第3話

そんな感じであっさり魔力生成に成功した俺だったが、いっぱしの魔術師ウィズを名乗るにはもうちょい頭を使う必要があった。


 ちょいとしゃがめば俺の魔力はエターナルにフォーエバーにパワフルだがスタンダップした瞬間に煙のように消えちまう。

 つまりそいつは魔法を使いたきゃクソshitするみてぇに日がな一日お座りsitしてろって事だ。じゃないとガイアが嫉妬しちまう。ヤレヤレ。愛されるのも楽じゃねえ。


 なんて余裕こいてたのも最初のうちだけで、パイセンどもは俺の欠点を見抜くや否や早速『ミスター・シット』っつうあだ名で俺をこき下ろしにかかりやがった。移動しながら魔法を使う、それが出来ねえ俺の事を連中は笑った。


 だが俺はそこで拗ねたり荒れたりアスファルト切りつけたりはせずエンヤ・グランマの教えの通りにいかに素早く魔力を作って溜めておくか、その事に思いをはせた。そして溜めるっつう言葉ワードにインスピレーションを得た。


 俺の記憶メモリー──ゲイリーではなく井桐猛だった頃。俺は今の俺とよく似た境遇の奴を見ていた。そいつもしょっちゅうしゃがんでいた。俺はそいつと戦った。現実リアルじゃなくゲームの中で──俺の居場所で何度も何度も。

 俺は飛び俺は走りワンチャン狙ってコマ投げをパなしことごとく防がれたのちにdog of death、つまり犬死と言うか雑魚死し連コし台パンかまして出禁くらいかけたりした。


 俺はあいつが嫌いだった。すまし顔してチクチクチマチマ弾ばっか撃って、ヒトのケータイ黙って盗み見る手癖の悪いベイブみてぇに男らしくねえ戦い方だと思っていた。


 だがそれは違ったのだ。奴は軍人としてのジミケン──タイムアップしようが何だろうが、とにかく敵と戦い勝てばいい。奴はそれを精密に正確に根気強く実行しているだけなのだった。


 俺は神おじがこのチートを与えた意図を完全に理解した。

 これはギフトであり戒めだったのだ。ともすればいつでも伊達ワルに立ち返るアンチェインな俺をきっちりがっちりつなぎとめるとびきりぶっ太い鎖だった。神おじは俺にガイアをあてがい、面倒だが離れようにも離れられねえワイフみたいな存在に仕立て上げたのだ。この思し召しって奴に気づかなければ、俺はジミケンではなく惨めで貧しいミジマズな人生を過ごしただろう。


 よって俺は今後この力とどう向き合い育てるべきかを悟っていた。俺はまずとにかくフィジカルを──特に下半身の強化を重視した。とにかく走り飛び跳ねしあげに感謝のスクワット一万回。膝が壊れりゃエンヤ・グランマがそのたび魔法で治療してくれた。


 それでも動けねえって日にゃ俺は心の中でレバーを──股ぐらのじゃねぇ、アーケードコントローラーだ──を握って俺をあいつに見立ててイメトレした。やがてその二つを同時にこなし、俺は俺を完璧に操作した。マインド・レバーを下に入れると俺は瞬時にしゃがみ、上に入れれば高く素早く鋭く飛ぶ。無駄なく隙なくを心掛けるうち、俺は俺の中から無駄な熱さが抜けていくのを感じた。四六時中って訳じゃねぇ。だが少なくとも戦ってる間の頭の中は最高にクールでいられた。俺はスイッチを手に入れたんだ。鉄火場で生き抜くためのスイッチを。それこそ魔法マジックみてぇだった。


 やがて例のあだ名は愛称になり、いつしか敬意を込めて呼ばれるようになった。


 ミスター・シット。今じゃ俺も気に入ってる。



 ◆




 それから月日はサラマンダーより早く飛び立ち、俺とパイセンがたは幾つかのスキルを得て教練所を卒業した。俺は22歳になっていた。


 成績はほどほどに上々──魔力は人並み外れたデカブツだったし模擬戦だって負けなしだったが、そんな俺にも苦手科目ってのが確かにあった。一言でいえば『教養』って奴がだ。しかし俺の周りのパイセンがたにゃそういうのがお得意なおハイソなお人もお幾らかおいらっしゃったようで、ついでに言や最後に物を言うのは『血筋』とかいう最高に最悪な価値観が評価の決め手になった。


 まあいい、俺は別に成りあがりたくてジョブと魔法を手に入れた訳じゃない。


 俺は神おじに誓った通りに地味で手堅くつつましく、ほどほどって奴を楽しまなきゃならん。そんでもって善き行いをよく行い神おじに良きに計らってもらわにゃならん。さもなきゃ俺の前世の両親と高橋だが橋本だか言うマサクゥルさんがサドンリーな目に合う。


 さてここで問題だ。


 晴れて軍人となった俺がジミケンでハピネスを掴む最良の職場とは──?


 普通に考えりゃ前線だ。スキル的にも性格的にもそいつが一番俺に合ってる。俺は伊達ワルだったあの頃から、ストリートでもゲーセンでも常に最前線を駆け抜けてきた。


 仲間のために身体を張る。それ自体は間違いなく善でありジャスティスだ。だがその場合、俺は敵をぶっ殺さにゃならん。それも大量に徹底的にだ。そいつはジャスティスには違いねぇ。だが果たして本当に善か? いずれ出来るであろう最高のベイブとファミリーに血に塗れた手で触れる事が? 


 俺は殺した相手の家族に恨みと憎しみを買う。そいつらに『仕方がねえ、戦争だった』と講釈垂れて見た所で水に流してノーサイド、今日からお前らもマイメンだなんてなる訳がねえ。むしろおう上等だつってその場でリベンジのフリースタイルサツバツがおっぱじまり出会ったその場が武闘会場、シンデレラと王子様みてーに追いつ追われつやってる内に俺のファミリーまで巻き込まれるに違いない。俺はファミリーを失った怒りと悲しみが有頂天、伊達ワルを解禁してイーサイからウェッサイまであらゆるところでジェノッサイしてセガールもびっくりの沈黙ぶりをお披露目したのちパグおじ辺りから投降を呼びかけられ「素人は黙っとれ──」っつってスティーブン・シゲールになって死ぬ。


 結論。コロシ、ダメ、セッタイ。


 ◆


「つーわけでラブでピースなヴァイブス溢れる職場ってどっかに転がってないもんスかねぇ?」

「お前は何を言ってるんだ」


 いきなり絡みに行った俺をパグおじは不気味そうに眺めてバッサリシャットダウンしやがった。もう結構な付き合いになるっつーのに冷てぇこった。


「貴様もういっぱしの軍人だろうが! 軍人が殺しにビビッてどうする!?」

「まあそう道理突き付けんなよ-sin-の意識感じちまうだろ。今はホラなんつうの? 守護りたい年頃って奴なんスよ。エンダァァァァイヤァーってやりたいんすよ!!」

「知らんわ戯けが! 大体、貴様の媚びる時の態度は露骨すぎるんだよ! 柄にもなくねっとりしおって気持ち悪い!!」

「るせぇよおめぇこそフライでも作れそうなオイリー肌してんだろうが! オマケにほんのり加齢臭すんだよちゃんと洗えよ二度揚げすんぞこのバター野郎!!」

「あっ凄い清々しい! 清々しいほど不敬!! おじさんナイーブなんだから心ない言葉で泣いちゃうんだよ!?」


 パグおじは目の端からローションみてえに濃いぬるぬるを出して威嚇だか遺憾の意だかわからん事を言った。

 流石に言いすぎたかゲイリーマジソーリーって思うけど今はそれどころじゃない。とっとと配属先を選んで御社ァって鳴かねえとマジパネェあぶねえところに連れてかれちまう。多分そういう所じゃジミケンなんて言ってらんねえから守護れるのも俺自身だけって寸法でそいつはちっとも善じゃない。もっとこー給料分だけ働きゃいいようなとこで護身完成してこのかけがえのなさげな日常を守護って過ごせて出来れば三食昼寝にベイブ付き、さういう所に私は行きたひ。例えば今俺の前でマットプレイ後の男優みたいになってるパグおじみたいに。


 そういえばこいつも守護ってるよなぁ……どこをっつったら教練所の門をよぉ……。


「今なんか不穏なこと考えたよね?」

「考えただけだ。やらねーよ」


 パグおじはおじのくせに妙に鋭く察知してカナ・ニシノばりのヴァイブレーションを披露した。ヤレヤレおっさんてめんどくせぇ。俺も将来トリセツが必要になんのかねって思うとちょっとだけアンニュイになる。


 そんな感じで野郎二人でねっとりしてるとこに突然客がやってきた。キングん所の若ェ衆だ。ピカピカの制服ギア着たボンボンくせぇそいつはパグおじに敬礼するとお手紙一枚取り出してセンパイってカタカナで呼んでくれる後輩が過ごす初めてのバレンタインみてえにパグおじに手渡した。んで即ダッシュ。俺が忠実なパシりっぷりに感心してると、パグおじは勝手にお手紙広げて一人ガンガン読み進めている。


「お前さんあてだな、こりゃ」

「ならなんでおめぇが読んでんだよ」

「検閲すんのも儂のお仕事。と言うか儂ここの所長だからね? もう少し敬って?」


 オーリアリー? ならなんでンなとこでオイル出してねっとりしてんのか聞きてぇトコだが今はまずラヴレターの内容だ。俺はパグおじ──所長様から羊皮紙をひったくりざっと中身を確かめた。


 早い話が『やらないか?』っつうお誘いだった。何をかって? お仕事に決まってる。他にはなんかやたらと長ったらしいビジレークって奴で俺をリスペクトしてるっつうようなことが書かれ、最後にゃ下手くそなタギングみてぇなハンコがポンと押されてるだけだった。具体的に何をどう働けとか書かれちゃいない。幾ら御社から声かかっても、これじゃ判断しようがねえ。ひょっとしてブラックかな? だがパグおじはホクホクしていて、じゃがバタみたいなツラぶら下げて俺の肩を強くたたいた。


「やったな、ゲイリー。大出世だ」

「なんでそんな事が分かる?」

「この紋章を見ろ。これは近衛兵団の紋章だ。座学でやっただろうが」

「マジかよ。近衛っつったらあれだろ? キングとそのファミリーを守護る部署だろ? なんで俺みたいな奴のところに?」


 俺は生徒をめってする所長の言葉を無視して今度こそ本気で首を傾げた。前にも言ったと思うが、俺の苦手科目は教養だったし血筋とやらも備えていない。いうなれば俺は路傍の石だ。ただしとびきりハードってところが他とは違う。ひょっとしてそこを買ってくれたんだろうか。だとすりゃ嬉しいが、キングがいちいちテメェんとこの番犬見習いの事を把握してるとも思えねぇ。なのにパグおじは呑気に言う。


「とりあえず、お前の希望はかなったな。思う存分エンダァイヤァーできるぞい」

「いやぁでもやっぱこれ罠だろ。怪しいって」

「怪しかろうが何だろうが、どのみち出頭はせにゃいかん」

「市民、命令は義務ですってか? 冗談じゃねえよコレ騙して悪いが仕事なんでなっっつって殺してでも奪いとるやつだよ」

「やかましいさっさと行け! 先方が門戸おっぴろげて待っとるわ!! くれぐれも粗相するなよ、ベイブを愛でる様に慎重にだ!!」


 おっとそいつは無理な話だ。俺がベイブを愛でる時にゃパッション重視だ。キュートでもクールでもなくな。だがまあねっとりしてても埒が明かん。罠なら罠でジョン・乱暴をキメりゃいいやって考えなおして、俺はパグおじに手をひらひら降って、もう一度頭っから手紙を読みながら城へと向かった。

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