第9話
つー訳でこの話はお終いだ。
俺はどうにかこうにか初任務を終え、その後も何やかやあったが地味に堅実に権力の犬を務めましたとさめでたしめでたくもなし。んーじゃ完結マークつけてくっから、評価と感想御贔屓のほどをよろしく頼むぜ。
あん? なんだ? 物足りねえ? 何があったかキッチリ教えろ?
るせぇなそんなん決まってんだろ。約束通りに砦はグルグリの物ンなったしついでに言や辺り一帯奴のもんだよ今でもな。爵位ももらって万々歳、今じゃ男爵様でございってね。全くうまくやりなすったもんだよあの野郎は。
どうだいこれで満足したか? したよな? んじゃ帰ってクソして歯ぁ磨いて寝る前にベイブがいればそいつと語らいやる事やってそして寝ろ。俺は今忙しいんだ。
……なぁおい、お前さんしつこい奴だって言われねえか? 何だってそんなに食い下がりやがる? 一体他に何が聞きてぇ?
もっと具体的に内容を放せ? 具体的にって何だってんだ。結末わかりゃ充分だろうが。
大佐? ……大佐ねぇ。あの破廉恥姫なら婚約したよ、あの後すぐにな。何でもお相手はすげー強くて頼れる最高の殿方なんだと。へっ。全くお惚気が過ぎてお口からお砂糖が出てきそうだぜ。元部下から一言あるとすりゃ、精々相手に愛想つかされねぇように貞淑さを覚えておけと言いたいね。
んで俺か? 俺の話はいーだろ別に。特に面白い事なんざねぇよ。いいか、俺は今俺の事で手いっぱいなんだ。一言で言や余裕がない。何故かと言えば俺は罰を受けているからだ。そしてこれからも受け続ける。魂が燃え尽きそうな、とびきりどぎつい奴をよ。
だったら燃え尽きる前に話しとけってか。ヤレヤレ、物は言いようってなこの事だな。まいーや。ここはしつこいアンタに免じて洗いざらいブチまけてやるよ。だがな。
この話を聞き終えた時、お前は必ず後悔する。
こんな事なら聞くんじゃなかった──知らないままでいるべきだったと頭を抱えてテメェの間抜けを呪うだろうよ。
今更やめるとか言い出すなよ? アンタはとっくにご存じのはずだ。俺のライムはunstoppable──ディーヴァなベイブのキスだろうが黒塗りの
んじゃよく聞けよ、んでたっぷり後悔しな。R.I.Pはベッドの中までお預けだ。
◆
熱い──熱い戦いだった。感動したと言ってもいい。
だが勝負は勝負、敗けは負け。その
「──負けました」
「うむ」
ただそれだけの短い応答。だが万感のこもったやり取りだった。大佐はたっぷり10秒頭を下げ、それが済むと背筋を伸ばして胸を張る。
凛として清々しい、とても美しい横顔だった。誰も大佐を嗤わない。敗者とは思えぬ姿にどいつもこいつも──グルグリすらもが──ほとんどうっとり見惚れていた。俺は大佐が誇らしかった。心の底からリスペクトした。
大佐はグルグリと膝突き合わせて、粛々と敗戦処理を行った。約束通り、正式にこの砦は奴の物になる事。望めば爵位も領地も用意する事。ただし税の支払いと治安の維持はそちらの方でどうにかする事。諸々の事が滞りなく決まっていく。こっちの後出しした条件も二つ返事で飲み込む野郎の事を、俺は懐の広い奴だと思ったよ。この時はな。だがそれは間違いだった。俺は全く甘ちゃんだった。
「さて、大方の処遇は決まったな。他に何は望みはあるか?」
「ある。そなたの身体だ」
「なっ……!!」
いやに早い即答。俺は思わず腰を浮かせかける。大佐がそれを遮った。半ば予想はしてたんだろう。彼女の所作に動揺はない。
「……理由をお聞かせ願おうか」
「その気品、その美貌、そしてその強さと肉体。男なら欲しいと思って当然だろう」
「光栄だが、流石にそれは易々と飲めぬぞ。これでも立場のある身の上だ」
「ならば呑むまで追いつめよう。例えばそうだな、そこの従卒」
「あん? 俺か?」
いきなり話をこっちに振られて間抜けヅラしたその時だ。俺は頭に衝撃を受けてぶっ倒れた。殴られたと気づいた時にゃ、いかつい手が次々手が伸びて俺を大佐から引きはがしていた。山盛りのマッチョが俺を組み伏せ、文字通り指一本も動かせねぇ。
「さぁ姫殿。この者の命が惜しくば、大人しくそなたの身体を差し出せ」
「……卑怯な!! それが武人のやり方か!!」
「何とでもいうがいい。欲しいものは力づく──それが我らの流儀である」
逃げろと今更喚いた所で、そいつはとっくに手遅れだ。消耗した今の大佐じゃグルグリはおろかモブどもの相手も厳しい。
俺は俺の間抜けを呪った。せめてコイツらぐらいは俺が捻り潰しとくべきだったんだ。そうすりゃ退路は確保できた。大佐だけでも逃がす事が出来た。なぁおい俺よ、コレのどこがジミケンだ? はしゃいでたのは大佐じゃなくて俺じゃねえかよ!!
ゴリラ野郎が合図を出す。モブマッチョが大佐を囲む。
「誰かアレを持ってこい。姫殿をめかしつけてやれ」
「ヒューッ!! お楽しみの時間だぜぇっ!!」
「覚悟しな、たっぷり可愛がってやるからよォ!!」
「やめろ貴様ら!! 私に障るな!! 誰か、誰か助けて!! ゲイリー! 父上!! ……母上ーーーっ!!」
「喚くんじゃねぇ! お前がママになるんだよ!!」
悲痛な叫びが筋肉に埋もれる。野郎どもが寄ってたかって一人の女を揉みくちゃにする。くぐもった悲鳴の中から、引き裂かれた大佐のコートが打ち捨てられた。俺は歯噛みし、きつくきつく拳を握る。これ以上は見てらんねぇ、そう思うのに目を閉じられない。犯した罪から目が離せない。漢たちが熱狂する中、俺は無力を呪っていた。
◆
そして悪夢の宴が終わる。男たちが大佐から離れる。
俺は俺が守護っていた──守護りたかったその女の結末を、涙交じりに確かに見た。
蹂躙の時間が終わり、恐怖に慄くその
とても──とても綺麗だった。
俺は目を見開いた。そこにいるのは確かに大佐で、でもすべてが見違えていた。
長く麗しい白金の髪はしっかりと櫛が入れられ、シュシュで結われてサイドテールになっている。シュシュの色は瞳と同じく濃い水色。甘めにセットされた髪型にゃぴったりのアクセントだった。勿論メイクもばっちりだ。丹念に施された化粧下地に透明度を意識したナチュラルピュアなアイメイク。うっすらと頬は色づき、唇は淡いピンクでぷっくりと瑞々しい。
誰もが見惚れる豊かな肢体は灰白色のニットに覆われ、下は黒のマキシスカート。裾丈は長く、自慢の美脚は今はすっかり隠されている。総じて淑やか、慎ましくシンプル。それでいて全く地味に感じない。むしろ過剰なエロスが抑制され、妙齢の女性らしい色気となって華やかに薫る。当惑交じりのはにかんだ姿が、見るものにため息をつかせた。
「これは、いったい……」
「今季イチオシ、オトナ女子のモテカワコーデだ」
「モテカワコーデ」
「それだけではない、これも身につけられよ」
「これは……?」
「エプロンだ。それからこっちはサバンナタバサの籠バッグ」
「エプロン。籠バッグ」
大佐は言われるまま、半ば夢遊病の手つきで自らそれらを身に着けた。するとどうだ。
「……おお……!!」
グルグリもモブも──そして俺までもが、大佐の姿に唸らざるを得なかった。それほどまでに完ぺきだった。
着慣れぬ服装、見慣れぬ髪型。その姿は清楚そのもの、圧倒的に純情可憐。気恥ずかしそうに佇む姿に誰しもが固唾を呑んだ。満足そうに剛腕が頷く。
「うむ。完璧な
……あ、なるほど。ママってそっちね。いやうんこりゃあ確かにアレだわ、いい所の若奥さんだわ。超似あってるし最高だわ。俺はさき程よりもはるかに強く、そしてきつく拳を握った。トゥクトゥクと跳ねる鼓動が俺を言祝ぐ。いかんぞこれは、もしやいわゆるガチ恋なのでは?(名推理
野郎どもが一斉に陥落する中、大佐だけがシリアスだ。
「貴様はっ……貴様らは! たかだかこんな事のために武人の振る舞いを捨てるのか!?」
「何を言う。年下のママほど得難いモノなど存在しない」
くっ、確かに……!! コイツまさか、最初からこれを狙っていたのか!? だとしたら何たる慧眼、何というセンス。剛腕のグルグリエフ。まごう事なき英雄豪傑。漢の中の漢。そして──レディの魅力を余す事無く引き出して魅せる、希代の剛腕コーディネーター。俺はまたもや打ちのめされた。俺はあれだけ大佐といたのに、エロ気にばかり気をとられてこんなコーデは全く思いつかなかった。つまりそれは、彼女の隠された魅力を理解できなかったと言う事だ。喝! 己に喝!! 短慮を悔やむ俺を差し置き、砦の盛り上がりは最高潮だ。
「ヒューッ! お楽しみの時間だぁ!!」
「ヒャアもう我慢できねぇ! たっぷり甘えてやるぜママ!!」
「ママ、お洗濯手伝うぜ!! だから後でよしよししてくれ!!」
いいのかお前らそんなんで。さっきのスケベはどこ行ったよ。まぁある意味安心だけれどふんどしマッチョがママママ喚く姿ってのは地獄み溢れてきちぃのなんの。しかしあるいい身一途なその様子は、確実に大佐の何かを捻じ曲げていた。
「ふ、フフ……ママは大佐でお姫様……か。……次回作は決まりだな……」
「うぉぉぉいアンタも目ぇ覚ませ!! 主役俺! 俺インダハウス!! またノープロットで突っ走るのやめろ下さい文字数かさんで困ってんだから!!」
ああもう、これだからチョロインは困る。っつーか何でそんなにノリノリなんだよ、俺との道中何だったんだよ。ここに来るまでちょっといいムード漂ってただろが!!
「それこそおぬしの気の迷いだ。少々タッチが多かろうと、オッケーとは限らぬのが女心と言うもの。某も何度も失敗した」
「やめろ実感こめんじゃねえ!! 色んな所に刺さるだろうが!!」
「恥じ入るな。それもまた甘酸っぱい思い出よ」
グルグリは一人勝手にウンウン頷き納得すると、それ以上は俺なんぞに目もくれない。出来立てほやほや年下ママに拝跪して、傲然と男らしく望むものを口にした。
「さぁ、ママよ。敢闘したこの坊やにご褒美の膝枕を」
「……そうすれば、彼は助けてくれるのだな?」
「無論。ついでにと言っては何だが、街道の封鎖も解いてやろう。さすれば王の面目も経つ」
おいテメェグルグリ野郎。流石にそりゃ殺し文句だろうが。俺は焦って立ち上がろうとした。だがモブどもはビクともしねぇ。水揚げされた魚よろしくビチビチしてる俺を、大佐は痛ましそうに見つめて言った。
「……そういう訳だ、ゲイリー。貴官は直ちに城に戻り、状況を報告してくれ。それから、父上にはお元気で……と」
「自分で言えよそんなの!! アンタ、俺が行ったこと忘れたのか!? 家に帰るまでが戦争なんだよ!!」
「ならば、私の家は今からここだ。それで文句はあるまいよ」
「ありまくりだよ寝ぼけんな!! 何が何でも連れて帰る!! じゃないと仕事が締まらねぇ!!」
「名誉はともかく、国益はこれで取り戻せるのだ。もう十分締まっているよ、ゲイリー」
大佐はふっと目を伏せ、寂しげな微笑を浮かべて言った。
そいつはまさにママの姿で、優しさと哀れみだけが溢れていて。
ここにゃあキッズがたくさんいるのに、俺だけが大佐のキッズじゃなかった。
よその家のママに憧憬を抱く、間抜けで哀れで惨めなガキ。今の俺はそれだった。
モブどもが俺を引っ立てる。俺は二本の足で立っている。なのにただ引きずられるだけ。命令でも何でもない、寂しいだけのその一言が俺から気力を奪っていた。大佐が俺に歩み寄る。しなやかな指先が俺の頬を撫でる。
「こんな時に言うのもなんだが、ここまでの旅は楽しかったぞ。貴官と見た都の外は素晴らしかった。初めて見る外の世界は……籠の外はこういうものかと……つい楽しくてはしゃいでしまった。貴官には迷惑のかけ通しだったがな」
関係ねぇよ。それが務めだ。楽しかったらそれでいい──どれも結局声にならない。殺し文句が見つからない。ちょろいはずのこの人を、どうやっても取り戻せない。項垂れ呻いて打ちのめされる俺に、タイムアップの鐘が鳴る。
「籠の中は慣れている。だからそんなに心配するな。ここでも上手くやっていけるさ」
さっぱりした別れの言葉。それきり大佐は俺を無視して、自ら進んでモブの中に埋もれていく。新たなホームで新たな家族となるために。でっけぇ坊やをぎこちなくあやすその人は、もう立派にママ堕ちしていた。
俺は部屋の外にほっぽり出されて、惨めに地面を這いつくばった。
俺は今度こそ一人ぼっちで、誰にも気に留められることのないまま呆然とそれを遠くから見つめている。負け犬丸出し、痛みと寒さで震える身体。
──その中で、それでも渦巻くものがある。
善い行いをしたかった。最初は前世の償いだったが、いつしかそれを忘れていた。単純にそうするのが楽しかった。努力して結果出して、人様に認められんのが嬉しかった。ゴメスにパグおじ、エンヤ・グランマにクラスのパイセン──それから大佐。地味だチンピラだと笑いながらも、何だかんだキチンと認めてくれた。これでいい。こうやって生きたい。そう思って身に着けた力が、
「……こんなモンでいいわけねえだろ」
Hey,yo拝啓ミスター・シット。時間はねえが考えろ。それも賢くクールにだ。
Ei,Ya草々ミスター・シット。俺は俺の誓いを守る。地味に堅実、正しく生きる。それがマスト。忘れちゃいない。違えちゃいけない。
だったらもっと考えろ。ここが俺の画面端──お利巧ヅラして
そのためにゃアイツが要る。リリス・チャイブス・クィックフォール。俺の上官。エロくてめんどくさくてかわいい姫様。何にもねぇ籠の外、そんなものを欲しがる姫様。俺はそいつを、もう一度見せてやりてぇ。
なぁおい神おじ。どうせどっかで見てんだろうからこの際ハッキリ言っとくぜ。俺は俺の善きに計らう。ジミケンなんざやめだヤメヤメ、こっから先は短慮一択。約束なんか知るか、俺の魂なんぞ勝手に焼いて娘の彼氏に食わせとけ。
だから俺は立ち上がるし伊達ワルソウルを目覚めさせるしここから先は退かぬし媚びぬし顧みねぇ。
全身ぼこぼこ、痛ぇし寒ぃし腹減ってるしぶっちゃけ死ぬかもしれねえけども。
──いくぜ、
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