サンタクロースの最期の贈り物
藍沢 紗夜
サンタクロースの最期の贈り物
生前の父は無愛想で、いつも何を考えているか分からない人だった。
物心ついた時から、私は父と会話らしい会話をした記憶も、ましてや褒められた記憶もない。いつも気難しい顔をして無口で、笑った顔など見たこともないような、そんな人だった。だから私は、父に愛されているとは思っていなかったし、お母さんっ子だったこともあり、父はなんだか怖い人だと思ってあまり近づかなかった。そのまま成長して思春期を迎えるとさらに会話は少なくなり、実の親子でありながらほとんど交流がないまま、私は進学のため家を出たのだった。
そんな父が亡くなったのは、十一月の初め、少し冬の気配がするような、晴れた日の朝だった。脳梗塞が原因で意識を失い、倒れて運ばれたそうだ。私は隣県の大学に通うため一人暮らしをしているので、その
母は葬儀の間ずっと涙を堪えているようだったが、私は泣かなかった。実感がなかったのもあるが、あまり悲しくなれなかったのだ。実の父が亡くなったというのに。私は彼の一人娘だというのに。
その後の手続きなどは母に任せて、私は葬儀の後すぐに大学の方に戻った。
そのひと月後、年末年始の休みで実家に帰った時に、私は母と二人で父の遺品を整理した。父の書斎には、なにやら難しげな本や、仕事に関係するものなどが積み重なって置いてある。その一つ一つを運び出していくうち、奥の方からなにやら古そうな紙の箱が出てきた。
「ねえ、お母さん、なんだろう、この箱」
近くで作業していた母に見せると、母は思い当たる節があるように、ああ、それね、と微笑んだ。
「開けてみなさい、お父さんは恥ずかしがるかもしれないけど」
その言葉に首を傾げながら箱を開けてみると、見つかったのは、それはそれは大切に保管された、私が幼少の頃贈った手紙や絵の数々だった。もう十数年経つというのに、それらは少しも色褪せることなく綺麗な状態に保たれている。その中には、サンタクロースへの手紙などもたくさん保管されていた。
「なにこれ。お父さん、全部取って置いてたの」
「そうよ、あの人、
知らなかった。こんな、がらくたのようなものをお父さんがそんな風に大切にしてくれていたなんて。
「クリスマスなんてあの人すごく気合が入ってたのよ、サンタクロースからの手紙とか、英語でそれっぽく作ったりしていたでしょう、あれ全部お父さんが書いていたのよ」
そういえば、毎年プレゼントとともに、筆記体で書かれた英語のクリスマスカードが添えられていた。てっきり母が書いていたのだと思い込んでいたけれど、あれは父の作ったものだったのか。
「お父さんって普段あんなんだったでしょう、だからこういう時くらい父親らしくしたいって、頑張ってたのよ。クリスマスカードなんて、柄じゃないでしょうに。本当に早絵のことになると甘いんだから」
思えば、私が手紙を書かなくなっても、今年大学に進学して家を出るまで毎年、枕元にはクリスマスカードと図書券が置かれていた。そして、この部屋に残された父の愛の証が、我が家のサンタクロースの最期の贈り物なのだと気づいた時、私の目からは止め処なく涙が溢れてきた。
何故気づかなかったのだろう。私は、こんなにも愛されていたのに。
「お母さん、私……お父さんのこと何も知らなかった……私、私、」
嗚咽を漏らしながらぼろぼろと泣き始めた私の背中を、母は何も言わずに優しくさすってくれた。
そうして私はしばらく泣き続けた。きっと今まで生きてきた中で、一番に泣いたと思う。叫んで喚いて、ようやく落ち着いた頃に、母は私の頭を撫でて言った。
「そうやって泣いてくれるだけでお父さんは喜ぶわよ、きっと。……さ、少し疲れたでしょう、休憩にしましょうか」
その後休憩を挟みながら、一日がかりで部屋の物は粗方整理することが出来た。奥の奥には両親の結婚前の思い出の品なども出てきて、それには母もびっくりしたようだった。片付けられた部屋はなんだか寂しげで、また少し私は泣きそうになった。
仏壇の前で、手を合わせる。言葉にならない気持ちが溢れてくる。なんと言えばいいのかわからなくて、私はただ、ありがとう、とだけ呟いた。ありがとう。私は、あなたの娘で良かった。
それからの私は、クリスマスの時期になると毎年、仏壇にプレゼントを供えるようになった。もちろん、英語で書いたクリスマスカードを添えて。
――“May your holidays be happy days filled with love...”
サンタクロースの最期の贈り物 藍沢 紗夜 @EdamameKoeda
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