14〜雨が止んだら〜
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その後、後輩を彼女の家に送り届けてから僕は帰宅した。でも家に妹は帰っていなくて、町中を捜しまわることになった。雨が降る中を走って捜す途中、邪魔になって傘は捨てたので、せっかく後輩に拭いてもらった髪もまた濡れてしまった。でもまぁ元々体は水に浸かった後みたいにずぶ濡れだったので、あまり気にはならなかった。
妹は割とすぐに見つかって、僕は真剣に怒られた。妹が言うには、僕がふと気づいたらいなくなっていたらしく、妹もまた僕を捜しまわっていたらしい。「どうしていきなりどこかへ行ったの」と、泣きそうになりながら怒られた。
必死で妹をなだめて、最後は僕が今度、後輩のことを妹に紹介するからということで許してもらえた。どういう経緯でそんな話に行きついたのか、よく分からない。
翌日起きると僕は風邪を引いていて、まぁあれだけずぶ濡れのまま動き回ったのだから当然のように思えた。
放課後には、後輩が僕の家にお見舞いにやって来た。僕のお見舞いというよりも後輩は妹とよく話をしていて、はたから見ていて後輩と妹は大変気が合うようだった。僕そっちのけで妹とまたウチに来る約束をして、彼女は帰って行った。
その日の夜の天気予報では、降り続いたこの雨もあと二、三日で止むだろうと言っていた。でも、梅雨はまだまだ明けないらしい。
夜が明けると僕の風邪はほとんど治っていて、少し頭痛が残っている気もしたが僕は登校することにした。後輩に風邪が治った旨を告げるメールを送るとすぐに返信があって、僕は彼女と一緒に学校に向かうことになった。
少し遠回りになる道のりで、後輩と一緒に学校に向かう。たぶん、これからは行きも帰りもこの道を歩くのだろう。パラパラと弱気な雨が降る中、僕と後輩は傘を差して並んで歩く。太陽の光が漏れた空には薄っすらと虹がかかっていて、それを見た後輩が思い出したように口を開いた。
「ねえ先輩、こんな話知ってますか?」
「なに?」
「虹って、本当は丸いんですって」
「どういうこと?」
「では説明して差し上げます」
そう言って笑う後輩の顔は、楽しそうだった。
あと、学校に到着するまでの間に、視界の端にちらりと彼の姿が映ったような気がした。たぶん、僕の勘違いだと思う。
学校に着いたら後輩と別れて、自分の教室に入る。自分の席に座ると、既に登校していたアリスが振り返って話しかけてきた。
「今日も彼女と登校デートできて羨ましいこったな」
「まだ二回目なんだけど?」
「どうせ明日からずっとそうなんだろうが」
「まぁ、否定はしないけど」
「お前もさ、ちょっとは気を付けろよ?」
アリスが呆れたように言う。
「なにが?」
「お前の彼女はモテるんだからさ、言動には気を付けないと余計な反感を買うってこと」
「いや、このこと知ってる人なんてあんまりいないから大丈夫でしょ」
「いや、結構知ってると思うぞ」
「は?」
「だって、昨日お前が休んでる時に俺が話したから」
「お前ふざけんなよ」
思わず立ち上げって声を荒げた。そうでなくとも後輩と同じ部活に入っている僕は、彼女と同じクラスで彼女を想っているらしい男子生徒に嫌味を言われたことがあるのに。
「へぇ」アリスは僕を見上げて、感心したような声を漏らした。「お前、案外そういう口も利くんだな」
やっぱり、未だに彼の真意は掴み切れないことも多い。
放課後、僕が部室に向かうとそこには部長がいた。実際、彼女の顔を見なかった期間は一週間と少しくらいのはずなのに、部長の顔を見るのは随分と久しぶりな気がした。
「まだ雨は止んでないですけど、来ちゃっていいんですか?」
「かわいい部員にお願いされちゃいましたからね。今日からは部室に顔を出してくださいと。私は部員に甘い部長なのです」
部長が腰に手を当てて胸を張る。だが、その当のかわいい部員はまだ部室に来ていないようだった。またホームルームが長引いているのだろうか。
「答えられそうですか?」
突然そう尋ねられた。
「何の話ですか?」
「私が出した問題のことです。そろそろ制限時間が切れそうです」
「あぁ、そうですね。でも、その前に一つ質問してもいいですか?」
「いいでしょう、問題の不備であれば受け付けます」
「この問題、カンニングは許されますかね?」
「君はバカですか」部長は割と真剣な顔でそう言った。「試験問題にカンニングが許されるはずないでしょう」
半ば呆れているようでもあった。
「じゃあ、もうちょっと考えてみます。あと一日くらい時間は残っていそうですし」
「うむ、了解いたしました」
部長はふざけてるのか真面目なのかよく分からない口調で頷いた。
後輩が部室にやって来たのは、そのすぐ後のことだ。後輩がやって来ると、僕と後輩は何故か並べたパイプ椅子に並んで座らされて、その正面に部長が座るという形がつくられた。まるで面接か何かのように。
「部長、これ何なんですか?」
後輩が不思議そうに言った。
部長は後輩のそんな問いかけに不敵に微笑んでから、こう言った。
「二人とも、部長に何か報告することがあるんじゃないですか?」
「は?」
その後部活の時間が終わるまで、僕と後輩が顔を赤くして、部長が楽しそうに笑いを上げる拷問のような何かが行われた。具体的にどんなやり取りがあったのか話したくはないが、後輩も顔を赤くしながら笑っていた。
〇
それからの数か月間はあえて特筆するようなこともなく。強いて言うなら、妹と後輩がますます仲良くなって毎週のように後輩が遊びに来るようになったことと、妹が何かの部活に入ったことくらい。
三年生の半ばで部活に入ってちゃんと上手くやっていけてるのか、始めは少し不安だったが、少数の部活でそのほとんどが元からの友人らしいので、そこまで心配することでもないだろう。楽しくやっているみたいだ。
あぁそうだ、それともう一つ。これはとてもささいなことなのだけれど。
一か月くらい前だろうか、僕のことを死ぬほど嫌いだと言っていたあの彼と、また少し話をした。彼が通う高校は僕の高校と近い位置にあって、彼もまた徒歩で登校している。一か月ほど前に町中でばったり彼と出会って、少し言葉を交わした。たったそれだけのことなのだが、彼とはまたどこかでそんな風に言葉を交わす気がする。
ある日の朝、僕は後輩と並んで歩きながら登校していた。空は雲一つない快晴で、太陽は燦々と輝き、冬も近付いてきているのに汗が浮くほどだった。
「最近、雨降りませんね」
「どのくらい降ってないんだろ」
「うーん、なんか一か月くらい降ってないような気がします」
「そうかな、割と最近降ったような気もするけど」
「えー、それは先輩の感覚がおかしいんですよ」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
「まぁでも、その内降るでしょ。ずっと晴れてるなんてことはないよ」
「そりゃそうかもしれませんけど……。あっ、そう言えば先輩聞きましたか? 部長がどこの大学受けるつもりなのか」
「いや、知らない」
「昨日通話してた時に聞いたんですけどね――」
僕は変わったと思う。変わったところは色々あるが、大きく変わった点を一つ上げるとすれば、自分のことをそこまで嫌いじゃなくなった。きっと後輩が僕のことを好きだと言ってくれるからだ。
それでも、これからは大きく変わらないんじゃないかと思う。僕のことにしても、僕と後輩や、他の皆との関係も。
「ねえ先輩」
また二、三転と話題が変わったあと、いつもとは少し違う調子で後輩が僕に言った。
「なに?」
「先輩とわたしって、結婚するんですかね」
割と真剣な顔つきで言われて、一瞬思考が停止した。
やっぱりこれからも色々変わるかもしれない。数秒前の考えをクルリと百八十度回転させて、僕はそう思った。
雨が止むまで 青井かいか @aoshitake
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