第2話

そんなわけで俺は転生した。

 生まれて飛び出ておぎゃってみれば、そこはもう異世界だ。


 俗にいう中世ヨーロッパ風──厳密に言えばルネサンス以降の近世風のほどほどに発達した文明世界。ただし当然のように魔法があり魔物がいる。そんな世界のど真ん中、ファイトランド大王国の隅っこの片田舎に俺は生まれ落ちた。


 俺はゲイリーと名付けられた。ゲイリー・スクワット。しがなく貧しい農家の末っ子。両親のほかに3人の兄、4人の姉。大勢に祝福されつつ俺は生まれた。その例に俺に出来る事はとりあえず食う事ねる事うんこする事、まずはでかくならなきゃ話にならねえってんでまずその三つだけを心掛けた。


 その結果病気もせずすくすく育ち、一人で活動できるようになると一人で色々やるようになった。

 ダディの野良仕事を手伝う傍ら身体を鍛え、安息日には教会に赴いて雑用をこなし、司祭に頼んで読み書きを教わる。

 俺は末っ子だ。兄を差し置いてダディの跡は継げないし、シスにくっついて嫁に行くってわけにも行かねえ。


 そんなわけで俺は進路に悩んだ。悩むって事が前世も含めて初めての経験だった。


 地道に堅実に生きるったって、農家の息子にそれほど選択肢は多くねえ。

 少しでもそれを広げるために読み書きを習ったし、前世の記憶のお陰で計算だってできる。体力だって人並み以上だ。だがそれを生かす伝手がねぇ。ダディは寡黙で真面目でタフガイだったが、ワイフと過ごす一夜以外は物静かで人付き合いもあまりある方じゃない。


 オマケにうちは貧乏だ。出来る事なら楽をさせてやりてぇ。前世の両親に出来なかったことをこんなちっぽけな俺がなすには、何かどでかいフォースが必要だ。


 つまるところ──魔法すなわちマジック。前世じゃ奇跡と同義だったそれが、この世界じゃ技術として確かにある。


 俺はそいつを習おうと思い、世話になってる司祭のゴメス──俺がダディの次に尊敬リスペクトしている男だ──に尋ねてみる事にした。



 結果、魔法を得るには3つのルートがある事が分かった。

 スクール、チャペル、ミリタリー。


 このうち最もポピュラーなのはスクールだったが、こいつは俺にとっちゃ論外──リングアウトオブロンだった。


 まずさっきも言ったように、うちには金がねえ。よしんば金があったとしても、中にいるのはお貴族様やセレブリティの坊ちゃん嬢ちゃんばかりだ。農家の倅がのこのこ顔を出してみろ。あっという間にいじめすなわち可愛がりをうけ何かの拍子で伊達ワルの血を騒がせ気が付いたら意識なくて周りに人が血だらけで大量に倒れそしてアスナに似たベイブが出来ている。それはいくない。


 そうなると二つに一つ──僧になるか兵隊になるか。


 僧はダメだと俺は直感した。何故なら彼らは妻帯できない。つまりベイブを愛でる事が出来ない。生臭になればその限りじゃないが、それはちっとも地道で堅実じゃない。戒律を破る事は俺の魂が直ちにそしてエターナルにウェルダンされることを意味していた。

 だったらベイブを諦めろって? 残念ながらそいつはナシだ。確かに俺は地味で堅実を目指しちゃいるが、イコールロンリネスを求めているわけじゃない。それにイキるのをやめたからっつってなにも夜までイキっちゃいけない理由はない。そうだろ? 俺はメイクマネーしたいがメイクラブもしたい。最高のベイブと愛し愛され、俺のラブガンを解き放ちファミリーを作ってみたい。だから残された道は一つしかなかった。


「決めたぜ、司祭様。俺は兵隊になる」


 そう言うとゴメスは「だろうな」つってローブの中に司祭らしからぬぶっとくて逞しい腕を突っ込み、手のひらに収まるぐらいの袋を取り出して俺に放った。見た目に反して持ち重りがする。


「これは?」

「路銀だよ。兵役につくだけならこの村でもできるが、まっとうにやりたきゃ相応に学ぶ必要がある。そいつを元手にうまくやれ」

「よせよゴメス。こんなもん受け取れねぇ」


 思わず素になって突き返すが、ゴメスはニヤニヤ笑うだけで受け取ろうとしなかった。


「いいか、ゲイリー。波って奴には乗れるときに乗っとくもんだ。さもなきゃ次は引き潮だ。お前は過ぎ去った好機に囚われ縛られ目を塞がれ、餓え乾いてベイブも抱けずストリートで野垂れ死ぬ」

「そいつは主のお言葉かい?」

「いいや、お前さんにインスパイヤされて作った儂の即興だ」


 なるほど俺が言いそうなことだ。職業柄って事もあるんだろうが、この爺さんは人の事をよく見ている。つまり人の動かし方を知っている。とりわけ俺のような悩み多きシャイボーイに利く奴は、多分ごまんとストックがあった。


「お前さんはヨチヨチ歩きの頃からここに通い、よく学びよく働いた。よってお前にゃ上がる・・・目がある。これはその正当な報酬だ」


 ゴメスは──この司祭と言うより武僧モンクみたいな色黒のいかつい賢者は──いちいち泣かせるようなことを言いながら、懐からペンと紙を取り出し何事かをさらさらと書きつけた。


「紹介状もつけてやる。よく学び、よく鍛えろ。つまらん仕事で死なんようにな」


 オーライ、俺の完敗だ。俺はもろ手を挙げて降参を示し、大人しく金と手紙を受け取った。受け取るしかなかった。


 覚えてろ、爺さん。俺が一人前になった時にゃ、この恩を利子付けて返してやる。



 その日の夜、俺はファミリーに兵士になる事を打ち明けた。

 勿論最初は反対されたが、キチンと務めを果たしてりゃ食いっぱぐれがねえって事を理由に上手くみんなを説得できた。それにそこそこ出世すりゃ仕送りもできるしファミリーだって作れる。

 ビバ公務員ってんで俺は快く送り出され、翌朝には乗合馬車に揺られてガタゴト出荷されていった。


 ◆


 王都ってのは朝っぱらから全くもって騒がしい場所だった。

 街一つをぐるりと囲む壁の中、ストリートと言うストリートに老若男女が溢れかえり、それぞれの事情を抱えて悲喜こもごものドラマを演じている。やたらめったら窮屈で、猥雑な事この上ない。


 だがどこか懐かしい。

 前世で俺が根城にしていた懐かしいあの場所を思い出させる。ゲームセンター。

 あの騒々しいのにどこか空虚で、それぞれがそれぞれの事情で手いっぱい。あの景品が欲しい、あいつに勝ちてえ。一発ツモってスケベ絵をチェックしたい。そんな小さな欲望がひしめき合っているあの空間と、この場所はよく似ていた。


 俺はついそのど真ん中へと飛び込み、一発イルなリリックでこのアーバンストリートをパンプイットアップさせたい衝動に駆られる。


 だがそいつは全くもって地味で堅実とは言えねえ。よしんばそれで一発ヒットを当てたとしよう。俺はストリートの伝説となり大金を手にし、酒場と言う酒場通りと言う通りでリスペクトを集めて酔いしれる。

 つかの間の栄光と名声──ピンドン、アメ車、それをマイクロビキニでウォッシュするベイブ。そう言ったものにうつつを抜かし、牙を研ぐことを忘れた男は時代の波に呑まれて溺れて消えていく。


 そして誰からも忘れ去られ、かつての栄光を吹聴して憐れみを乞い、かびたパンや糊みてえな粥を恵んでもらって年老いた犬みたいにありがたく貪るようになる。そんなのは到底ごめんだ。俺は寄り道せず真っすぐに目的地に向かった。



 ファイトランド王立軍事教練所。



 王様すなわちキング肝いりのタフガイを産む犬小屋は、王都の外れも外れ、城壁と土くれ以外は他にねえってぐらい辺鄙な場所におっ建っていた。高い城壁には窓も足場も何もなく、入口は一つっきりで俺はともかくゴメス司祭が通れるかも怪しいようなサイズ、つまりそいつは『逃がさねえ』って意味だ。誰をだって? 聞くまでもねえ。俺みたいな天狗ピノキオをだ。ここは大鮫の腹ン中だ。


 敷地の入り口でメンチ切ってるパグみてえなツラしたおっさんに紹介状を突き出すと、おっさんはそれを読むなり一転してフレンズを見つけたミス・サーバルみたいに目をキラキラさせた。


「ゴメス殿とはどういう関係だ?」

「一言じゃ言い表せねえ。奴ぁ父であり兄であり教師であり友だった。もし俺が女なら、そこにベイブが付け足されてたね」

「……なるほど。あの方の気に入りそうな言い草だな」

「そういうアンタは奴とはどこで?」

「ここでだよ、悪ガキバスタ。もっとも彼は優秀で、俺は御覧の通り番犬の代わりにしかならないうすのろだがね。さて、お前さんはどっちなんだろうな?」

「任せろよ、犬の旦那。ゴメスに恥は欠かせねえ」

「口の減らん奴だ。まぁいい。中に入ってもそのガッツが続くってんなら、お前はすぐにのし上がるだろうよ」


 俺はおっさんとグータッチを交わして中へと入ると、入所手続きやら何やかやを速攻で終わらせ鮫ン中にダイブした。




 ◆



 その日からすぐ訓練が始まった。


 俺が訓練所──学校の校庭みたいな場所にパグのおっさんに連れられて行くと、それまでだらけていた連中は俺らを見るなりシャキッとしやがり整列し、パグのおっさんに機を揃えた敬礼をよこした。


「ゲイリー・スクワット。今日からこの訓練所で一緒にクソを食い泣きわめいてくれる新しいお友達だ。適当に仲良くな」

「うっすゲイリーっす。よろしゃっすおなしゃっす」

「……」


 人がフランクに接してるっつうのにパイセンがたと来たら、おめえどこ中だよって感じの無遠慮でホットな視線を隠そうともせずぶつけてきやがる。なるほどここにはチキンはいねえ。いるのは丈夫でどでかい金玉ナッツをぶら下げたタフでワイルドな連中だ。中には若い女も相当数いるが、あいつらのソウルにゃ金玉がついてる。それはあのイカしたシックスパックが保証している。俺は鍛えた女が好きだからここはいい目の保養になる。が、今は女よりもスキルが欲しい。俺は頑張って視線をはがすとパイセンがたの間を手刀で切り裂き、最後尾の隅っこにありついた。


 パグおじが立ち去ると、入れ替わりに小柄な婆さんグランマが入ってきた。これ見よがしのローブに帽子。俺以外の全員がそろって敬礼──俺は4Fフレばかり遅れてそれに倣う。危ない危ない。人生でグラ潰しする機会なんてそうそうねえ。しばらくは最速入力を心がけよう。


「今日は新しいお友達のために、もう一度基礎から説明します」


 グランマはお上品に言って、不平そうな目を向ける莫迦なガキどもに日本刀ヤッパ見てぇな視線を向けて黙らせた。

 怖ェ。俺は心の中でエンヤ・グランマと呼ぶことにする。


 グランマは新顔の俺のためそして物覚えとガラの悪いキッズのため、かなりかみ砕いた説明をしてくれた。


 魔法ってのは突き詰めりゃ二つの工程で成り立っている。


 一つは魔力を『作る』事、もう一つは魔力を『加工』する事。

 その二つを体得出来りゃ誰もが魔術師ウィザードの仲間入りってわけだ。


 だがここで難関なのはその初歩の初歩、魔力を作る工程ってのが厄介なのだ。


「魔力の感じ方、作り方は人それぞれ異なります。今日では多少の体系化がなされ、詠唱や儀式によって魔力を抽出する方法が研究されておりますが、必ずしもうまくいく保証はありません。逆に言えば、センス次第では詠唱無しでも魔力の生成は可能なのです」


 グランマは言い、指先を軽く打ち鳴らすとその指先に小さな炎を灯してみせる。俺はおおっと軽く呻き、目を見開いた。グランマから見ればショーウインドーでラッパを眺める少年のような目をしていたはずだ。


「まずは初歩の初歩。魔力と言うものを感じ、各自生成方法を見つけなさい。出来たら次はそれを素早く、そして多く作れるように鍛えなさい。期限は今から一か月。それまでに私の眼鏡に適わなければ即刻その場で退学となります」


 グランマの指示で早速ガキどもが訓練に取り掛かる。


 瞑想するもの、オリジナルらしい呪文リリックをフリースタイルで囁くもの、それに合わせて突然クネクネ踊るもの、やり方は千差万別さまざまだ。


 俺は誰かがフロウするDiggy‐Moかよってぐらいトリッキーで高難度のリリックを聞き流しながら、果てさてどうしたもんかと首をひねる。感じろっつったって李小龍ブルース・リーじゃねぇんだからそんな直ぐに出来るわけがねぇし、ベヘリットもねえから誰か捧げてエンジョイ&エキサイティングって訳にもいかねえ。第一そりゃいわゆる短慮だ。ノリで何とかってのは今一番やっちゃいけねえ。

 何事も焦りは禁物、|地味で堅実略してジミケンに成功サクセスするなら感じるよりまず考える事が必要だった。


 俺はボリショイサーカスみてえな騒ぎの中、ひとまず落ち着くことにした。オーライ、俺は冷静だ。どのぐらいかっつうとザビ・ガルマよりもだ。彗星の人がシャーっと来てクニカズ・カツマタみたいに喚いても大丈夫なように目を閉じ、いつ閃きが生まれてもいいようにヒッヒッフーってケーキのキャンドルを消すみたいに柔らかく呼吸した。


 んで試しに俺もリリックを紡いでみるかって思いついてでもなんつうの、呪文スペルを真顔で呟くなんざ前世で14歳だったあの頃以来だから少しばかり恥じらいがあって上手くいかねぇ。ジョイマンかマークパンサーかよってぐらい曖昧な韻しかふめずにいると、隣でテメェの血を使ってテメェの腕に『†死と魔を司りし漆黒の堕天使よ、古の盟約に従い我に力を貸し与えたまえ†』とか書きつけてたV系っぽい奴に鼻で笑われる。んだテメェ何笑ってんだ死なすぞってイキりかけるが、死なせたあとでエンヤ・グランマに『†何モシテイナイノニ壊レタ†』って言い訳するところを想像して何とかやり過ごす。暴力はいくない。


 しかしこいつは参ったね。もう少しうまくやれると思ってたんだが、初っ端から鼻っ柱を折られちまった。

 神おじの野郎はジミケンのために必要な力を俺に与えているはずなのに、今のところそんなチートの気配はどこにもない。

 ヤレヤレこいつは担がれたかねって肩をすくめた俺は、なんだか急にむなしくなってその場にしゃがみこんだ。そしたら急になんかキた。


 何かってのは色も形も匂いもなくてでもとにかくひたすら圧倒的で──例えるなら大波みたいな力のうねりだ。FF7のエンディングで見たアレみたいな奴だ。つまりそいつが魔力パワーって奴だ。


「ふおおっ……!?」


 俺はクロスアウトした変態仮面みたいな声を上げて刮目した。

 脊髄に稲妻が走り全身の血が一気に沸き立ち、官能的な高揚を覚えていた。視界一面めくるめき、心臓がバクバク言って止まらない。

 こんなにも興奮したのは、前世で親父のバイアグラをくすねて使ったあの時以来だ。


 そして俺は理解した。これこそが贈り物ギフトだと。

 他の連中が四苦八苦して細いクソみてえな魔力をひりだす中、俺はちょいと大地を参照すれば、湯水のごとく魔力を得られる。

 これをチートと呼ばずしてなんというのか。グッジョブ神おじ、グッジョブガイア。お前の囁きは確かに聞こえる。足裏から伝わる熱烈な波動は俺をどこまでも高ぶらせた。今足裏診断されたら『最高です』と答えてしまう。


 まるで盛りのついたGodzillaみたいな俺を、パイセンどもは食い入るように見つめていた。

 それに気づいたエンヤ・グランマはあらあらウフフってな感じで微笑み浮かべて俺に近寄り、『合格だ』っつって俺をたたせてボクシングの勝者みたいに片手を上げさせた。


 んでたったら魔力は消滅した。

 んだよコレ、使いづれーな。神おじバッジョブ。

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