三皿目 お嬢様、モトラー!?

 数枚の皿が重ねられたテーブルにつくと、雪乃はゆったりとした手つきで湯気の立つカプチーノのカップを取った。


「さっきは時間を気にしてたけど、食事はもういいの?」

「今は休憩中よ。がつがつと食べるだけが食べ放題じゃないわ」

「それにしても意外だよ、一之宮さんみたいなお嬢様が、食べ放題なんて」

「雪乃でいいわよ。一之宮はパパや、立派なご先祖様の名前であって、私の名前じゃないもの」

 雪乃は悩まし気な顔をして、小さく一つため息をついた。金持ちのお嬢様だなんて恵まれていて何不自由なさそうだけれど、良い家柄には良い家柄の苦労があるのだろうか。

「お嬢様でも、美味しい物を食べたくなるのは自然でしょ?」

「雪乃さんなら、普段からもっと美味しい物を食べていそうなものだけど」

「フレンチだとか、料亭だとかのこと?」

「うん、そういうやつ。フルコースみたいなさ」

「そんなのより食べ放題の方がいいじゃない。だって、好きな物を好きなだけ食べれるのよ。コースみたいに決められた順番通り食べるのは、堅苦しくて好きじゃないのよ」

 やっぱり、お金持ちも大変なようだ。贅沢な悩みという気もするけれど……。


「お皿の料理、冷めないうちに食べたら?」

「ああ、そうだった」


 僕の皿にはまだ山盛りに料理が乗っている。

 一方で、雪乃はというと、食べ終えた皿は綺麗に重ねて、デザートらしきケーキとフルーツがちょこんと乗った皿を傍らに、優雅にカプチーノを飲んでいる。

「さすが、お嬢様だね」

「何のこと?」

 雪乃はカップを置いて首を傾げた。

「食べ放題に来ても食べ方が上品だな、と思ってさ」

「そうかしら?」


「滅多に食べられないホテルの料理だからってがっついてる自分が恥ずかしいよ。兄貴なんてさ、五千円のランチだからいっぱい食べなきゃ損だとか言って、朝まで抜いてるんだぜ」

 皿に山盛りのフライドポテトを乗っけて戻ってくる兄を指さして、僕はため息をついた。


 雪乃はコース料理より気楽なシステムとして食べ放題を楽しんでいるようだけれど、僕は食べ放題に行くと、ついつい元値はいくらだとか、どれくらい食べたら得だとかを考えてしまう。何だかセコイ人間みたいで恥ずかしくなる。

「いいえ、モトラーは恥じることじゃないわ!」

 急に、雪乃が大きな声を出した。まるで選手宣誓をするスポーツ選手みたいに、高らかに、彼女は言う。


「食べ放題の王道はやっぱりモトラーなのよ。モトラーに始まりモトラーに終わる。誰でも最初はモトラーから食べ放題の大海に漕ぎ出すの」


「えっ、なに?」

「モトラーは食べ放題と切っても切れない存在よ。それを恥じるなんて馬鹿げてるわ」

 熱く語られても、意味が分からない。

「モトラーって何だよ」

「食べ放題で元を取ろうとする人のことよ。決まってるでしょ!」

 さも当然と、彼女は言った。まるで、モトラーを知らない僕が宇宙人だとでもいうみたいに、気味悪そうに眉をひそめる。

「元を取りたいと考えるのが、食べ放題に挑む人のあたりまえの心理だってことよ」


「雪乃さんも、元を取ろうとか考えるの?」

「当然じゃない」

 何を馬鹿なことを言ってるの、と付け加えられているような気がする言い方だった。


「まあ、あなたのお兄さんはまだまだ初級だけどね」

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