第8話
戦姫リリスと無頼の英雄グルグリエフ。国境沿いで行われた両者の戦いは後に戦史として語り継がれるほどの激闘となった。
その場に居合わせたものは数少なく、両者の攻防を完全に理解できたものは更に少ない。その数少ない理解者の一人──ゲイリー・スクワット一等兵は、後にこう語る。
ただ、一言。
熱かったと──。
◆
「行くぞっ!!」
大佐の肢体が躍動する。早く鋭い踏み込みと踏み切り、独楽さながらの急旋回、猛烈な横Gと体重を載せた裏拳を挨拶代わりに叩きつける。グルグリエフが瞠目した。
「……ぬぅっ!! やるな!!」
「フフッ、こんなのは序の口だぞ!!」
先手をとった余勢を駆り、大佐がさらなる猛攻を加える。拳に蹴り、手刀に肘膝が前後左右上中下段あらゆる角度を乱れ打つ。揺れる乳、弾ける汗、妖しく踊る尻と太もも。肌色を増した大佐の動きは舞えば舞うほど冴えに冴え、もはや
そう、並の男であればの話だ。剛腕のグルグリエフ。その男は並ではなかった。彼こそは漢の中の漢、万夫不当の大豪傑。
「もっとだ! もっと攻めてこい!!」
男は熱く吼え猛り、ガードを固めて蝸牛の歩みでじりじりと間合いを詰めた。
ただ、歩く。それだけのシンプルな行為は凄まじい重圧を伴い、大佐の動ける空間を徐々に徐々に削っていく。体格と打たれ強さに任せた、半ば捨て身の馬鹿げた戦法──英断だ。充分なスピードと体重が載せられなければ、打撃の威力は半減する。
まずいな、と俺は唸った。幾ら大佐が優勢でも、全力で動ける時間は長くはないはず。このままじゃいずれジリ貧、そうなる前に決められるか? 不安に駆られる俺をよそにに、大佐は不敵にほほ笑んだ。
「ギアを上げるッ!!」
昂るままに宣誓し、大佐が軍服のジッパーに手をかける。
二度目の
「フフ、いいぞ貴様ら。もっと私を見るがいい……!!」
一層頬を上気させ、大佐が婀娜っぽく身をくねらせた。モブどもはもじもじチラチラ、そして俺はガッツリガン見。対照的だが想いは同じ。さぁ、もっと見せてくれ。
「フフ、ちょっとだけだぞ!!」
愛嬌たっぷりウィンクで応じ、大佐が再び疾駆する。グルグリエフも身構えた。その目に宿るは無念無想──たゆんたゆんしてるお宝には目もくれず、茫洋とした目つきで虚空を視ている。その耳は風なりを聞き、その鼻孔は殺意を嗅ぎ取る。満を持しての反撃開始。豪傑の目がギラリと光る。
「ここだっ!!」
グルグリエフが掴みかかる。被弾など丸ごと無視、掴んでしまえばそれで終わりと言わんばかりの強引豪快な選択肢。その太い指が大佐の裸身に触れた瞬間、奴は初めて破顔した。
その顔が無様にひしゃげる瞬間を、モブも俺も見逃した。俺らだけじゃない。おそらく神でも見えなかったはずだ。それほどまでの神速──飛び上がりざまの蹴り上げが豪傑の顎を下から突き上げ直撃していた。
巨漢の身体が初めて、そして大きくぐらつく。大佐の身体は宙を舞い、抉るような急降下──ドリルのようにガードを貫き、着地と同時に拳と蹴りとを一気呵成に叩き込む。グルグリエフの巨体が揺れる。大佐の怒涛のラッシュが続く。
速い……っつうか速すぎる。今の動きが雷光なら、さっきのはまるでナマケモノの交尾だ。あの軍服が重かった? いいやそんなはずがない。俺は大佐を何度も抱えたが、その時は見た目相応の重さしかなかった。つまり今の速さの理由は、物理的なモノではない。魔力の出力。それが大きく上昇したのだ。俺はエンヤ・グランマの教えを思い出す。魔力の作り方は人それぞれ。本人のセンス次第で詠唱や儀式無しでも生成は可能。この事を念頭に置けば、おのずと答えは見えてくる。
その身を焦がす羞恥と情欲──それこそが彼女にとっての魔力の源泉。
「だからアンタは、脱げば脱ぐほど強くなる!! そういう事だな、大佐っ!?」
「ああ、そうだ! だからお前は見ていてくれ!! 私の痴態を楽しんでくれ!! あとでたっぷり叱ってくれ!!」
なんちゅう
「──加速ッ!!」
大佐の姿が掻き消える。最高最速超神速、音すら置き去る電光石火。不可視の打撃が不敗の戦士を打ちのめす。飛び散る血しぶき、絶え間のない打撃音。そしてついに最後の仕上げ──無防備すぎる頭上から、天から降りくる痴情の星。
衝撃、爆風、轟く地響き──濛々たる土埃。
奴はまだ生きていた。全身血だらけ傷だらけ、頬桁にゃいまだに大佐の蹴りがめり込んでやがる。けれども奴はピンピンしていて、むしろ痛みに悦んでやがる。何がそうさせるのか──その口から語られる。
「簡単な話だ。某も魔法を使った。トドメが刺さる直前でな……!!」
グルグリエフはニタリと嗤い、悠然とかぶりを振って大佐の身体を振り払った。
その肉体が異様に膨張していく。しゅうしゅうふしゅふしゅ煙を噴き上げ赤黒く染まり、一回り二回りと嵩を増す。さながら火山の目覚めのように。
「我が魔法は硬化と強化。嬲られれば嬲られるほど、熱くなれば熱くなるほど、その身は硬く強くなる……!!」
故に彼は痛みを欲し。
故に彼は苦痛に悦ぶ。
「大佐と同じタイプ……同じタイプの変態か……!!」
「貴様らにはそう見えよう。だが露出と被虐は似て異なる。我が性癖はより闘争向きである」
うるせぇ知るかよこだわりシェフのダメ出しかよ。性癖に貴賎はねえんだもっとお互い尊重しろ(こだわり
だが一理ある。痛みがそのまま力になるってんなら、肉弾戦じゃほとんど無敵だ。ましてや大佐の戦い方じゃ、コイツをみすみす悦ばすだけだ。
「女の打撃と甘く見たが、中々どうして芯に来た。これほど滾るのは久しいぞ……!!」
沢山ぶたれて元気いっぱい、どこもかしこも怒張させつつドMの巨漢が迫る。よりきつく、より激しく、より気持ちよくなるために。
大佐はたじろぎ気圧されながらも、残された手段に賭ける。
「くっ……!
「させぬ! それ以上脱がれては流石に直視出来んからなぁっ!!」
分かりみ溢れる咆哮上げつつ、グルグリエフがうって出る。デカい、そして速いっ!!
「まず一つ!!」
ガードなんぞ全く無意味な豪快な打擲。大佐はマットに叩きつけられ、砦全体がミシミシと軋む。
「二つ!!」
続けざま、掬うように蹴り上げる。女体が軽々宙を舞う。
「そして三つ!!!」
あろうことか巨体が
激震、そして二度目の余韻。やったかなんて思っちゃいねぇ。やられた、と俺は思った。今度の予想は外れなかった。大佐は立てない。立ち上がらない。Bull shitな結末。Knock it offだぜこん畜生。
──俺たちは、敗けた。
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