エスケープ第1節ー終章

 私は誰にも必要とされなくなった。

 いいえ、私は必要とされていると思っていただけだった。


「もういいや……」


 弟は、1人でも大丈夫。会社もなんとかなる。

 だったら、私はここにいなくてもいいんだ。スマホを捨ててしばらくは流石の私も暗い考えが頭を占めた。


「……お腹すいた」


 こんな時でもお腹は鳴る。

 優助が用意した朝ごはんをレンジで温めて食べる頃には、私はこの家を出る決心をしていて、これが最後の雄介のご飯だと思うと涙が溢れた。


「さて、準備しないとね! ウジウジしている時間はないもの」


 優助が帰ったら止められる。

 その前に家を出ないといけないけど、やらないといけない事は沢山ある。まず、優助に心配をかけないために家を出る理由を探す事だけど、これが難しい。置き手紙を考えたけど文章は苦手だ。


「私、魔物化したし、必要ないみたいだから、家を出ます」


 不採用。

 暗すぎるし、魔物化した事はやっぱり最後まで言うべきじゃない。


「やっほー。ちょっと自分探しの旅に出るねっ」


 不採用。

 どっちも本音ではある。私は必要とされていないし、魔物化を隠して暮らすのは不便だ。だったら、『本当の私』を探してみたいというのは本音だ。


「手紙は無しね……」


 結局、とてもずるい方法に決めた。

 世間的に毛利優子には死んでもらう事にした。胸の毛をいくらか毟って部屋にばら撒いて、部屋を散らかした。まるで、魔物が部屋に押し入って暴れた様に見せる為だ。私はその事件で失踪した。これならば賢い優助ならそのうち私が死んだと諦めてくれるだろう。


「……なんか病んだ手口ね……」


 でも、格好をつけている場合じゃない。

 幸い服を着ていれば人間に見える。大きめのキャリーケースに必要そうなものを片っ端から詰め込んだ。預金を下ろすのは不自然だから、優助の百万円をもらって、通帳は置いていく。あ、優助は暗証番号を知らないからメモに暗証番号を書いて、洗面台の引き出しにでも入れておけば分かるかな。


 とにかく、これでいい。

 私らしいを見失ったばかりで、私らしいなんて分からない。でも、気分はそれほど悪くない。とりあえず、小さくてもいいからやりたい事をやってみよう。


「まずは……ふふ」


 二階の窓を開けて足をかける。

 幸いにも、田舎道しかないこの周囲をこんな昼下がりに歩く人はいない。窓を蹴って私は思い切り空に跳んだ。


「んーーーーー!! 良い感じ!!」


 全て後ろに散らかして、全力で空に跳んだ。

 届かなかった雲を羨んで、下に流れる電線を眺めた。地面に降りたけど、もう振り返らない。後ろ髪を引くものはいっぱいあるけど、いつかそれで良かったって言ってやる。負けるものか。


「新しい私、始めます」

 


魔王の従者

外伝 『エスケープ第一節』 終幕

次号 『火遊び』 開幕


『火遊び』イケナイこと

全て裕福な出自があり自分のない女性両親の人形は練炭の積まれたバスに乗り……



 

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