第12話

「あれだね、じゃ俺はここ迄だな。」

「えっ?中まで来てくれないんですか?」

「必要無いでしょ?梨園のホームで俺はアウェーだよ?」

「でも、中に入って中国語の通じる人が居なかったら困ります。

お願いだから、中まで来てください。」

梨園は腕を強く組んだ。


『胸当たってるから……

しかも、見た目よりデカイな…』


「分かったよ、受付迄な。

あと、もう腕は組まなくてもいいんじゃないか?」

「そうですね…

ありがとうございました。」

梨園はちょっと寂しそうに腕を離した。


谷プロって書いてあるドアを開けると誰も居ねーし。


「すいませーん、誰か居ませんかー。」

「今、手が離せないんでソファーで待ってて下さい。」

奥から男の声が聞こえた。


だとさ、ソファーで座ったのはいいけど何で横?

ふつーは向かい合って座らね?

ファミレスとかで、見かけるけどどうよ?

そんな仲じゃ無いよな?


「お待たせしました。

社長の谷です。

李と一緒にいる理由を聞いても宜しいかな?」

ほらな、社長の目つき…何で横に座ってるって目だよ。


「俺の名前は高城陸斗と言います。

駅の向こう側で困って居たので連れてきました。」

俺は内ポケットから名刺を出して社長に渡した。

名刺があるとこういう時は助かるんだよ。


「Webプランナーをされているのですか。

困っている所をとの事ですが、中国語が喋れるのですか?」

「いえ、喋れないですよ。

困っている理由が分かったのは、耳に付けてる自動通訳機のおかげですね。」

「ほぅ、自動通訳機ですか。

私も中国語が得意という訳では無いので、とても興味が有ります。

で、李は迷子にでもなっていましたか?」

「カバンを無くしたみたいで、スマホが無くて連絡も場所も分からなくなって途方に暮れてました。」

「カバンですか?

そうでしたか、ご親切に有難う御座いました。」

「理由も説明したので、俺はこれで失礼します。」


イベントのフラグが立ってるから早々に引き揚げたい気持ちで一杯だ。


「出切ればお礼も兼ねて食事にでも誘いたいのですが、今は手が離せなくて。

後日、連絡させて頂いても良いですか?」

「お礼なんて、構わないですよ。

大したことしてませんから。」

「いやいや、中々出来る事じゃないですよ。

赤の他人で、しかも中国語の人を助けるなんて。」

「赤の他人ですけど、ニュースで顔は知ってましたし。

……澪に似てるので、放っておけなかったんです。」

「ニュースですか?

もしかしてTSSOをされているのですか?」

「えぇやってます、それで澪は俺のパートナーです。」

「なるほど、分かりました。

今日は本当に有難う御座いました。」

俺はソファーから立つと頭を下げてドアに向かおうとした。


そしたら、インカムから声が聞こえてきたんで梨園から受け取るのを忘れた事に気付いたんだ。

何やらこれからの事とか話してる。

社長さんと梨園の会話を立ち聞きする気は無かったんだが、インカムから聞こえてくるから仕方ないだろ?


話が途切れた所で、

「李さんに付いてるインカムを受け取るのを忘れてました。」

って、社長さんに言ったら何故か梨園がむくれてるよ。

「この後、お時間は有りますか?」

「いや、このインカムは借り物なので返しに行かないとマズイです。」

「大変恐縮なのですが……

李が貴方の事を大変気に入ってるみたいで、買い物と宿泊先まで送って欲しいそうです。

勿論、タダでとは言いません。

謝礼はお支払しますから、引き受けて頂けませんか?」


社長さん?何言ってんの?

何処の馬の骨かも分からない奴に任せるの?

おいおい、この事務所大丈夫か?


「李さんはこれから芸能人として活動するんですよね?

見ず知らずのこんな男に任せて大丈夫なんですか?」

「まだ芸能人としての認知度も無いですし、本人がどうしてもと聞かないので。

私は仕事柄、人の良し悪しを見分ける事に長けてます。

貴方が悪い方だとは思えないので、大丈夫です。」

「インカムを借りてる店の閉店時間までなら構いませんが、返したあとは話が通じないので無理ですね。

なので、インカムを返すまでという条件付きならお受けします。」

「助かります。

ただ、そのインカムはこちらでお支払しますから買い取って頂きたい。

なので、閉店時間迄では無く宿泊先に着くまでとさせて頂きたいのだが。」

「では、俺の付けてるインカム宿泊先に着いたら李さんに渡せば良いですね。」

話がまとまった所で、社長さんが待っててくれと自分の席に戻った。


横を見ると梨園はまだむくれてる。


「何だよ、その顔は?

何か言いたいのかよ?」

「なんで李さんって呼ぶの?

今まで梨園って呼んでくれてたじゃない。」


……おいおい、そんな事かよ。

大人の事情とか、体裁とか色々あんだよ。

ったく、可愛いじゃないか(笑)


「それでは宜しくお願いします。」

社長は二枚の封筒と宿泊先が書いてあるメモ書き、あと業務用のスマホを俺に渡した。


…いや、スマホは俺じゃないだろ?

とりあえず、確認すっか?


「こちらの封筒にはインカム代と夕食代が入ってます。

残りは返さなくて良いので、二人で食べて下さい。

こちら封筒は少ないですが謝礼です。

李の宿泊先を書いておきましたので、宜しくお願いします。

スマホですが、何か有りましたら連絡出来る様に宿泊先に着くまでは貴方が持っていて下さい。

あと、買い物に関しては自分で買わせて下さい。

貴方の謝礼から払ったりする事は絶対にしないで下さいね。」

社長さん、細かすぎだよ。

質問するスキを与えないってオーラが凄いよ。


「では、行きますね。」

俺と梨園は社長に頭を下げて、外に出た。


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