第10話
一人の女の身柄をめぐり、勃発した最後の戦い。ゲイリー・スクワット一等兵とグルグリエフ一派の決闘は、戦史には残らずただ曖昧な噂としてのみ後世の人々に語られた。
ある者はゲイリーの勝ちだと言い、また別の誰かは引き分けだと主張した。伝承はバラバラで、どれが真実なのか杳として知れない。そもそもそれは、決闘ではなかったとの説もある。
共通するのはある証言──当事者であるリリス姫の証言のみ。彼女は後にこう語る。
ただ、一言。
とても、とても寒かったと──。
◆
ノック代わりに扉を蹴る。ガラガラギコギコ喧しい音引きずりながら俺と言う堕天使が両手と言う翼を広げてフォーリン降臨チェックイン。
「邪魔するぜ、
ゴキゲンな挨拶決めると肉達磨どもがディズニーランドの順番待ちみてぇに雁首揃えて並んでやがる。その奥にはピュアセレブな大佐の姿とその膝でゴロニャンしてるモヒカンの姿が見えた。んーだよその絵はおもしれーな。ますます殺る気が漲って来るぜ。猫ちゃんのまんまグルグリが言う。
「まだ居たのか、若造。我らに何か用向きか」
「トリックオアトリートって奴だよ知らねぇか? まぁ知らねぇだろうし知らなくていい。それよりもスィーツだ。そこのとびきりのスィーツ寄越しな。さもなきゃここで
「さっきの今で奪いに来たか。こらえ性のない青二才め」
「奪いにたぁ随分だな。元々そいつはこっちのモンだしテメェらにゃ勿体ねぇ。大体そいつがママって柄かよ? みんなで仲良くおねだりかましてパイでも焼いてもらおうってか? あん? パイならでけぇのがあんだろうが」
俺が顎で
「何を露骨に下ネタを……!」
「エッチなのはよく無いんだぞ!」
「なーに寝ぼけてんだタコ助どもが。こういうドスケベボディはな、日焼けさして淫紋つけて感度三千倍にしてンホォって尻文字書かせてやンのが正しい使い道ってモンだろが。お前らは所詮あれだ、でけえ兄貴にビビってるだけのインポ野郎の集まりだよ」
「チンピラの従卒風情が……!!」
「我々は戦士、そして紳士だ!! ゲスの貴様と同じにするな!!」
「ふぇぇ僕たち男の子だようってか? 御託はいいからかかって来いよ。ママにいいとこ魅せてえだろ?」
俺がちょいちょいdisってやると肉助どもは激おこぷんぷん、
俺はしゃがむ。身体中に
「
吼える言霊唸る双翼、産まれて飛び出るハイプな
「see ya,坊や。俺と言う悪夢に震えて眠れ」
なんて余裕をぶっこいちゃいるが我堕天使結構疲労限界間近──いやもう全く働き過ぎだよオマケに地味でも何でもねぇけどまあいいや、あと一人ぐらい何とかなんだろ多分メイビー恐らくは。俺は背筋をビッとして、最後の一人を待ち受ける。
「出番だぜ、レスラー。シーンの最前線に立つ覚悟はあるか?」
「貴様の言う事はほとんどわからぬ。だが実力は認めよう」
グルグリがゴロニャンやめて立ち上がり、ママを押しのけやって来る。その表情は愉悦と期待。嬉しい楽しい大好きってツラだ。
ドリカム野郎が身構える。俺はとっくにスタンバってる。双方同時に動き出す。
奴が来る。俺も鋭く飛び込んでいく。グルグリが拳を振りかぶる──やたら大仰なテイクバック。なんだよそりゃ、扇風機か? 俺は易々見切って懐侵入、息つく間もない
とどめのつもりで放った裏拳──それがあっさり弾かれる。奴は肩で受けている。灼熱した鋼の肉体。魔法の発露。
「いいぞ、若造。程よい痛みだ」
気味の悪ィ台詞を吐きつつ攻守所が入れ替わる。受即攻の超重打撃。俺はガードごとなすすべなくぶっ飛ばされる。受け身をとってすぐ立ち上がる。奴がズンズン歩いてくる。俺の膝がかくかく笑う。追い払おうと拳を振るう。ヘロヘロのストレート。なんだよそりゃ、扇風機か? 思わず自分で笑っちまう。グルグリは避けもしねぇで受け止める。俺の腕をとっ捕まえ、俺を吸い込み巻き込み粉砕するべく赤い巨体が飛翔する。名前の通りにグルグルグリグリ回転しながら急上昇──急降下。
我脳天激痛脛骨損傷意識混濁──どっこいそれでも立ちあがる。
「……ぉ、」
ぉ。『ぉ』がなんだって? 俺もう無理って泣き言か? それともお許しくださいか? 違ぇよここは
「もう寝ろ。これ以上は死ぬぞ」
「ド阿呆。キッチリトドメさしに来い」
もしここでやめてみやがれ、マスター・寂みてぇに勝利宣言喚いてやる──中指立てて挑発するが、野郎は中々向かってこない。休憩時間くれるってか。ありがたくって反吐が出るね。
「……分からんな。何故そこまで生き急ぐ? 何故馬鹿正直に一人で来る? 仲間を呼ぶなり女だけを攫うなり、他に方法はあっただろう」
「簡単な話だ。欲しいものは力ずくで独り占め──それが俺の
俺はフラフラしながら構えをとる。オーライ、今度こそオーライだ。血ィ流しておつむの方はスッカリ冷えてる。なのに姫様ってばママ見てぇにハラハラしてる。
「ゲイリー……」
「心配すんな、お姫様」
口は悪いが仕事は誠実。結果に必ずコミットする。それがアンタが選んだ男だ。だからアンタは準備をしてなよ。帰る支度と──恋に落ちる準備をよ。
俺は心にイメージを浮かべる。レバーが一本ボタンが六つ。俺は俺を操作する。
まず最初にバックステッポカカッと二回──MJみてぇにキレよく鋭く。俺は奴と距離をとる。散々イキってなんだよそりゃって思うだろ? 向こうもそう思うわな。
俺はしゃがむ。
「──ソニック!!」
「!!」
グルグリがガードを固める。ものの見事に防がれる。さっすが豪傑、モブどもとは頑丈さが一味もふた味も違う。でも俺は気にしない。立て続けにもう一発かます。巨体がわずかに後退する。そこに更にもう一発。チクチクチマチマ遠くから削る。我前言撤回作戦変更謙虚堅実徹頭徹尾──ジミケンやめるっつったがありゃ嘘だ。
「……チッ」
グルグリが露骨に苛立つ。だから俺はもっと撃つと言うか一生撃つ。近寄られたらまた下がる。向こうは愚直に寄ってくる。縮まらない二人の距離って俺ら幼馴染かなんかよ。野郎のツラがやきもきしてる。『気持ちよくぶん投げてえ』ってその面に書いてある。生憎二度とその手にゃ乗らん、気持ちのいい戦いなんざベッドの上で十分だぜ。むしろ溜まった分だけ吐き出してっから俺だけスッキリ気持ちイイって寸法でござるよ薫殿──とかなんとか草生やしながら後退してたらいつの間にやら街道まで来てらぁ。それでも俺はバックします(裏声
「チィッ!! いつまでも逃げられると思うな!!」
「チィチィうるせえもう覚えたよ、テメェがワンパな事はなぁ!!」
そう、俺はもう分っていた。奴の焦りも、戦い方の欠点も。
奴はいつも『受け』から始める。どれほどの猛攻だろうと平然と受け止め倍にして返しちまう。だが実はそうじゃなかった。奴は受けなきゃ始まらねぇんだ。痛みが無けりゃ──それも痛みを受け続けなきゃ──奴は魔法を使ってこない。使えねえのか使わねえのかそれはさておき、奴のスキルは接近しなきゃ意味ねえからな。
だから俺はひたすら待つだけ。待って下がって撃つだけだ。単純な極意、それ以外に考えない。つーか冷静に考えると何でコイツが最強なんだか。姫様は相性的にしゃあないとして飛び道具で勝てるじゃん(鼻ホジ
「舐めるなッ!! 対策ぐらいしておるわ!!」
とうとう奴がブチ切れる。力いっぱいめいっぱい自分で自分を殴りだす。
あーそっかー。痛みがありゃイイって訳かなるほどなー(なるほど)。
「んで? 溜まった
「こうするのだ、若造!!」
セルフプレイで魔力充実、肉弾男子が躍動する。俺は構わずソニックを撃つ。奴が両腕広げて振り回す。凄まじい拳風。ソニックの軌道がそれる。もう一発。弾かれる。流れが変わる。今までの二人じゃいられない。ヤバいかなこれ、半径何センチがその手の届く距離だか知れねえが今から振り回しそうだから離れたいのに離れない。それでも俺はかけがえのないあの頃のように二人の距離を取り戻したくて結局やっぱりソニックを撃っちゃう。それを見切って奴が飛ぶ。ソニックはどっか行く。まさかまさかの空中殺法──ゴリラもキレたら空を飛ぶ。逆光と重力背負ってボディプレスを仕掛けてくる。
「押しつぶすッ!! その後投げる!!」
ハイ攻撃予告頂きました。この欲望まみれの投げフェチめ。
──“待”ってたぜェ、この“瞬間”をよォ。
俺が選んだ次なる一手──対空即ちアンチ・エア。ガイアパワーをエッジに変えて我堕天使下溜上K、蒼穹高く舞い上がる。
「サマソッ!!」
それは天へと逆らう反逆の
確かな手ごたえ、いや足ごたえか? どっちでもいいが銀河のはちぇまれ
「さあ来いよ、
◆
後のインタビューで、リリス王女は更にこう語っている。
「……ええ、とても冷たいやり方でした。アレは単なる処理、ガン処理です。ひたすら下がってひたすら待つ。決闘は数あれど、あそこまで徹底した作戦はそう簡単に取れるものではありません。何といっても見ている側が寒いですからね。私も危うく凍え死ぬところでした」
「寒かったのはグルグリエフも同じでしょう。自分からは攻めてこない、その癖やたらと煽ってくる。またそのdisりが絶妙にこっちを苛立たせるから、一矢報いねば気が済まなくなるのです。なのに決して追いつけないし触れられない。……やがてあの豪傑の心がポッキリ折れる音を、確かにこの耳で聞きました」
「私はゲイリーの事が心底恐ろしくなりました。あの冷たく無機質な目つきは、今思い出してもゾクゾクします。もしあんな目が自分に向けられたらと思うと……フフ、とてもドキドキするな……」
王女は夢見るようにそう語ると、その後のはすっかりと脱線して自身の性癖とわいせつ行為を語るしゃべり場と化した。この記事はゲイリーの功績ごと抹消され、彼の冷たい勝利は日の目を浴びる事はなかったと言う。
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