。


「一緒に来てくれれば上に説明しておまえさんの身分証ぐらいは作ってもらえるぞ」


「身分証……? 必要?」


「おまえ……この先も旅するんだろ?商業ギルドでも冒険者ギルドでも、世界中で通用する身分証があれば色々と困らないぞ」


「そっか……そういうものなんだ」


 公的に自分を証明されるモノなんて頭になかったヨルは、アルに説明されて目からうろこが落ちそうだった。




 確かにこの先、街に入るたびにイチから説明したりするのは面倒くさい。それに大陸を渡る船にのるには領主の許可証が必要だが、交易生業とする商業ギルドの身分証があれば船代だけで乗れるそうだ。


 また各地を旅する旅人のための身分証として、冒険者ギルドが身元のみを保証する許可証があり、これはお金を払い審査を受けた後に発行されるという。


 身分証とは別に、正式に冒険者ギルドに所属し魔獣退治などをするためのメンバー証があると、船代は割引される。冒険者ギルドの上位組織である傭兵ギルドのメンバー証だと、船代も一切かからず一般客よりも優先されるそうだ。


 ただし冒険者ギルドのメンバーになるにはそれなりに腕が立つ必要があり、傭兵ギルドに所属するにはまず冒険者ギルドで数々の依頼をこなし、ランクを上げることでやっと審査を申請できるレベルだという。




「じゃぁ一緒に行くわ。ついでにこの素材も買い取ってもらえたら嬉しいんだけど……その……手持ちがあまりないから」


「あーそのでっかいカゴ、色々と剥ぎ取った素材入れてあるんだったな」


 素材の売却については、アルがなんと商業ギルドにも登録しており、冒険者ギルドメンバーより高い値で売れると言うので全部代売りを頼んだ。


――――――――――――――――――――


 街の入口近くにある石造り2階建ての建物の扉をくぐり二人でカウンターに向かう。室内には冒険者のような格好をした人間が居るが、昼下がりということもあってその姿はまばらだった。


「アルフォズル・オールディンだ。調査隊で樹海に向かっていた。重要な報告事項ができたので、マスターに取り次いでもらいたい」


「アルさん!おかえりなさい。無事で良かった……お一人……お二人ですか?」


 アルは「そのへんも含めて話をしたい」と伝えると、男性職員は奥の部屋にマスターとやらを呼びに行ったようだ。




 暫くキョロキョロとあたりを見回し、依頼が貼り付けてあるボードを見ながら室内を見学するヨル。

 しかし次第に飽きてきたのか、空いている椅子に腰掛け、足をぶらぶらとしながら水筒から水を飲みだした。


「アルさん、お待たせいたしました。こちらにどうぞ」


「おーい、ヨル! こっちだ」


「ん」


 ヨルは短く返事だけし、荷物を持ってアルの後ろをついて二階まで上がると、前を歩いていた職員が扉の前でノックをし、中から入室してよいと返事が聞こえてから扉を開ける。


「さ、どうぞ」


 職員に促され部屋に入ると、一人男が来客用のソファーに腰を掛けていた。


「アル。無事に戻ったか。その子は?」


「あぁ、この子はヨルといって、ダロスに襲われてたところを助けてくれたんだ」


「そんな子供が……か?」


 ヨルの耳がピクッと動き、尻尾がピンと立つ。


 アルはとっさに「やべぇ」と感じ、慌てて最初から状況を説明するから座ってくれと話を逸らす。


 ヨルは仕方ないかという表情になり、ギルドマスターが座っている正面のソファーにアルと並んで腰を掛け、職員が出してくれたお茶に口をつけ、ふぅっと一息つくのだった。



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