第20話 ストレス発散①
皇太子一行と皇王、宰相、宰相筆頭補佐官が砂浜に立っており、リオネラ第三皇女一行は、魔術で拘束されたまま砂浜に座らされていた。
リオネラ第三皇女一行の顔色は蒼白で、悲壮な様子だった。
それを、アリスティアは呆れを含んだ怒りの目で見遣る。
高位貴族や皇族の婚約は殆どが政略的なもので、恋愛が絡む事はほぼないと言っていい。婚約期間中に愛を育む事はあるが、最初は政略的なものなのだ。それを、皇族のくせにまるで
第一、アリスティアはそんな手練手管を使った覚えは全く無く、言いがかりも甚だしい。自分が心当たりの無い事で悪意をぶつけられる謂われはないし、そんな相手を許せるほどアリスティアは大人ではない。寧ろ八歳の子供でしかないのだから、怒ってもいいはずだ、とアリスティアは先程からぷりぷりしていた。
「アリス! そろそろアリス成分が切れそうだから撫でさせて!」
「お兄様たちからのお願いだよ!」
双子の真面目モード終了のお知らせである。アリスティアは溜息を一つ吐いた。
「兄様たちは本当に、妹馬鹿ですわ。仕方ないから撫でさせて上げましてよ」
アリスティアは腰に両手を当てて、兄二人を見上げた。
「「アリスがデレた‼ プライスレス‼」」
「兄様たち、何か感動していらっしゃいますけど、早くしてくださいませ。後で髪を直して貰わなければなりませんもの」
「ひゃっほーい!」
アリスティアを抱き上げてめちゃくちゃに撫で回してくるエルナードと、次の順番を手をわきわき動かしながら待っているクリストファーを、
「エルナード、クリストファー。ティアは
「わかってますよ、殿下!」
「でもアリスを撫でないと、活力が!」
「そなたらが
「「僕たちだって殿下に感謝してるんですよ!」」
「そなたらに感謝と言われると、違和感があるな」
「殿下、ひどい! アリスが珍しくデレたから、僕たちもデレてみたのに!」
「
三人が仲良く会話をしてる中でもアリスティアの撫で回しは終わらない。エルナードが満足したらしく、クリストファーにアリスティアが手渡された。そして行われる高速撫で回し。これは髪の毛が凄い事になっているだろうとアリスティアは遠い目になった。
「カテリーナさん、アリスティア様の髪の毛を直す準備してあげて」
クロノスが気を利かせてカテリーナに指示している声が聞こえ、アリスティアはそちらに視線を動かした。
「かしこまりました」
にっこりと笑って受けてくれる専属護衛。有能である。
やがて撫で回しも終わってアリスティアが漸く地面に降ろされたのを見て、カテリーナが髪の毛を調えようと近づいてきた。
「カテリーナ、暫し待て」
そこをルーカスから止められて、カテリーナは手を止める。
「ティア。軍服に着替えよう」
そう言うと、ルーカスは指をパチンと鳴らした。
途端にアリスティアの装いが、先日着ていた軍装になる。
「カテリーナ、フルアップに結い上げられるか?」
「申し訳ありません、殿下。フルアップはわたくしには無理ですわ」
カテリーナは申し訳無さそうに眉を下げた表情で僅かに顔を俯けた。
「良い。お前は護衛が本職なのだからな」
ならば本職を呼ぶ、とルーカスは再度指をパチンと鳴らした。
途端に現れるアリスティアの専属侍女三人。
「お前たち、ティアの髪をフルアップにしろ。ティアラとコームと軍靴とマントはここに」
そう言ってルーカスは、三度目、指をパチンと鳴らした。
現れたアクセサリーと靴とマントは、どういう魔術を使ったのか、宙に浮いている。
「「「かしこまりました」」」
侍女たちは、テキパキとアリスティアを飾り始めた。
たちまち、いつぞやの様な可愛らしい少女騎士が出来上がった。
「可愛いよ、ティア」
穏やかに微笑む美青年は破壊力抜群なのだが、アリスティアはだいぶその顔に慣れて来ているのでドキドキしつつも困り顔で首を傾げた。
「衣装で三割増しに見えるだけですわ」
「ティアは間違いなく可愛いよ。おいで」
ルーカスに呼ばれて素直に応じるアリスティア。
アリスティアを抱き上げたルーカスは。
「もうすぐ、竜化した近衛師団の幹部たちが来る。ここで待っていよう」
そう言ってアリスティアを抱えて立つルーカスも、いつの間にか先日の軍装に変わっていた。
やがて、海の彼方から何かが高速で近づいて来るのが見えた。それはみるみる姿を大きくし、竜の群れだと認識出来た時には、その竜たちが次々と溶けるように竜化を解除し人間形態になりながら地上に降り立ったあとだった。
降り立った竜人たちが流れるように跪く。それを見て人間側も慌てて同様に跪く。
リオネラ第三皇女は、呆然としてその様子を眺めていた。
立っているのはルーカスだけであり、その腕に抱えられている
「竜王陛下、半身アリスティア様。ご招待に応じ、馳せ参じました。ご機嫌麗しゅう存じます」
代表でカイルが口を開く。
「カイル。先日ぶりだな。急に呼び立てて済まぬな」
「何を申されます! 我らの忠誠は竜王陛下に捧げましたもの、このような呼び出しなど些事でございます!」
「うむ、大儀である。ティア、声をかけてやれ」
「またしても無茶ぶりですわね。やりますけど。
カイル様、アロイス・イーゼンブルク伯爵、ノルベルト・ヘッセン子爵、リーンハルト・ヴィルヘルム侯爵、ラファエル・フュルステンベルク侯爵、フリードリヒ・カステル子爵、ギュンター・テーリンク伯爵、招待に応じてくださりありがとう存じますわ。今日は、わたくしの得意魔術である、
「ありがたく、見学させていただきます、アリスティア様」
にっこりとアリスティアが宣言したのを、竜人たちは感嘆の目で見た。その目には感嘆だけではなく崇拝も含まれていたのだが、アリスティアにはそこまで読み取れなかった。
「リオネラ、よく見ておけ。これが竜王の半身、我が最愛だ」
ルーカスの無情な声がリオネラ第三皇女にかけられる。皇女の顔色は土気色であった。
(人の事を好き勝手に断じたんだから、せいぜい怖がればいいのよ)
アリスティアは皇女のその様子に少しだけ溜飲が下がった気がした。
砂浜に立ったアリスティアは、結界を張る位置までの距離を大雑把に目視で測った。位相結界を張る事で安全は保たれるとはいえ、広範囲攻撃魔術である。失敗したら、この辺一帯は更地になるだろう事は明白で、だからこそしっかりと結界を張る必要がある。
竜人たちに向けて、
「お前たち、立っていいぞ」
ザッ、という音が聞こえてきそうなほど統率された動きに、アリスティアは感嘆の目を向けた。
「それでは始めますわね。
「おお! 沖に結界が。位相結界を一人で構築するなど、優秀でございますな」
沖に乳白色の半透明の結界が張られるのが見え、カイルが感嘆の声を漏らす。結界の上限はどこまでも伸びて空に消え、人間の目には見えていないが、竜人たちにはそれが雲を突き抜けて伸びている様が見えた。
アリスティアはその賞賛に照れそうになるのを堪えて海洋生物を追い出すように魔術を発動した。結界内部から生物が逃げ出して範囲内に存在しなくなったのを感知すると、結界を強化する。そして遠慮なく
「
結界内に三連発の隕石落としを展開する。本来ならたかが直径二十キロメートル程度の範囲内で収まりきらない魔術なのだが、アリスティアはそれを結界内のみに制御しているのだ。
魔術を撃つうちに、アリスティアは気分が高揚してくるのを自覚した。
続いてもう三発、撃つ。沖の半透明な乳白色の結界内は、直径二十キロメートルという狭い範囲に押し込まれた隕石群が無数に降り注いで海面にいくつもの水柱を立てている。結界の壁面には海水のかさが増したように結界の外との高さの差が出来ているが、それは泡立つ海水が津波となって結界壁面にぶつかっている結果だった。
「
「アロイス、ティアは戦場に送るつもりはないぞ」
「失礼いたしました。さすがに半身様を戦場に連れ出す気はございません」
「ならば良いが」
「メテオリテ! メテオリテ! メテオリテ! 三段撃ち三回目ですわ!」
アリスティアは三回目の魔術を連発した。
その様子を、いつの間にか立たせられていたリオネラ第三皇女一行が目を剥き、愕然として見ていた。
「こんなの、間違っている……」
「何が間違っているのだ?」
耳の良い
その会話は“撃ち放題”に興奮したアリスティアの耳には届いていない。横目に何かを会話している様子は見えてはいるが。
「なぜ、わたくしがこんな仕打ちを受けなければならないの⁉」
リオネラ第三皇女から漏れた言葉に、ルーカスの纏う空気が重くなる。
その声はアリスティアの耳にも届いた。
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