第4話

 それからどう帰ったかは、覚えていない。

 でも、それから彼女との関係が、決定的に変わってしまったことは覚えている。僕は馬鹿だった。彼女が遠くに行ってしまう気がして起こした行動で、彼女を遠ざけてしまうなんて。それに、と思う。

 あのことがなければ、彼女との距離は変わらずに、飛んでしまうのを防げたかもしれない。今の僕の隣で、笑っていたかもしれない。小さな安い部屋と、少しのお金と、希望を見つけて、ふたりで、ささやかな幸せを。だがすべては、可能性の話だ。


 気まずいというか、なんというか、な雰囲気が漂うから、土手に行く回数も減った。もちろん彼女との会話も減り、僕は彼女と知り合う前の生活に戻った。いや、でも、たしかに何かは変わっていたのだ。十代後半の成長は目を見張るものがある。例えば、僕は進路を決めた。先生になろうと決めたのだ。どうしてか、と言われれば、これといった理由は、ない。この国の教育を改善したいとか、憧れの先生がいるからとかではない。ただ、人に何かを教えて、それで良い影響が与えられたらいいと思った。もちろん、関わることで悪い影響を与えてしまうこともあるかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。でも、やっぱり、人との出会いは尊いものだと思ったのだ。こんなふうに考えるのも、彼女が僕に影響をもたらしてくれたからだ。以前の僕とは随分違う。それがいいか悪いかは客観的には見れなかったからわからなかったけど、当時の僕はその変化を好ましく思っていたし、今考えても、良いことだったと思う。彼女から教えられた生活の中でのちいさな幸せは、今は僕が教え子たちに伝えている。そうやって、彼女がこの世界にいたという証を残したかったのかもしれない、というのは、今気が付いた。


 会話が減って、それでも僕は、教室で、廊下で、体育館で、何度も何度も声をかけようとした。すれ違う彼女の腕をつかもうと、何度も何度も思った。でも、それはしなかった。というか、できなかった。なんだか、なにを話していいかわからなかった。きっと一言目をこぼしてしまえばすぐにスムーズな会話になるだろう。わかっていても、その肝心の一言目が浮かばない。それに、無視されたらどうしよう、なんて、中学生みたいなことを考えていた。その心配は、かなり身勝手で、自分の傷だけを恐れたものだったと、今ならわかる。今なら、わかる気がする。


 真夏となった。太陽はじりじりと僕を照らしていて、肌を焼く。蝉もうるさいくらいに鳴いている。


 そして、彼女は翔んだ。

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