アンサー①
「いつまでも……隠し通せるものだろうか……」
武術大会の連覇、非武装単身で暴力団の事務所さえ制圧する警察官最高戦力者、
肘から手首を覆う青い鱗。
普段サラシをまいて覆い隠しているそれは大変な硬度を誇る。そして硬さとは一種の強さでもあり、それは彼の防具に、そして武器となる。もっとも、それを踏まえずとも数々の武術に精通し尋常でないトレーニングを日課とする彼の身体能力は武術の達人と同等の域にあるのだが……。
彼の腕の変貌はつい先日に起きたものだった。
ちょうど、ニュースで『魔物化』という奇妙な現象が話題となり、1人の少女がそれに追い詰められている頃、彼もまた同種と思われる現象を発病していた。幸運だったのはテレビの少女の様に隠し用のない大きな翼が生えることはなく、サラシ程度で隠すことができる変異だった事だ。そして、そうしている間に事態が進行して、後の多くの問題の原因となった取り決め、『魔物化』をしたものを『人外』と扱う事が決定した事だった。
そしてそれが彼の不幸だった。
少年が一度は憧れるだろう英雄、正義への魅了。長久手竜司はそれを追いながら成人し、警官という
「……無理だ」
苦しかった。
彼は正義に反しながら、正義を守る。
苦しかった。
魔物化の当事者である彼には、
だが、無理だった。
彼には正義を守ることは出来ても、正義を作り替える力などないのだ。
……
「先輩、前から気になっていたんだけどその腕なんです?」
「ああ……これは……酷い火傷をしていて、隠しているんだ」
嘘は苦手だった。
未だに人の目を見て嘘が言えないし、何より罪悪感が何時間も尾を引く。逃げる様に署を出てパトロールに出る。幸い、彼には特例的に大きな自由が与えられていた。それは彼をよく知る権力者の配慮だったが、彼の自由時間の働きを知る同期の中でその配慮に不満を持つ者はいない。
日が赤く染まる頃、長久手は署に戻った。
そして、最上階に位置するそういう部屋のドアを叩いた。
「失礼します。今週分の報告書です」
「君は相変わらず堅いね」
「……立場をお考えください。警視総監……」
「それは、ようやく出世する機になったという事かな? 竜司君?」
「……からかわないでください」
顎髭を蓄えた白髪の男性はため息を吐く竜司を見てにそにそと笑う。
彼こそが長久手に特例を許した男であり、それを望んだのは出世欲がなく、正義を趣味とする長久手竜司本人だった。
「からかってなどいないさ。いつも言っているはずだよ? 僕は君が警察のトップになる姿を見たいんだ」
「残念ながら、関心がありません。ご存知でしょう?」
会話は終始、警視総監が舵を切る。
彼自身気づいていないが、長久手は警視総監が相手の時に限り、微細ながら感情を外に洩らす。いや、引き出されているというのが性格な様だ。
「で、今日の
「春先ですから」
本来、報告書の確認は警視総監の職務ではない。
これは長久手の特例の一つであり、彼を出世させない為の特別な処置だったが、彼自身それを楽しんでいる様に見える。警視総監は長久手の報告書を見ながらうきうきと話す。長久手を見る顔はまるで初孫を見る祖父の様に緩み、報告書を見て持ち上がる口角は好きな漫画を渡された少年の様だ。
「どれどれ
「春先ですから」
「全裸コート、ふんふん……女子高の校門前で尻を出そうと……へぇ校門だけに?」
「警視総監、お疲れですか?」
「君、本当につれないよね……で、
「未遂と現行犯ですので……それに犯罪の罪の重さというのは測り難いもので……」
「そうなんだけど、うん。ゴメン。僕が悪かったよ……で
「春先です……」
「次に行こう。やっと
「……更年期障がいですか?」
「辛辣だねぇえええええ!!」
本来後に続く
「報告は以上です。失礼しました」
「ああ、そうしてくれ」
警視総監はそう言って長久手を見送り微笑む。
「本当に、随分
警視総監は長久手の異変に気づいていた。
年の差立場の差はあれど、縁も手伝い彼にはどうも産まれなかった孫のことを重ねてしまう。……だからこそ、執着してしまう。どれだけ信頼を積めば彼は私に悩みを打ち明けるだろうかと悩む。しかし、それは彼が警視総監である限りあり得ない事だった。
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