第3章 ゆく年くる年殺人事件

 大ホールに戻った大宮は、楽しみにしていた肉料理が既に終わったことに愕然とした。やむを得ずその横で冷えた食べ放題のピザに手を出した。

 さっきよりも静かになった会場のステージを見上げると何かの説明が行われているようだ。見たことないおじさんがスポットライトを受けながら何かを一生懸命話しているが、基礎情報ゼロの大宮には話の内容が良くわからない。

 ステージ背後の大きなLEDモニターには「成長スキーム戦略」など書かれている。『見て見てオーラ』を全身から発した司会者が、メガネの縁が緑色の若い男を壇上に呼び込みヘラヘラとやたらとヨイショし始めた。こいつが多分プロデューサーなんだろうが大宮にとっては関係ない。ピザを僧服につけないよう細心の注意を払いながら食べることに集中していた。

「既存キャラクターをリアルキャラクターに実体化させることによるライトユーザーにたいするアテンション効果と、オールドメディアにいる保守層の参入障壁の低下と、一般メディア出演によるアテンション効果とコンテンツの価値観の三八〇%の向上を……」

 さっき同僚坊主の宮内は十年に一度の記念すべきイベントと言っていたが、大宮には胡散臭いマルチ商法の勧誘と違いはないなぁと思えた。「やっぱ帰ろうかな」と出口に向かったが、他にも同様のことを思った人もいたようで正面口は混雑しており警備員が引き止めていた。

 持って生まれた横着な体質の大宮は、そこで列の横入りをしてさりげなく出口を突破しようとしたが。

「すいません、この時間帯だけ出入りはできなくなっています」

「隣の本堂で、新年のおみくじ売らないといけないのですが……」

 大宮は本音の用事で勝負した。

「それはダメなんです。入場チケット購入時に誓約書を書いていただいたと思いますが、情報管理の為、午前〇時の情報解禁が終わるまでは入退場できなくなっています」

「あのぉ、さっきから携帯電話が圏外なんですが、電波入るとこ知りませんか?」

「あぁ、それもチケットに書いてあったと思うんですが。情報解禁までは電波にスクランブルかけさせてもらってます。情報をネタに海外市場で株の取引きするやつがしますので、ご存知でしょう? チケットお持ちですよね?」

「そう言えば、そんなこと書いてあって様な感じもしてきました」

 諦めの早い大宮は怪しむ警備員から離れた。「今さら戻っても何もやることないだろう」と本山の手伝いを無視することにしてドリンク片手に歴史的イベントらしいこのカウントダウンをそのまま見守ることにした。

ステージ場では先ほどのおっさんたちの説明がまだ続いていたが、人の話を長く聞くことが嫌いな大宮にはどうにも耐えられない時間だった。ホール内の観衆の中で、突然訪れた孤独感と、そのちょっと前から感じていた冷えたピザの胃もたれを同時に抱え込んだ。

(これなら初詣で「縁結びおみくじ」と「子供のおみくじ」でも売って年越しのお雑煮を食べた方がよかった)

 元々不正に入場している上にコミックのファンイベントなのだから、ファンじゃない大宮が面白く無いのは当たり前なのだが……。

 そんな我慢をしているうちに午後十一時四十五分。新年のカウントダウンまで十五分となった。

「本日は『実写版・幕末ヴァンパイア・ジェネレーションズ』の発表カウントダウン会見にお集まりいただきありがとうございます。いよいよ皆さまお待ちかねの本日の主賓の登場です!」

 ステージ場にはまたさっきのオヤジ受けの良さそうな滑舌のいいアナウンサーが登場し、拍手タイミングを煽る巧みな技で会場を盛り上げた。

「朝といえばこの人、鳩村千鶴子さんです」

「わぁー」

 最初に登場したのは本当の有名人のようだ。大宮も見たことある『朝ドラ女優』がいつもの『昭和ど根性ドラマ』とは全く違う黒のワンピースドレス姿で現れた。

「そして次に控えますのは時にライダー、時にイケメンモデルの北森大河さんです」

 舞台上に現れたのは八頭身で茶髪だが、印象に残りにくい顔のイケメン俳優っぽい男が現れた、ライダーか戦隊系に出ていた人だと紹介されたがさっぱりわからない。その北森は司会者の質問に必ず「そうですね」と言葉をはさむイケメン俳優にありがちなリズムの悪さを見せた。

「続いては、ウラジオストク映画祭で『最も期待される新人女優賞』を受賞したこの方、葵みどりさんです」と紹介されて、大宮の見たことない十代の女優が登場した。おそらく朝ドラ女優と同じ事務所のようで、壇上で先輩女優に挨拶をしきりにしており、先輩の方も「いつも現場で話してます。私たち仲良しね」的なノリで会話していた。

 「メガホンを取るのはもちろんこの方! 斑鳩一美監督」という戦前の紹介のような司会フリで紹介されたのは、目の細い、ヒゲ面の男だった。もちろん大宮は見たことないただのおっさんだ。

 「先月公開された『通学電車』も大好評でしたね?」と作品紹介もあった。

 それなら知ってる、確か田舎の女子高生が親戚を頼って上京したら通学電車で意地悪な男子とであったら、なぜかその親戚の家に留学中のイケメンイギリス人ハーフで同じクラスになるけど学校では不良だったみたいな映画のはずだ。正しいかどうかも良く分からない。

 「そして最後はお待ちかね、我らがゴッド! 天才プロデューサーの袖ヶ浦亮太さんです」

 紹介された男の登場は他とは違い、舞台センターのせり上がりから派手に登場。宮沢からは「すごい人」とは聞いていたが、実際に舞台上でスポットライトを浴びているのは肥満の中年男だった。なぜか黒いサングラスに頭髪はオールバックで真っ赤なジャケットを着て、横を向いた姿勢のまま固まっていた。マイケル・ジャクソンのコンサートでこういうポーズを見たことはあったが、男の見た目は、だいぶ前に流行った『カンナムスタイル』を歌うサイにしか見えない。場内は袖ヶ浦の登場に大歓声で、カメラのフラッシュがメチャメチャ光り、鳩村千鶴子、北森大河、葵みどり、斑鳩一美監督、袖ヶ浦亮太の五人が並んで、写真撮影の絵作りをしていた。

 

 突然場内が暗くなり雷鳴と豪雨の音が鳴り響く。もちろん音だけだが、なかなかの迫力である。檀上も真っ暗になり、壁面にプロジェクターで数字だけが映し出される。時刻は二十三時五十九分。会場はざわざわし始める。

 六十秒前からのカウントダウンらしい。

「普通は十秒だろ、間延びするなぁ。何か仕掛けしているの見え見えじゃないか」

 プロジェクターの数字を見守るうちに、残り秒数が少なくなり、十秒からは会場中からカウントダウンコールが始まる。

「サン、ニー、イチ、ゼロ」

 バスーン。場内で効果音と共に炭ガスが噴射し、天井からはキラキラ光る金銀の花びらが舞い落ちて来た。

「ここで場内に明かりが付いてさっきのバンドが歌ってハッピーニューイヤーでしょ」とシニカル坊主の大宮は思ったが

一向に照明はつかず、場内のPAもLEDモニターも非常灯もすべて消えてしまっている。これも何かの演出だと理解しているファンは「イエー」とか奇声を発して催促したり盛り上げることに協力している。

 帰ることしか考えていない大宮は携帯の時間を確認した。〇時をすでに二分すぎていた。

「何かミスってるわ。こんな真っ暗じゃカウントダウンも台無しだな」

 会場を出たくとも真っ暗で出口が良く見えない。そのうち会場の方々でスタッフたちの声が聞こえ始めるようになった、中には何か叫んでいる声も聞こえる。

「トラブルか」

「明かりつけろ」

 観客もザワザワとし始めた。


 その時、突然

「ドン、ズバッ」

 何かが落ちるような音がした。

「ギャアー」会場中央付近から複数の悲鳴が聞こえた。

「どうした、何があった非常用回路に切り替えろ」などとスタッフが騒いでいる。

 何か事故があったのかも知れない。大宮の心はざわめき立ち始めた。もう帰ることは頭になかった。これから起こることは全て記憶しておかねばなるまいと腹を決めた。

 突然、客席照明がついた。

 その途端にまた場内各所で悲鳴があがった。

 何だかわからない大宮は急な照明に目が眩んでいたがようやく慣れてきた。会場の中央で騒ぎが起こっている。後方から見ると、満員の場内でそのセンター部分だけがぽっかりと空間が空いているような感じだった。

 吸い寄せられるように、大宮は会場の中央に向かった。そこでさっきの悲鳴の原因とスペースが開けられた理由を知った。

 そこには血だらけになった女性が騒いでおり、その足元にはセンター部分には『人のようなもの』が倒れていた。

 まわりの人々は凍りついた表情でその『人のようなもの』をみていた。

 もう少し近寄ると倒れているのが人であるのは間違いなかったが、誰なのかまでは分からない。体格から男性の大人であることはわかったがそれ以上は無理だ。

 しばらく観察していても、誰か分からない。

 なぜなら顔が無かった。

 顔というか首から上が全部ない。つまり首無し死体が床にあった。

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